今年いっぱいでグループでの活動を休止する嵐。今では国民的アイドルとして輝かしい功績を残しているが、ブレイクするまでには多くの苦難を経験してきた。テレビには映らない“Beautiful”な軌跡を、関係者の証言とともに振り返る―。

 '99年にデビューした嵐は、'02年に公開された映画『ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』で、主演を務めることになった。

 デビューから3年がたち、“スーパーボーイ”たちの仕事は軌道に乗り始めていた。

深夜番組を経て、「5人」が揃った映画デビュー

「'01年には日テレ系で初のレギュラー番組『真夜中の嵐』、'02年には深夜番組で『Cの嵐』の放送が始まりました。どちらも深夜番組でしたが、5人が不慣れながらも一生懸命に企画に挑戦する姿が好評でしたよ」(スポーツ紙記者)

 '02年は、彼らが大チャンスをつかんだ年だった。

「彼らが演じたのは、東京・品川の八塩団地で暮らす高校生5人組。家庭や学校生活、恋愛模様を描いた青春物語です。主人公の相葉雅紀さんは平凡な青年、二宮和也さんは無口だけど仲間思いの情熱家、松本潤さんは少し天然なお金持ち、櫻井翔さんはバイクを乗り回し、タバコを吸う不良、大野智さんはかわいいけど運の悪い男を演じました」(映画ライター)

 松本と相葉はジャニーズJr.時代に映画の出演経験があったが、ほかの3人は『ピカ☆ンチ』が初挑戦だった。

「全員で映画に出ることは5人の願いでした。当時ジャニーズ事務所が買い取ったばかりの『東京グローブ座』で公開されました。収容人数は500人ほどの小さな映画館でしたが、連日満員になりましたね」(芸能プロ関係者)

 映画の脚本を担当した河原雅彦氏は、若くて初々しかった5人を懐かしむ。

「'02年に大野さんが出演した舞台『青木さん家の奥さん』で僕が演出を担当した縁もあって、ジャニーズ事務所から脚本のオファーがきました。5人の撮影は比較的制約も少なく、自由な雰囲気でした。コンプライアンスなども今より厳しくなかったので、嵐のメンバーが横並びで屋形船に向かってお尻を出してペンペン叩くなんていうこともやれました(笑)

 メンバー同士の仲もよく、結束の固さが映画の仕上がりにも反映されたようだ。

「映画はいい意味で最初のイメージとは違っていました。想像以上に個々の人柄が役に色濃く反映されていて、グループの空気感が非常によかった印象です。単なるアイドル映画に終わらず、良質な青春映画になっていました。彼らも楽しみながら撮影に臨んでいる印象で、作り手側も遊び心がありましたね。5人とも変に身構えないナチュラルな雰囲気がありました。若いころに知り合ったということもあって、いまでも会えばすごく癒してくれる存在です」(河原氏、以下同)

『ピカ☆ンチ』はその後、'04年に『ピカ★★ンチ LIFE IS HARDだからHAPPY』、'14年に『ピカ☆★☆ンチ LIFE IS HARDたぶんHAPPY』と2作の続編が製作された。

「普通なら青春映画を同じメンバーでシリーズ化するのは難しいのですが、嵐だからできたことなのかもしれません。見る側も、成長した彼らの変わらない空気感を見たいんですよ。年齢を重ねて国民的グループになっても、揺るぎないグループの核があります」

ブレイク前でも売れそうな空気が

 一緒に仕事をしていくうちに、5人と少しずつ打ち解けていったという。

「撮影現場で彼らと話しましたが、話題は近況や世間話ばかり。僕の中では、嵐のメンバーに会うのは親戚と会う感覚に近いかもしれません。撮影中でも、誰ひとりとしてナーバスになっていませんでした。終始、和気あいあいとしていて、スタッフから声がかかっても“じゃ、行ってきまーす”みたいな軽い感じ

 しかし、彼らにはほかのグループとは違う何かがあった。

「まだこれからという時期でしたが、売れそうな空気は十分ありました。監督の堤幸彦さんたちと、“嵐ってすごいブレイクするんじゃない?”と話していましたから。グループとしての品のよさや唯一無二の空気感があったんです。そういうのは作ろうと思ってできることではありません。きっと、神様がくれたギフトなんでしょうね」

’14年には、橋の上で二宮以外の4人がロケに臨んだ

 照明を担当した石田健司さんも、嵐の“特別感”に気がついていた。

撮影の合間に二宮さんが相葉さんに “休みの日、何してるの?”と聞くと、相葉さんが“僕、ボーッとしている”と答えたのを覚えています。撮影はハードで、朝の8~9時に始まって、終わりが明け方になるなど、20時間近く続くことも。5人も大変だったはずなのに、相葉さんが“休みの日はボーッとしてる”なんてほんわかした話をしているのを聞くと、すごく癒されたんですよ」

 当時から5人それぞれに個性があったという。

「二宮さんと櫻井さんはしっかりしていて、相葉さんは天然なところがあった。大野さんは、物静かな印象。松本さんはドラマの出演経験があったからか、ほかの4人を引っ張っている感じでしたね」(石田さん)

 Jr.時代の下積みが長かった彼らにとって、ハードな仕事は普通だったのだろう。

「“スタッフが自分たちのために動いてくれている”という意識を持っていたのかもしれません。きつい現場でしたが、いつも冗談が飛び交う和やかな雰囲気でした。青春映画ですし、短期間のスケジュールだったので5人で突っ走ろうという思いだったのではないでしょうか」(石田さん)

 メンバー全員で出演した映画は大成功に終わる。この勢いのまま順調に国民的アイドルへの階段を駆け上がっていった……わけではなかった。強力な“ライバル”が現れ、5人の“弱点”が浮き彫りになったことで、不遇時代を味わうことになったのだった─。