畠中恵 撮影/吉岡竜紀

『しゃばけ』シリーズの人気作家・畠中恵さん待望の最新作『猫君』は、新米猫又・みかんが活躍するお江戸ファンタジー。

 20年間、生きた猫は人に化けて言葉を操る妖怪「猫又」になります。ところが、一人前の猫又になるためには、猫又の学校「猫宿」で修業が必要。その「猫宿」があるのが、なんと江戸城の中! とても奇抜な発想です。

猫又の学校は“城の中”

「うちから大手町のところをよく散歩しているんですけど、散歩コースの真ん中に元の江戸城に入れるところがあります。そこを見ているときに、このあたりを舞台にした物語を書こうと思いつきました。ちょうどその辺りに、猫又が集まる富士見櫓(やぐら)も残っているんです」

『猫君』には、猫又たちがもみ合って、坂を転げ落ちるなんとも愉快で可愛らしい場面が登場します。

「汐見坂だったかな? かなり急な坂がありまして。元の本丸から西の丸に行く間のところが急に下っているので、そこを歩きながら、この坂に猫又が転がっているのはどうかなと。この坂なら猫がよく転がりそうだとか(笑)」

 富士見櫓の中の「猫宿」に新米猫又20人(?)が集まって先輩猫又から教えを受けます。「猫宿」での学業時間割は、猫又史、化け学、生き延び術、忍者体術などなど、見ているだけで楽しくなる内容です。

「この時間割は、こういう授業だと、これを学んだ後、エピソードとして何が起こるかなあと面白がって考えました。

 化け学は、猫又が猫又であるとばれないように、2本に割れた尻尾を1本にすることから始める……とか。学校なので同じ年の子が集まりますので、それぞれの猫又の書き分けの点はとても難しかったです。

 何色の毛色の子で、どこの陣の子かというのを、一覧にして横に置いて書いていました。下手すると毛並みと名前が違ってしまう。そうしたら大変なことになるので(笑)

キャラクターたちは手書きで管理

 畠中さん手描きの設定資料を見ると、主人公みかんや仲間の猫又たちの姿が可愛いイラストになっています。ひとりひとりの毛色、体つき、耳の形、しっぽの様子まで丁寧に特徴が描き分けられているのに驚きます。

「今は、いろんな猫の姿や写真がいっぱいネットに出ているので、そういう画像を参考にしながら油性ペンで描きました。柄が気になっていたので、こんな柄かなと考えながら。途中でへたばって白い猫ばかりになってしまったんですが」

 主人公のみかんは明るい茶トラの毛に金目銀目のオッドアイ。仲間を見ると、おきゃんな白花は白毛、気の強い鞠姫(きくひめ)は灰色毛、呑気(のんき)で大らかなぽん太は毛足長めの茶毛と、キャラクターに応じた毛並みになっています。

「毛色によって猫の性格が違うという本も読みました。オッドアイは縁起がいいと書いてあったので、みかんは金目銀目にしました」

『猫君』の中では、花のお江戸に6つの猫又の陣地が隠されています。武陣・姫陣・花陣・祭陣・黄金陣・学陣。各陣で誕生した新米猫又20人は、それぞれの陣と戦うことになってしまいます。その合戦はいわゆるチャンバラではなく、猫又の知恵比べ。

畠中恵 撮影/吉岡竜紀

「武力の猫又合戦だと陣ごとの数が違いすぎるでしょう。昔、武闘派の由利姫が陣を取った……という『第四次猫又危機』の話も出ますが、正面きっての合戦というより、姫陣が人間を味方につけて、実際の戦いに行くまでもなく奪い取ったという、そういう形になっています。

 実際に刀を持って合戦をしてしまうと人が介入してきてもめ事になる可能性がある。というところで、こういう合戦に移行していったかな」

「猫宿」の長と呼ばれ、ほかの猫又から恐れられる長毛白毛の威風堂々たる猫又は、何と魔王と呼ばれたあの戦国武将です。

「猫又は長い時代生きているので、だとしたら江戸時代ではなくて、もっと前の時代の人になるんだろうなと考えました。そういう設定にすると猫又の長寿が伝わりますよね。

 中でも、私は昔、名古屋に住んでいたし、その武将もけっこう好きなので。やっぱり長は彼だなと」

“人ならざるもの”と遠くなかった

『猫君』では、人間たちの世界にごく当たり前のように猫又が存在しています。

江戸にいる人たちは、人間以外のものが何もいないとは思っていなかったと思うんです。妖(あやかし)がいるんじゃないかな、いてもおかしくないな、ぐらいの意識はあったのでは。

 もしそうならば、かなり長い期間、江戸は続いてきたので、その間に人間と妖の間で折り合いをつけながら過ごしてきたのではないかなと。明治になっても新聞に妖の記事はいっぱい出てますものね。『人魚が捕まった』とか。

 いいの? 新聞がこんなこと書いてって思いますけど。私自身、江戸時代は、“人ならざるもの”は(人間から)遠くなかったと思っているので、人間と共存する猫又がいてもいいかなと思っています。だって病気も鐘馗(しょうき)様に頼るしかなかった世界なので。逆に、“人ならざるもの”が遠かったら困ったんじゃないかな。

 頼れるものも人ならざるもの、神とか仏とか。抗生物質や近代医療がないぶん、より近かった。人ならざるものに人間たちは頼りたいし、実際頼っていたものでもあった。だから、神様だけじゃなくて、妖も近かった。江戸はそういう世界だったのではないかなと思っています

■ライターは見た!著者の素顔
 猫のことを「にゃん」と呼ぶ畠中さん。漫画家さんのアシスタント時代に先生の飼い猫から強烈な猫パンチを食らったことがあるそうです。『猫君』にはいろんな猫の鳴き声が出てきますが、鳴き方の書き分けはと聞くと「各にゃん自己申請で、みなさん自分で鳴いてくれ、みたいな感じです」と微笑されました。本作を書くにあたり、猫を祀っている神社にも足を運んだとのこと。「今戸神社では、みかんと神楽みたいな色をした猫のお守りがあったので買ってきました」


『猫君』畠中恵=著 集英社 1450円(税抜き)※記事内の画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします

はたけなか・めぐみ 高知県生まれ、名古屋育ち。2001年『しゃばけ』で第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。病弱な若だんなと摩訶不思議な妖たちがさまざまな事件を解決する同シリーズで2016年、第1回吉川英治文庫賞を受賞。「まんまこと」シリーズ、「つくもがみ」シリーズ、『わが殿(上・下)』ほか著書多数。

(取材・文/ガンガーラ田津美)