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 栃木県の那須塩原や日光など日本有数の温泉地で、正月早々相次いだ宿泊予約の無断キャンセル被害。同じ名前の男性が1月2日、ないし3日から1泊、同県7か所の旅館に男女計10名の宿泊を同時に予約した。

 団体は予定日に姿を見せることはなく、旅館側が連絡をすると「この電話は現在使われておりません」。総額250万円以上の損害が出た。

 36万円強の被害が出た同県那須塩原市の温泉旅館「湯守田中屋」の田中三郎社長は、

「今回のような悪質なものは初めてです。予約後に連絡をもらった常連さんもお断りしています。他のお客さんにも、無断キャンセルは迷惑なこと」

 と、憤りがおさまらない。

飲食業界では店側の泣き寝入りがほとんどだった

 飲食店や宿泊施設で予約をした人が連絡もないまま姿を見せない「NO show」という無断キャンセル。経済産業省は日本全体の飲食店だけでおよそ年間2000億円の損害が出ていると推定している。飲食店だけでなく、宿泊施設や美容院といったサービス業全体の問題になっている。

 無断キャンセル問題を専門に扱う石崎冬貴弁護士は、

「旅行や旅館、ホテルのキャンセル料は支払うのが当たり前という共通認識があるので、請求されれば払う人も多い。一方、飲食店ではその共通認識ができておらず払いたくない、となるんです。特に若い人は弁護士から連絡が来ても無視する人が少なくない」

 と窮状を伝える。

 被害額は数万円~数十万円。そのためこれまでは、店側が泣き寝入りするケースがほとんどだった飲食業界。

 飲食店に予約・顧客管理システムの提供を行う株式会社TableCheckの広報・望月実香子さんは同社が実施した無断キャンセルに対するアンケート結果(ページ下部を参照)を踏まえ、

「原因のトップに来るのは、“とりあえず予約”です。幹事は複数の人気店を予約し、キャンセルするのをうっかり忘れてしまうケースが多い。その多くが、スマホでグルメサイトを利用して予約をしている20代、30代です」

 と指摘したうえで、

「多くの人が罪悪感を持っていないんです。無断キャンセルをすることで店に被害が出て、店が困ることを想像していない。特に高級店には打撃で、飛び込みで入ってくるお客さんは多くありませんから、無断キャンセルが店の経営にも関わってくるんです」


【無断キャンセルの理由は?】
・とりあえず場所を確保するため……34.1%
・人気店なので、とりあえず……32.5%
・予約したことをうっかり忘れた……30.2%
・予約自体がキャンセルになった……24.6%
・天候が悪く外に出るのが億劫になった……21.4%
・体調不良……14.3%
・当日になって食べたいものが変わった……13.5%
・電話をしたがつながらなかった……7.9%
・電話して理由を伝えるのが嫌……5.6%
※TableCheckが’19年に全国の20~60代の男女1112人に行った「飲食店の無断キャンセルに関する意識調査」。無断キャンセルの理由(複数回答)から抜粋(同社提供)

 罪悪感がなくても、法律がある。前出・石崎弁護士は、

「行くつもりがなくて予約をした故意的なケースだと偽計業務妨害。懲役3年以下、50万円以下の罰金です。うっかり忘れたケースですと刑事事件にはならない。しかし過失はありますから、損害賠償請求されることはあります」

 と説明。前出・田中社長らも民事訴訟の検討をしており、逃げ得を許さない姿勢だ。

悪質すぎる4タイプを紹介

 各種サービス業で、横行する無断キャンセルだが、いくつかのパターンに分けられることが、取材の過程で鮮明になってきた。客を自分の店に引き込むため、予約を悪用するケース。それを編集部では【横取り型】と名づけてみた。

