※写真はイメージです

 就職や転勤、進学などで4月から新生活を始める人も多いはず。新居探しはワクワクするけれども、油断していると“ハズレ”をあてがわれることも。国が業界基準づくりに乗り出した賃貸住宅の取り扱いの実態は──。

◆   ◆   ◆

新住人には誰も“事実”を知らせず

「九州地方に住んでいたときの話。築40数年のアパートでシングルマザー世帯と顔見知りになったんです」

 週刊女性の30代女性編集者は実体験をそう切り出した。

「母親は40代で娘は10代後半。娘の交際相手が部屋に転がり込んできて、次第にヤンキーのたまり場になっていきました。母親は、娘とその交際相手から暴力をふるわれるようになるとアルコールに溺(おぼ)れ、やがて亡くなったんです。死因は住人には知らされず、娘が引っ越していったので“事故物件になったのではないか”と噂が立って……」

 と振り返ると、怪訝(けげん)な表情で続ける。

「ところが、不動産会社のホームページで物件情報をチェックすると『告知事項』が掲載されておらず、家賃もほかの部屋と変わらない。空き家になった母娘宅はすぐに入居者が決まりました。母親が亡くなったときは警察や救急車が来て大騒ぎだったのに、新しい住人は何も気にしていないようでした」

 住人たちは誰も、新住人に“以前の入居者が不審な亡くなり方をしたのを知っていますか”とは聞かなかったという。

「難癖をつけているように思われるのはイヤだし、不審死とする確証もなかったので」

 と同編集者。

 つまり、新住人が不動産業者から告知されていなければ、事実を知らないまま生活していることになる。

 殺人や自殺、孤独死、変死などで主(あるじ)を失った住居は「事故物件」と呼ばれる。それが賃貸でも売買でも同じで、人によってはそのあとに入居するのをためらう。

 国土交通省はこのほど、そんな事故物件の取り扱いを明確にしようと有識者検討会を立ち上げた。メンバーは不動産業者の団体や消費者団体、弁護士、学者など。2月5日に初会合が開かれ、適切な不動産取引のガイドライン(指針)作成に向けてさまざまな観点から議論を重ねていく。

「宅地建物取引業法の書きぶりがわかりにくいとの指摘があった。

 建物の一部が壊れているなど物理的な損傷はわかりやすいが、人の死に関するものは個人の主観によって“イヤだ”“気にならない”と分かれることもある。仲介業者はこうした心理的負担についてどこまで説明すべきか、一定の基準を定めることができれば安心できる取引につながるだろう」(国交省の担当者)

 業者の告知義務について、巷(ちまた)ではよく、

“自殺物件は次の入居者には知らせなければいけないが、間に1人挟めば、もう知らせなくてもいい”

 と囁(ささや)かれる。

自殺や病死などを告知するかは業者まかせ

 しかし、宅建業法でそのような取り決めは明記されておらず、消費者が契約するかどうかの判断に「重要な影響を及ぼす事実」は告知しなければならないとされているだけ。扱い方は業者任せになっているのが実態だ。

 公益財団法人の日本賃貸住宅管理協会は、「その実態を把握する最新調査でショッキングな結果が出た」(担当者)と話す。

 昨年4~9月にかけ、会員の賃貸住宅管理会社を対象にインターネットでアンケート調査をしたところ、室内で自殺者が出た物件について消費者に告知していた事業者は74・6%にとどまった病死や事故死については59・7%が告知していた

「自殺については事業者の100%が告知しているものと思っていた。初めての調査項目だったが、基本的に殺人や自殺は言わなきゃいけないというのが業界の共通認識。不都合な事実を隠してすり抜けようとする事業者がいるということ」(同前)

 調査によると、室内で殺人があったケースでも告知する事業者は64・9%にすぎない。そもそも「重要事項説明を行わない」と回答した事業者も0・7%いた。

 前出の担当者は、

「いつまで事故物件であることを告知するかについても、『入居者1回入れ替えまで』が35・1%で最も多かった。次いで『2回入れ替え』と『半永久的』が同率で14・9%。都市部では2年もすれば風評は消えやすいが、過疎地では“あそこは自殺者が出たアパート”などといつまでも忘れられにくい現実がある

 と地域によって異なる実情を明かす。

 殺人事件や自殺があった物件を貸すにあたって、その事実を「重要ではない」と都合よく解釈したとしても、「裁判になったら業者はまず負けるはず」(同前)という。業界の健全化に向けても明確な基準づくりが待たれている。

 事故物件であることをひた隠して商売する事業者がいる一方、あえてこうした物件を束ねて正直に告知したうえで紹介する事業者もいる。

 事故物件専門サイト『成仏不動産』を運営する『NIKKEI MARKS』の花原浩二代表は、ガイドラインづくりに「賛成です」として次のように語る。

「そもそも、少し前に国交省から依頼を受けた民間企業がヒアリングに来られた。そこで“まず第一歩として事故物件の定義をすることが必要ですよ”と提言させていただきました。定義しないことには実態が見えませんから。また高齢者が賃貸物件を借りにくくなるリスクもあり、その対策と両輪で進めていかなければなりません

 成仏不動産では今後、事故物件とひとくくりにせず、「墓地や火葬場に近い」「集合住宅の共用部で死亡したケース」「孤独死72時間以内」「同72時間を超える」「火災などで死亡」「自殺」「他殺」と7つの分類に分ける考え。

 また、国交省の担当者も言及していたが、超高齢化社会を迎えて業者は「孤独死」の可能性が高い借主を警戒する傾向にある。告知基準を設けるだけでは、逆にリスキーな借主を“敬遠”する動きを助長しかねないというわけ。

