自傷行為など“別次元の酔い方”が恐ろしい ※写真はイメージです

 東京の品川で派遣社員をしている山崎美穂さん(仮名/29歳)のアフター5の楽しみは、帰りの電車内で飲むレモン風味のストロング系チューハイだ。座席はシートタイプだし、乗客は手元のスマホに夢中。缶はジュースのようだから、視線はほとんど気にならない。

 下車する40分ほどの間に500ミリリットル1缶を飲み干すと、降りた駅近くのコンビニで夕食の弁当と先ほどと同じロング缶2本を買って帰宅する。最近では家に到着する前にプルトップを引くこともしばしばだ。

やめようと思うのに、飲んでしまう

 この4月、今の職場に就業して3年になる。隣の課の派遣仲間に正社員にならないかと打診があったと聞いたが、山崎さんにはまだない。ここ何か月の間に、二日酔いで起きられず、遅刻や欠勤をしたことが何回かあった。

「そのせいだろうか」と思う。もう29歳。正社員になるにはギリギリの年齢だ。このままではあと2か月で雇用契約が切れる。不安を忘れるため、山崎さんは次のロング缶に手をのばした。

 永吉ひろみさん(仮名/35歳)はシングルマザー。12歳の娘の養育権をめぐっての訴訟を経て、昨年、離婚が成立したばかりだ。

 シングルに戻ってからは、娘のためにも安定した職業を持ちたいとヘルパー講座に通い、今は介護の仕事に就いている。先日、ミーティングのあと、センター長から呼び出され、こう言われた。

「永吉さん、酒臭くない? その状態では、うちで働いてもらうのはちょっと……」

 思い当たる節はあった。

 仕事後の楽しみといえば、ストロング系チューハイを勢いよく空けるひととき。

 シルバーや黒、黄色など激しい色合いの缶のデザイン。力強い書体で書かれた“STRONG”という文字を見ていると、弱っている心にパワーが付与され、自分が強くなった気がしてくるから不思議だ。

 それをひたすら飲んでいるときだけは、離婚の原因となった元夫と自分の親友との不倫と再婚のことや、“新型のiPhoneが欲しい!”と泣いて困らせる娘のことも忘れられる……。酔いのさめた永吉さんが言う。

「もうやめようと思いました。娘のためにも、やめなきゃいけないって。そう思えば思うほどたまらなくなって、また飲んでしまうんです……」

 女性好みの甘口で飲みやすく、口当たりもよく強めの炭酸ものど越しがさわやかだ。だから、いくらでも飲めてしまう。飲んでいるときだけは、非正規の不安も離婚の傷も、きれいさっぱり忘れることができる。

 こんなストロング系チューハイを称して、“飲む福祉”“危険ドラッグ”と揶揄する人たちまで出始めている。

 ストロング系飲料は手ごろでおいしい。ついつい手がのびてしまう。だからこそ心得ておきたいのが、この飲料との上手な付き合い方だ。

1本でテキーラ約4杯ぶん

 山崎さんや永吉さんのように、ついついストロング系チューハイに手を出してしまうような女性たち。その背景には、日々の暮らしのつらさや悩み、漠然とした孤独感、将来への不安があるという。

「つらさや悩みを抱えていると、仕事の作業効率が低下します。仕事が疎かになるからミスが増え落ち込み、さらに作業効率が低下する悪循環のスパイラルに。

 そんな中で飲み始め、早く酔うためには、安くて口当たりのいいストロング系チューハイがいちばんいい。

 アルコール依存症の人の飲酒は、楽しむために飲むのではなく、つらいから飲む、苦しいから飲む。つまり酔うために飲んでいるんです

 こう語るのは、アジア最大規模の依存症治療施設である『大森榎本クリニック(東京都・大田区)』でアルコール依存症をはじめ、さまざまな依存症の治療に携わっている精神保健福祉部長の斉藤章佳さんだ。

 斉藤さんが言う。

「だいたい2年ぐらい前から、アルコール依存症の患者さんが飲むお酒の内容が変わってきていますね」

 それ以前は、アルコール依存症の人が飲むお酒といえば、4リットルの大型ペットボトル入り焼酎やワンカップ、紙パック入りの日本酒のようにさまざまな種類のお酒が飲まれていた。

「それが今では500ミリリットルのストロング系チューハイばかり。それがどれもみな、アルコール度数9%以上のものなのです。

 量も異様で、45リットルのゴミ袋が空き缶で満杯で、それが3袋ぐらい普通に転がっていたりする」(斉藤さん、以下同)

 焼酎や日本酒などと違い、ストロング系チューハイは500ミリリットルで1本150円程度。プライベートブランド品なら100円前後ときわめて安価だ。

 さらにはアルコール度数9%ならば1本に入っているアルコール量は36グラムで、これはテキーラをショットグラスで4杯弱分に相当する。200円にも満たない金額で、テキーラ4杯と同じぐらい酔えるのだ。

「安くて飲み口がいい、つまり早く酔えるから、飲むペースが速くなる。ペースが速くなると、血中濃度が急激に上がり急性アルコール中毒のような症状が出る人もいます。

 特にストロング系チューハイは、自傷行為が増える、急に窓から飛び降りる、車道に飛び出すなどとっぴな行動をとることもあり、われわれ専門家にも症状の出方が予測できない怖さがあります

 “量も飲めれば、酔いも早い”ストロング系チューハイの危うさは当時者たちも感じているようで、“酩酊(めいてい)感がこれまで飲んできたアルコール飲料とは別次元だ”という声が聞かれるという。

東京・有楽町駅周辺には帰りがけに“ワンカン”(外で缶入りアルコール飲料を飲むこと)を楽しむ人々の姿がよく見かけられる。ストロングはここでも大人気

日々の飲酒量で認知症の発症率が違ってくる

 飲みやすく、われわれのフトコロにもやさしいはずのストロング系チューハイ。いったい、どんなふうに飲めばいいのだろうか?