 前出・石崎弁護士が、事例を挙げる。

「ある地域に、競合するA、B、Cの3店があるとします。A店の店長が、B店、C店に偽予約を入れて埋める。お客さんはA店を予約せざるをえない状況を作るんです」

 昨年夏に、東京・立川市で起きた事件が、まさにこのケース。同市のマッサージ経営会社の役員がライバル店に偽名で予約を入れ無断キャンセルしたとして、偽計業務妨害の疑いで書類送検された。

 続いては【ポイント不正型】

 今年1月、宿泊予約サイト『一休・com』でホテルの宿泊を予約する際に付与されるポイントを不正に入手し、それを使いホテルを泊まり歩いていた親子が、偽計業務妨害の疑いで京都府警に逮捕された。2200回以上の予約と無断キャンセルを繰り返し、約200万円相当のポイントを入手していたという。

 無断キャンセルをしても宿泊施設側が手続きをしなければ宿泊したとみなされ、ポイントだけが自動的に付与されてしまうシステムの抜け穴を狙った犯行。一部の宿泊施設がまんまと利用されてしまった。同サイトを運営する株式会社一休の担当者は、

「今回のケースは初めてです。予約サイト業界の打撃になる」

 とショックを隠さない。親子は複数のIDを悪用したが

「複数のIDを同一人物が持っていても特定できません」(前出・担当者)

【嫌がらせ型】と分類できるケースもある。店側に恨みを持つ人物が嫌な思いをさせるために犯行に及ぶケースだ。

「元従業員、元お客さん、クレーマーのような客、店員とトラブルになった客など、背景はあると思います。じゃないと系列店ばかりを狙った嫌がらせはしない」

 と前出・石崎弁護士が指摘する事件が、昨年11月に東京・警視庁丸の内署に偽計業務妨害の疑いで逮捕された59歳(当時)の男のケースだ。有楽町の居酒屋に17人分の予約をし無断キャンセルしたのが6月28日。同じ日に、系列店4店舗にも、同じ偽名、同じ電話番号で8~20人分の予約があったが、すべて無断キャンセルされた。

 4つ目のカテゴリーは【うっかり・適当型】。今回の栃木の温泉旅館のケースもこれにあたるとみられる。

 前出・石崎弁護士は、

「うっかり忘れていた場合は、請求するとすぐに料金を払いますが、適当型は最もひどい。しらばっくれて無視します」

 とその厄介さに手を焼いたことが脳裏をかすめるという。

 20代の女性Aさんから、2017年4月28日に予約が入った。5月4日に40人の宴会をしたい、と。結果は、無断キャンセル。被害に遭った東京・歌舞伎町の飲食店は、

「お金がかかっても、このままだったらダメだ、裁判をやらないと、と思ったんです。繁忙期に予約を無断キャンセルされると非常に困ります」

 と相手を訴えた。担当したのは前出・石崎弁護士だ。

「訴状を受け取っているにもかかわらず裁判には来ない。その前に内容証明を、本人にも、実家にも送りましたが無視。裁判を起こしても無視。普通、裁判を起こされたら、会社や家族にも知られて嫌じゃないですか。守るものがあると社会のルールで生きようとするんですが、20代で守るものがないと、こうなります」

 裁判所は原告の訴えどおり13万9200円の損害賠償を認める判決を出したが、これをお金にかえるためには被告の預金口座を割り出さなければならず、さらに手間、時間、金がかかる……。

「飲食店の無断キャンセルは数万円の世界。裁判となると最低でも10万円はかかります。そこで私は無断キャンセルの請求サービスを始めました。初期費用を取るとなると、損をしたうえにさらにお金がかかると店側が萎縮してしまうので3割の成功報酬型でやってます」(前出・石崎弁護士)

