柴又の駅前に立つ寅さん像はファンたちの映えスポット 撮影/近藤陽介

 昨年末から公開している50周年・50作目の新作映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』も大ヒット! 大阪が舞台のドラマ『贋作・男はつらいよ』も話題となった、不朽の名作男はつらいよシリーズ。周年に活気づく柴又と銀座の“寅さん関連店”を、源ちゃん(源公)こと佐藤蛾次郎さんとぶらり訪ねた!

柴又ロケの定番休憩店

 映画『男はつらいよ』シリーズを支えた、舞台裏の味をめぐる今回の“がじ散歩”。案内人は、帝釈天題経寺の寺男で、寅さんの舎弟でもあった“源公”こと源吉役の佐藤蛾次郎さんだ。ちなみに、トレードマークだったモジャモジャ頭は、パーマもかけない地毛そのものだったとか。

 まず向かったのは、寅さんの故郷であり映画のロケ地、東京・葛飾柴又、帝釈天門前参道。両サイドに飲食店や土産物店がずらりと並び、まるで寅さんの映画の中に入り込んだような気分になる。その一角にあるのが、天ぷら屋の大和家

帝釈天参道入り口には、山田洋次監督の筆による寅さんの仁義が 撮影/近藤陽介

「柴又のロケでは、みんな空き時間にこの店や隣の店(団子屋の高木屋老舗)で休んでた。オレはいつも大和家にいて、出番だと呼ばれたらすぐ行けるよう、入り口にいちばん近いテーブルで天丼を食べたり大旦那と話をしてたね

 と、蛾次郎さん。

 店の創業年ははっきりしないものの、2代目が江戸時代の天保11(1840)年生まれというから、おそらく200年近く続く老舗である。店の奥には小上がりがあって、渥美清さんや山田洋次監督、山田組のスタッフが寝転がって休むこともあったとか。

倍賞千恵子さんや前田吟さんも、それぞれ“指定席”がありましたね

 と話すのは、大旦那こと5代目店主の大須賀忠雄さん。店先で天ぷらを揚げるのは息子の仁さんに代替わりしたが、90歳でもまだ現役だ。

 忠雄さんにこれまでの思い出を尋ねると、

撮影の待ち時間に僕が秘蔵のブランデーを出しちゃって、がじさんが監督に怒られたことがあったね

 と苦笑い。蛾次郎さんが、定番の鐘つきのシーンで遠くから撮るからバレやしない、何なら前に撮影したものを使えばいいと豪語したのだが、実は隣の店に山田監督がいて、すべて筒抜けだったそうだ

入り口近くが大旦那の指定席。いつもその向かいに蛾次郎さんが 撮影/近藤陽介

大和屋での席 イラスト/大塚さやか

 蛾次郎さんいわく、

「撮影場所に行ったら、カメラが鐘つき台の上にセットされてんの。撮影が終わったら監督と2人でハイヤーに乗って帰ることになって“撮影中に酒を飲むな”とひと言。でも、それだけだったから、監督はさすがだと思ったね

 以降、撮影中の飲酒は2度と繰り返さなかったという。

 とはいえ、たまに待ち時間が長いと蛾次郎さんが文句を言い、それをまた隣の店で監督が聞いていて叱られることもしばしば。柴又ロケでは休憩中の会話に少々、注意が必要だったようだ。

天丼も草だんごも天下一品!

 さて、渥美さんをはじめ、ロケ中の出演者やスタッフの間で人気だったのが大和家の天丼だ。上天丼(1620円)は大きな海老が器からはみ出る勢いで盛られ、甘辛い濃厚なタレが食欲をそそる

 蛾次郎さんはロケで店に来るたび必ず天丼を頼むそうで、《蛾次郎スペシャル》というご本人限定のスペシャル盛りまである。若旦那の仁さんによれば、

2本の海老天と三つ葉のかき揚げに、そのときどきの季節の野菜の天ぷらをつけるのが基本です。今日はタラの芽天をつけてますよ

どどーんと巨大な海老天丼に味噌汁、漬物つき。甘辛いタレが絶品! 撮影/近藤陽介

 写真のとおりボリュームたっぷりだが、

「今日も残さず食べたよ。このあと草だんごももらおう。オレ、糖尿だけど、あんこ好きだもん」  

 と、ニンマリ笑う御年75歳。すると、取材に付き添ってくれた息子で俳優の亮太さんから、「あんこは全部食べたらダメだよ~」と、鋭いチェックが入った

大好物の天丼をかっこむ 撮影/近藤陽介

 その手作りの草だんごは、食事と一緒であれば店内で食べられるが、食事をしない場合は持ち帰りのみ。1折り600円で、ビッシリ並んだだんごの上に粒とこし、2種類のあんこがたっぷりとのっていて、お得な気分を感じられる。亮太さんいわく、