「適正飲酒量、言い換えると健康を損なわないで飲めるアルコールの量は、毎日飲む女性だと1日10~13グラム。これは350ミリリットルの缶ビール約1本分にあたります。男性であれば20グラムまでが適正の範囲です」

 ロング缶(500ミリリットル)のアルコール量はおよそ36グラム。350ミリリットル缶にしても25・2グラムだから、毎日飲むには多すぎる。もしストロング系チューハイを飲みたいのなら、350ミリリットル缶の半分の量を楽しみ、残りの半分はパートナーや家族、仲間とシェアすべきだろう。量に物足りなさを感じたら果汁などで割って飲むのもいい。

 ちなみに、適正飲酒量を守って飲酒していた人と適正量以上を毎日のように飲んでいた人の65歳時点での認知症発症率を比べると、後者は6年早まるという研究がある。

 高齢期での認知症予防のためにも、“適量を守って正しく飲む”姿勢は欠かせない。

 前述の山崎さんや永吉さんのような女性は、1度、専門医療機関に相談するといいと斉藤さん。アルコール依存症は生活習慣の病であり、孤立化していく病でもある。人とのつながりを取り戻していくことも、支援や回復の中で重要だからだ。

 さらには、こんなことも。

「依存症は生物的な素因(遺伝的要因を含む)や心理社会的な影響が原因となることが多い。実は、いじめなどの逆境体験も原因になります。こうした経験をしている人は、自己肯定感が低く、“自分には価値がない”と感じています。その傷を、アルコールの酔いが忘れさせてくれるという学習をしてしまうと、離れられなくなります。これが依存症の本質で、“負の強化”といわれています

 これまで依存症は、快感や快楽など、脳の報酬系に作用する“正の強化”が原因とされていた。ところが、これには限界がある。いくら覚せい剤やセックスが気持ちよくても、使える量や回数には限りがあるのだ。

「ところが負の強化には限界はありません。つらかった過去の記憶や心理的な苦痛が、すべて消え去ることはないからです」


《1日の適切な飲酒量の目安(純アルコール20gに相当する酒量)》

◎日本酒(15%)……1合(180ミリリットル)
◎ビール(5%)……中瓶またはロング缶1本(500ミリリットル)
◎焼酎(25%)……グラス2分の1杯(100ミリリットル)
◎チューハイ(7%)……缶1本(350ミリリットル)
◎ウイスキー、ジン(40%)……シングル2杯(60ミリリットル)
◎ワイン(12%)……グラス2杯弱(200ミリリットル)
※厚生労働省では男性の1日のアルコール摂取量を「20g程度が適切」としている。女性はその2分の1~3分の2だ

断酒でなく減酒でつながりを取り戻す

 こうした心の痛みを和らげ、人はなぜ依存症になるのかという本当の原因を理解したうえで治療に取り組もうと、医療機関でのアプローチが、以前とはまったく違うかたちに進化しつつある。

「依存症一歩手前の段階で相談できる機関として、“減酒外来”というのがあります。お酒を減らしていくための外来で、どうやって減らしていくかを一緒になって考えます。決して断酒を強制されることはありません」

 減酒外来で行われるのが、レコーディング(記録)による治療法だ。適正飲酒量を理解したうえで、カレンダーに毎日、飲酒量を記入、1か月にどれだけ飲んだかを把握する。それを週ごとや月ごとに比較するのだ。

「アルコール量が減ればγ-GTP(アルコールによる脂肪肝などの目安となる)の数値も減るし、体重も減ります。確実に身体が健康的に変化していきます。こんなふうに、お酒の量と健康との相関関係をきちんと見ていく。これはすごく有効なアプローチで、多くの人が適正飲酒量に近づいていきます」

 こうした方法で、まず“人間らしい生活を取り戻してもらうこと”が最近の治療傾向だという。

ポイントは生活習慣の改善と“つながりを取り戻す”です。依存症者はお酒によって家族や仕事など、いろいろなつながりを失ってきました。われわれ専門家は当事者が酒で何を失ってきたかを客観的に評価して、その関係性に介入することで家族関係を修復したり、新しいつながりを作るサポートをします。

 極論的には酒をやめさせることではなく、死を防ぐことが重要。なので、治療の継続率に重点を置きます。これが最近のアルコール治療の基本的な考え方です

“酒は飲んでも、飲まれるな”そんなことわざがある。お酒は本来、おいしく楽しく適量を飲むもの。もちろんだが依存症や認知症、また死のリスクを負ってまで飲むものではない。ストロング系チューハイにしても夫婦や家族、仲間とシェアして適量を飲み上手に付き合っていければ、われわれ庶民のフトコロにとってこれほどありがたいものはない。

 ストロング系チューハイを毒にするのも楽しいパートナーにするのも、実は私たち次第なのである。

(取材・文/千羽ひとみ)


【識者PROFILE】
斉藤章佳さん ◎大森榎本クリニック精神保健福祉部長。精神保健福祉士、社会福祉士。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、約20年にわたりさまざまなアディクション問題に携わる。専門は加害者臨床。全国での講演も含め、その活動は幅広くマスコミでもたびたび取り上げられている