成仏不動産のホームページには事故物件が並ぶ(※一部加工)

 ガイドライン作成にあたっての懸念点は、

良心的な売主や貸主の立場で考えると、不動産の価値は下がることになるので対策が必要。不利益をこうむる方は多いとみられ、そこへの配慮が難しく、一筋縄ではいかないと思っています」(花原代表)

殺人事件のあった物件は半額になったケースも

 同社が専門サイトを立ち上げたのは、事故物件を抱え困っていたオーナーから相談を受けたのがきっかけ。

 物件を集められれば流通の促進につながり、結果としてマーケットができて物件の価値を高められるという狙いがあった。花原代表が続ける。

「こだわっているのは情報を正しく伝えること。取捨選択するのはお客さんです。故人のプライバシーなどには配慮しますが、起こったことは正直に話したほうがいい」

 殺人事件のあった売買物件ではおよそ半額になったケースもあるといい、賃貸物件も相場より安くなっている。

 さて、私たちがいま住んでいる自宅や、新年度からの転居に向け探している物件は大丈夫か。事故物件ではないと言い切るのは難しいだろう。

 住宅ジャーナリストの山本久美子さんは「これから借りるなら、イヤだと思うことは質問すること」と話す。

例えば、自殺物件がイヤならば、数字を挙げて“×年以内に自殺はありませんか”と業者に聞く。回答として『ある』『ない』のほか、『わからない』と言われることがあるので、そのときは大家さんに確認してもらいます。あとで言った、言わないのトラブルにならないように、しっかりとメモを取って残しておきましょう」(山本さん)

 不誠実な不動産業者の場合、「なんでそんな質問をするんですか」とはぐらかしたり、「ないと思いますよ」と断定しないことがあるという。

「悪質な業者は、事件などが発生した後、知り合いに短期間住んでもらって“もう事故物件じゃないから”と通常の家賃で貸し出すことがある。信頼できる業者か見極めることが大事です」(同前)

“いま決めないと入居できませんよ”と煽(あお)ったり、希望条件とは異なる物件をどんどん出してくるような業者も警戒が必要。誠実な業者は冷静に判断させてくれるといい、悩んでいるポイントに寄り添って話を聞いてくれる。

「現地に行って、近所の人に話を聞くのも手。“借りようと思っているんですが、家賃が安いのは何かあったんですか”とストレートに質問をぶつけ、近くの商店主などにも話を聞くといい。地域の治安も含め、さまざまなことを聞ける情報源になります」

 と山本さん。

 聞きたいことは具体的に質問し、足を使って独自情報を集めることも大事なようだ。

 事故物件を外見で見分けることはできないのか。

 悪徳業者の手口に詳しい大阪の不動産業者は「リフォームされていると難しい」と話す。

「1年くらい空き室にしてから貸すオーナーさんもいるので、においが飛んでしまい、わからなくなる。不動産のプロでも判断がつきにくいことがあるんですよ。リノベーション(大規模改修)などで全部取り替えられるとわかりませんが、室内の一部分だけリフォームしているケースは要注意。私の経験では、室内のチェーンキーが切れている状態の部屋がありました。切らないと部屋に入れない状況があったわけで、調べると事故物件でしたね」(同・業者)

 不自然にみえる点があれば質問したほうがいい。

成仏不動産のホームページではアクセスや家賃、間取りのほか、「自殺」「病死」など事故内容を隠さずに掲載中

いつの間にか事故物件に住んでいる可能性も

 また、事故物件であることを不動産業者が知らないケースもある。物件の売買でオーナーが代わったときや、管理会社を変えたときなどに情報が正しく伝わらないことがあるからだ。

「業者によって事故物件の受け取り方が違う。他殺と自殺は説明するけれども、病死は言わなくてもいいだろうと判断する業者はいますから。オーナーだって、家族5人で暮らしていて、おばあちゃんが病気で亡くなっただけで即、事故物件とするのは難しいでしょう。他人からみたら“事故”でも、当人からしたら“事故じゃない”と思えるケースはあるんです」

 と前出の業者は判断の難しさを語る。

 いつの間にか、自分が事故物件に住んでいる可能性もあるという。

「オーナーが物件を持っていて、管理会社が管理していて不動産会社はそこに空いているかどうか問い合わせするだけ。状況を把握しているのはオーナーや管理会社なんです。不動産会社が管理会社から伝えられていない場合もありますので、知らず知らずのうちに事故物件に住んでいる、ということもあるかもしれません」(同前)

 マンションやアパートなどで事件や自殺があった場合、当該の部屋ではないと“蚊帳の外”となることも。

「例えば、マンションで飛び降り自殺があったとします。室内で亡くなったわけではないが、マンション全体が事故物件になるか難しい。ある部屋で事件などがあった場合でも、当該の部屋だけではなく上下左右の部屋にも伝える必要があるか、という線引きも難しい。説明されないことも少なくないと思う」(同前)

 見た目で物件を見分けるのは難しそうだが、業者のよしあしはある程度、判断できそうだ。

 この大阪の業者は、

「誇大広告、おとり広告を載せている業者はアウト。目を引く安価な物件を広告に載せてお客さんを呼び、問い合わせに“空いていますよ”と言っておきながら、来店時には“さっき決まってしまった”とはねつける。あてがはずれたお客さんは、せっかく不動産会社まで来たのだからと別の物件を紹介してもらうことになりやすい。こうした広告の展開は大手企業もやっています」

 と指摘する。

 ガイドラインができるのはまだ先の話。

 安心して暮らすためには、業者を見極める目を養う必要がある。