尾上右近 撮影/吉岡竜紀

「特殊な歌舞伎という世界にいて、中でも僕は特殊な存在なわけです。役者の子どもではなく、清元という(古典)音楽の家に生まれたわけですから」

 今年、大きな飛躍が期待される尾上右近(27)。古典での評価はもちろん、'17年と翌年に演じたスーパー歌舞伎2『ワンピース』の主人公ルフィが評判となった。'18年には、七代目清元栄寿太夫を襲名。ほかにも、舞台にドラマ、映画、バラエティーにも出演している。

歌舞伎の世界で鍛えたコミュ力

「求めてくれる場所があるなら、そこには応えたい。こだわらないというより、とらわれないでいたいです」

 表現者として軽やかにジャンルを越えていく彼が主演する舞台『この声をきみに~もう一つの物語~』がスタートする。'17年に竹野内豊主演で放送されたNHKドラマ10『この声をきみに』のスピンオフとなる今作は、前作同様、朝ドラ『あさが来た』や来年の大河ドラマ『青天を衝け』など数多くの人気・注目作を手がける大森美香が脚本を担当。

 右近が演じるのは、ちょっぴり不器用な会社員。ある理由から朗読教室に通うことになった彼が経験する、ちょっと変わった大人のラブストーリー。

「『ラヴ・レターズ』という朗読劇に出演させていただいたことはありますが、現代のラブストーリーを演じるのは初めてです。岩瀬と似て、僕もコミュニケーションをとるのが得意なほうではない。歌舞伎というコミュニティーを通じて鍛えてきた感覚はあります

 あまりに堂々とした語りっぷりに、とても苦手そうに思えないと伝えると、

「基本的に大人数でいるのは大丈夫ですが、ふたりきりになったときにどうしたらいいのかわからなくなるのは継続中です(笑)。

 でも、つながりとか、縁とか、交流というものが僕自身をすごく豊かにしてくれていることは感じています。そういうところを舞台に投影していけたらいいなと。根本にある、人を好きになる気持ちを伝えられたらいいなと思っています」

恋愛って、本当に魔法だな

 プライベートでは、自分の気持ちをストレートに伝えることができるタイプだろうか?

「伝えようとして伝わっているのと、まだ伝えようとは思っていないけど、伝わってしまうのとふたつあると思うんです。僕は、わりと後者(笑)。恋愛って、本当に魔法だなと思います。

 僕自身は、ふわふわしちゃう。責任感と裏腹だと思うのですが、ほかのことが考えられなくなっちゃうくらいの気持ちがないと、この役者という仕事もできないと思うんです」

 すべてが整理整頓され、つじつまの合う人間になろうなんて思っていないんですと語る。

相手の女性に狂わされたいなという願望はあります。わりと自分がどうにかしてあげたいという気持ちから恋愛に発展していくので。思うようにいかない、思いもよらない方向に展開してほしいというのもある。

 でも、結婚を意識すると逆じゃないといけない。自分がサポートしてもらわないとどうにもならない瞬間もあると思うので。矛盾がありますよね。どうしたらいいだろ?」 

尾上右近 撮影/吉岡竜紀

 昨年出演したバラエティー番組では結婚の条件として“母と仲よくできる”“毎朝ハグ&チュー”“毎日カレーでもOK”という条件を出していた。

「そう。自分は“すべてを投げ捨てても”くらいの勢いで飛び込みたいんですけど、お相手には、それ以上に乗り越えていただかないといけないことがたくさんあって」

 番組では“マザコン?”とも言われていたが、やはり母親とは仲がいい?

はい。兄貴もそうだし、僕も母親に1日の出来事を話したりします。兄は1から10まで話したがるので、無駄が多いんですが(笑)。これは、わが家だけの独特な距離感ですよね。

 母親は外で仕事をして、その評価を例えばお金として得ているわけではない。そんな母が生活の中でいちばんモチベーションが上がるのが僕ら子どものことなんだと思います。日ごろ、歌舞伎や清元の仕事をサポートしてもらっていて、それは母にしかできないことだと思います。

 そんな母親の刺激になるならと話をしている部分は大きいですね。僕は母だけじゃなく、自分に関わってくださる人みなさんのモチベーションを常に気にしているところはあります。周りに対して意識が働かない状態はイヤなのですが、自分は、まだまだだなと思います」

さらに深まるカレー愛
「カレーはカレー“ライス”じゃないとカレーじゃない」と言い続けてきたんですが、最近、みんなが美味しいっていうカレーソバを食べまして。これが、うまかった! 邪道だと思っていたんですが、そんなことなかった。よりカレーへの深まりと広がり、可能性を感じています。でも、まだカレーうどんは認めていないです(笑)。

歌舞伎と現代劇
長年ずっと同じメンバーで、同じクラスで授業を受け続けているのが歌舞伎の世界だとしたら、現代劇はどういう授業をどんなメンバーで受けるのか予測できない部分もあるので1からスタートすることのほうが多い。作品に関わる期間とか、かかわり方とか、アプローチの仕方とか速度が全然、違うなと感じています。歌舞伎では経験したことがないことを逆輸入できるというか。自分がどう変わっていけるか、その先にあるものにすごく興味があります。


『この声をきみに~もう一つの物語~』 (c)2019『この声をきみに~もう一つの物語~』

おのえ うこん◇ʼ92年5月28日生まれ。3歳のときに小津安二郎監督が父方の曽祖父(六代目尾上菊五郎)を撮った映画『春興鏡獅子』を見て歌舞伎役者を夢見るように。12歳で二代目尾上右近を襲名。今年は四月大歌舞伎『晒三番叟』ほかに出演。5月22日公開の映画『燃えよ剣』、7月からのミュージカル『ジャージー・ボーイズ』も決まっている。

舞台『この声をきみに~もう一つの物語~』
大阪公演:3月6日~8日、サンケイホールブリーゼ
東京公演:3月12~22日、俳優座劇場
詳細は公式サイト https://www.konokoe-stage.com