槇原敬之

 人気ミュージシャンの槇原敬之(50)が、覚せい剤所持の疑いで逮捕された。当然ながら、大きな影響をもたらしているが、21年前、同じ罪で逮捕されたときの衝撃は今回の比ではない。初犯だったことに加え、シングルを次々とベストテン入りさせる現役のヒット歌手だったからだ。

楽曲から見るマッキーの「魔界」

 そんな当時の最新シングルが『Hungry Spider』('99年)。逮捕の前々月にリリースされ、オリコンで最高5位を記録した。ドラマ『ラビリンス』(日本テレビ系)の主題歌でもあったダーク・ファンタジーである。

 詞の内容は、こういうものだ。飢えた蜘蛛(くも)が美しい蝶に恋をし、その蝶が彼の張り巡らせた糸に引っかかってしまう。蜘蛛は食べるかどうか迷うが、恋を選び、空腹に耐えて蝶を逃がしてやる。ただ、恋といってもそれは一方的な妄想にすぎない。

 過去に音楽評論家の近田春夫氏は「ストーカーの心理みたいなものが、彼の歌のなかにはいつも漂っている気がする」(『週刊文春』'99年7月8日号より)と分析した。 

 実際、槇原には『SPY』('94年)のようなストーカー心理そのものを描いたヒット曲もある。そこで近田氏も、こう指摘した。

とらえようによっては、槇原敬之、あの清らかな歌声とは裏腹に、マリリン・マンソンなんかよりずーっと危険な音楽家(ロッカー)で ある可能性もあるゾ」(『週刊文春』'99年7月8日号より)

 背徳のカリスマなどと呼ばれる海外のアーティストにもなぞらえた、この予言(?)はその直後の逮捕によってある意味、的中する。また、逮捕直前のシングルがこれだったせいで、槇原の好青年的イメージを支持してきたファンのなかには「クスリがマッキーを変質させた」という見方も出た。

 しかし、ダークファンタジーも彼の引き出しだし、これは彼にしか書けない傑作だ。そして、彼自身のキャラクターとも無縁ではないだろう。そもそも、完璧な好青年などいないし、誰もが自分の魔界を持っている。結局、好青年的なイメージにしても『どんなときも。』('91年)のような曲で世に出て、その系統の曲をいくつかヒットさせたことによるところが大だった。

 が、彼はその『どんなときも。』のなかで「正直」であることにこだわり《僕が僕らしくあるために》《好きなものは好き》と言いたいと歌っている。自分に忠実でいたいという思いが人一倍、強い人なのだ。それゆえ、ダークな世界も描きたいし、ともすれば、快楽への衝動にも負けてしまうのだろう。

マッキーの驚愕の発言

 正直でありたい人だから、本音もついつい口にしてしまう。今回の逮捕で、実は前回「いや~運が悪かったよ」と知人に語っていた話が報じられたが、逮捕5年後に行われた音楽誌のインタビューでも「可愛い万引き」にたとえていたりしたものだ。

 とはいえ、逮捕を機に、彼は思いきり善人志向にシフト。自分に忠実でいたいくせに、承認欲求も強い人だから、どんな自分なら受け容れられるか、いろいろと実験しがちなのだ。デビュー以来、髪型などのビジュアルがちょくちょく変わるのもその反映かもしれない。

 そこで、逮捕からしばらくは「魔界」どころか、「仏界」に入ったかのような曲を連発。そのなかでも注目したいのが、テレビへの復帰シングルとなった『Are You OK?』('01年)だ。

 その詞はこういうものである。

 雨の日、転んでしまった主人公は誰にも助けてもらえず、それまでの自分本位な生き方を反省、今日してもらいたかったことを誰かにしようと決心する。別の雨の日、同じように転んでいた幼い女の子を助け、お礼を言われる主人公。さらに別の雨の日、主人公が転ぶと、今度は「Are You OK?(大丈夫ですか?)」と誰かに声をかけられる。

 とまあ、誰かを助けたら、自分も助けてもらえるはず、というこの願いは、当時の彼自身の切実な思いでもあったのではないか。そして、あの奇跡が起きるのだ。

平成の名曲の誕生

 翌年、SMAPのアルバム用に『世界に一つだけの花』を提供。これがシングル化され、平成最大のヒット曲となったことで、槇原は復権を果たした。そこから十数年がたち、逮捕の記憶はすっかり風化していたといえる。

提供キング」と呼ばれるほど、その作品が重宝されていたことを思えば、多くの人にとって再犯は想定外だったのだろう。

 また、前回、一緒に捕まった男性パートナーといったんは絶縁したものの、復縁して一時は事務所の社長も任せるほどの仲に。この男性の告白(「デイリー新潮」)によれば、槇原からヨリを戻したのに、2年前、別のパートナーに乗り換えられたという。この証言が、今回の逮捕につながったともされる。槇原が「正直」に動いたことでこういう局面にもなってしまったわけだ。

 はたして、再び転んだ槇原に、手は差しのべられるのだろうか。ただ、ある意味、魔界に2度落ちてしまったのだから、これから復帰するにしても、ダークなものをやったほうがよさそうな気がする。

 繰り返して言うが『Hungry Spider』もまた、彼にしか書けない傑作なのだ。そして『世界に一つだけの花』のような奇跡は何度も期待できるものではない──。

『世界に一つだけの花』のCDジャケット
PROFILE
●宝泉 薫(ほうせん・かおる)●作家・芸能評論家。テレビ、映画、ダイエットなどをテーマに執筆。近著に『平成の死』(ベストセラーズ)、『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、『あのアイドルがなぜヌードに』(文藝春秋)などがある。