ここのだんごは本物なので、翌日には固くなる。でもそれをお湯で溶いてお汁粉にすると、またうまいんです

 とのこと。まさに1粒で2度おいしい逸品だ。

大事な思い出を振り返る場所

 ところで、蛾次郎さんがいまは亡き妻の和子さんと結婚する際、山田監督をはじめ、共演者やスタッフに紹介したのも大和家だった。

大和家 撮影/近藤陽介

日ごろの礼も兼ねて、みんなに天丼をごちそうして、彼女に勘定を頼んだら、監督に“女に払わせるもんじゃない”とピシャリ。ま、実はオレが払ってんだけれどね。監督ってちゃんと見ているよね、仲人もやってもらいましたよ!」

 と感謝の気持ちをのぞかせる。店の壁には、寅さんシリーズの各作品の写真がたくさん飾られている。日に焼けて、中にはほとんど何が写っているか見えないものも。

2人は50年来の仲よしコンビ♪ 撮影/近藤陽介

もうはずそうかと思うのだけど、お客さんがこの写真を見て、母ちゃんとあそこに旅行した年の作品だ、ばあちゃんが亡くなった年のだって、自分たちの出来事の記念碑みたいに語っているんですよ。だからそのまま

 と、忠雄さん。大和家には、寅さんを愛する人たちの大事な思い出がたくさん詰まっている。

蛾次郎さんに会える銀座のカラオケパブ

 心地よい下町風情に別れを告げて、次に向かったのはハイブランドが集まる銀座の街。おもちゃのデパート、博品館裏手の雑居ビル9階にあるカラオケパブ『Pabu 蛾次ママ』だ。20年ほど前に妻の和子さんがオープンし、いまは蛾次郎さんと亮太さんで切り盛りする。

Pabu蛾次ママ 撮影/近藤陽介

 広めの店内にはテーブルとソファ、ミニステージがゆったり配置され、レトロな雰囲気で落ち着く。銀座の店というのに、1時間ウイスキー・焼酎・ポップコーン飲み食べ放題に、カラオケ無制限で3500円(税、サービス料別)と明朗会計なので、安心して出かけたい

 壁には寅さんシリーズをはじめ、蛾次郎さん出演作品の写真やポスターがズラリ。初来店の客には蛾次郎さんのサイン入り生写真が贈られる。なにより蛾次郎さん本人に会って、もしかすると寅さんの話を聞けるかもしれないのが魅力だ

 そして、この店でぜひ味わいたいのが自称・裏メニューの『寅さんカレー』(1000円)だ。料理上手な蛾次郎さんオリジナルの薬膳カレーで、長年、寅さんの撮影現場に百何十人分を寸胴鍋で持ち込み、共演者やスタッフに振る舞ってきたという。

食べた翌日、確かに二日酔いは一切なかった(取材班が確認ずみ) 撮影/近藤陽介

どこにもないカレーですよ身体にいいから、これを食べたら二日酔いしないんだ。渥美さんも大好きだった」

 と蛾次郎さん。地鶏のミンチに、フードプロセッサーで刻んだニンニク、ショウガに玉ねぎ、ニンジン、最高級の漢方をつけ込んだエキスなどを丸1日煮込んで作る。薬膳といってもクセはなく、香りも味もフルーティーで奥深く、トロリとした口当たり。スプーンが止まらなくなるおいしさだ

 ただし、寅さんカレーだけの注文はできない(スナック利用時のみ)。また、カレーのストックがない日もあるのでお店に行く前に問い合わせてみよう。

篠山紀信が撮影した結婚写真

 店内には、映画の写真だけでなく、'16年に亡くなった和子さんの笑顔の写真が飾られている。「酒と女は二合(号)まで」などと言い放つ蛾次郎さんだが、一方で、「パパちゃん」「ママちゃん」と呼び合った愛妻への思いは、いまなお変わらない。

 思い出すのは結婚式を挙げていない2人のために、山田監督が第10作「寅次郎の夢枕」の撮影時に仕掛けたサプライズの贈り物だ

壁いっぱいの写真

「脚本に花嫁姿の女性が登場するシーンを作って、女優だったかみさんを使ってくれたの。撮影が終わって監督に言われて衣装部へ行くと、紋付き袴が用意されてあって。しかもその日、篠山紀信が渥美さんの撮影で来ていて、渥美さんが頼むとオレたちの写真を撮ってくれたんだ

 と、共演仲間と写った結婚写真を見せてくれた。裏には「篠山紀信事務所」のスタンプが押されている。

興に乗れば見せてくれる源ちゃんのナマ衣装 撮影/近藤陽介

 この大切な写真や、50年間寅さんシリーズで着続けた源ちゃんの半纏も、Pabu 蛾次ママに置いてある

 寅さんのロケ地巡りもいいけれど、ここに足を運んで、ぜひナマの思い出語りに耳を傾けよう。蛾次郎さんは料理だけでなく歌も絶品!

 この日は名曲『酒と泪と男と女』に聴き惚れて、取材班の女性陣は思わず「二号さんになりたい」と、心奪われそうになりました、とさ。

(取材・文/宮下二葉)


大和家 ●東京都葛飾区柴又7丁目7 電話・03-3657-6492 営業時間/9:00~17:00 不定休

Pabu蛾次ママ ●東京都中央区銀座8丁目7 電話・03-3571-6550 営業時間/18:30~0:00 日曜定休