 前出・望月さんはグルメサイト側の問題をこう指摘する。

「簡単に予約ができますが、キャンセルに対しての対策が進んでいなかった」

 前出・石崎弁護士も、

「キャンセルの電話に出ない、対応してくれない、そっちが悪いだろう、と言われることもあります。予約のしやすさ、キャンセルのしにくさのミスマッチもあるようです」

 それでも泣き寝入りすることなく、弁護士や裁判を通して請求し続ければ、

「お客さん側も、無断キャンセルは請求されるんだ、これはまずいことだと少しずつ認識していくと思います」

 と、石崎弁護士は期待する。

 冒頭の温泉旅館には後日、被害の原因を作ったという男女3人が謝罪に来たという。彼らの言い分は、元従業員に予約を頼んだ→キャンセルを指示した→その元従業員とは昨年から連絡がとれない……。

 前出・田中屋によると謝罪に訪れた人物に請求できるのか含め、弁護士を通して協議するという。「大鷹の湯」(西那須温泉)の飯沼鷹佑専務は「(被害旅館で)集団訴訟という形で対応しようと思っています」と一歩も引かない。

 前出・望月さんはこう対策を促す。

「予約時にクレジットカード情報を入力してもらうことも、対策のひとつです。予約サイト側の仕組みで、解決する対策は必須。でないと、無断キャンセルはなくなりません」

 電話1本、指1本でキャンセルを伝えれば本来はこじれることはないはず。 客と店側の間に信頼関係があったのは遠い昔の話になってしまった。

「迎えにいったら誰もいない」タクシー業界も悲鳴

「都内のタクシー会社によると迎車予約の2割が電話、アプリ利用は8割。アプリを利用した迎車が当たり前になっています」

 と話すのはJapanTaxi株式会社の担当者。

「アプリだとボタンひとつで気軽にタクシーを呼べるだけでなくキャンセルもボタンひとつと非常に便利。電話予約のように再度電話をするような手間はかかりません。電話での予約数は実は横ばいでアプリのお客さんが増えた状況なんです」

 配車アプリのシステムは迎車予約の依頼に対し、ドライバーが了承をすることでマッチングされる仕組み。気軽に利用できる一方で、配車アプリで利用した迎車予約での無断キャンセルも増えているという。

「お客さんを迎えに行ったら誰もいなかった、なんてことは珍しいことではありません」

 と肩を落とすのは都内で営業する男性タクシードライバー。

「迎車待ちのお客さんが偶然通りかかった空車に乗ってしまうのはよくあることです」(同・ドライバー)

 タクシーの無断キャンセルは業界でも以前から問題視されてきた。飲食店などと同様で、ネットの普及とともに表面化してきた、という。さらに、気軽に使えるアプリだからこその新たな問題も起きている。

「複数のアプリを利用していちばん早く到着した車に乗車してしまい、ほかのアプリの予約キャンセルをしない、忘れる人もいるようです」(前出・担当者)

 と無断キャンセルを繰り返す例は少なくない。しかし、ドライバーにとっては死活問題だ。

「迎車のうちはほかの客を乗せられないため、目の前でタクシーを待っている人がいても乗せることができない。待っている間は営業できないので、飲食店の無断キャンセルと同じような状況になっています。飲食店同様で罪悪感は低い。それにタクシーを待つほかのお客さんに迷惑がかかることも知らない人が少なくないのでは」(前出・担当者)

 無断キャンセルされると時間をかけて迎えにいっても利益はゼロ。乗務員の給与は1日の営業利益による歩合制が多い業界のためタクシー会社だけでなく、乗務員自身の給与に関わるのだ。

 アプリでの無断キャンセルが増えればドライバーが迎車の依頼を躊躇するようになり、アプリ自体運営ができなくなる可能性もある。だからといって無断キャンセルで生じた損害を払う客はほとんどいない。

 前出・担当者は訴える。

「配車を予約した時点で契約は成立しています。あまりにも悪質な場合はキャンセル料が徴収される可能性もあります。“無断キャンセルはいけないこと”という認識が広まってほしい」

 その悲鳴にも耳を傾けたい。

人気アニメ『秘密結社鷹の爪団』とコラボ。無断キャンセルを減らすためタクシー車内で流されている(JapanTaxi提供)