ただでさえ負担が大きい排泄ケアは、相手が毒親ともなれば一層つらさが増す ※写真はイメージです

 暴言や暴力、過干渉などで子どもを苦しめる「毒親」。そんな親が高齢になると、新たな問題が生じてくる。嫌いな親や自分を苦しめる親の介護に直面したら、どうすればいいのか。家族をめぐる問題に詳しいジャーナリスト・石川結貴さんが、著書『毒親介護』(文春新書)での取材をもとに、毒親に悩み苦しむ娘たちの声をレポートする。

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「オマエなんか男の味も知らないくせに」

「私は母子家庭で育ち、給食費も払えないほど貧しい生活でした。母は仕事を掛け持ちしていましたが、次々に男をつくっては貢いでしまう。子どもの前で性行為をしたり、急にキレて激しい暴力をふるったり。そんな母には嫌悪感しかありませんでした」

 静岡県に住む尚子さん(仮名=59)は重いため息をつきながら言う。歩行障害と心臓疾患を抱える母(84)は要介護2。独身の彼女は母を在宅介護しているが、10年前までは絶縁状態だった。

 尚子さんは高校卒業後に実家を離れ、派遣社員として働いた。何度か恋愛もしたが結婚に踏み切れなかったのは、過去のトラウマのせい。母の愛人に身体を触られるなどした経験から「男性が怖い」という気持ちがぬぐえなかった。

「40代でパニック障害になり仕事を辞めたとき、母から同居話を持ちかけられたんです。母も70歳を過ぎて昔とは違って見えたし、弟と妹も独身だったので“みんなで一緒に暮らそう”と話がまとまって」

 当初の数年は問題なかったが、母に介護が必要になると事態は一変した。食事の世話にオムツ替え、体位交換などに追われる尚子さんは慢性的な睡眠不足に苦しむ。

 心身の疲労だけでなく、さらに悩ましいのがおカネの問題だ。尚子さんは介護、妹はうつ病のために働けない。一家の家計は弟の収入と母の年金で賄うが、在宅介護では思わぬ出費もかさむ。室温を保つためエアコンをつけっぱなしにしたりして、「電気代がすごく高い」という。

 自分も働こうとパートの面接を繰り返すが、「在宅介護中」と伝えると結果は不採用ばかり。このままでは老後資金もなく、将来の不安は募る一方だが、追い打ちをかけるのが「毒母」の暴言だ。

「苦労して子どもを育ててもいいことないとか、オマエなんか男の味も知らないくせにとか。感謝どころか毎日、暴言を浴びせてきます。正直、“早く死んで”と思うけど、母が亡くなれば年金収入も途絶える。お金や介護の分担をめぐって、きょうだいの関係も悪くなりました。結局、私が頼れる身内は誰もいません」

 かつて子どもを傷つけた親が介護を受け、傷つけられた自分のほうは報われない。やりきれない現実を前に「何の希望もないですね」、そう尚子さんは目を伏せる。

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寝込んでいると、枕元にやってきて……

 明らかな「毒母」は問題だが、一見、良妻賢母のように振る舞う「隠れ毒母」も根が深い。子どもに暴力をふるったことなどなく、むしろ教育熱心だったり、資金援助を惜しまなかったりする。そのため娘は「毒母」と気づかないまま同居や世話を始めるが、やがて泥沼にはまってしまう。

 東京都に住む真弓さん(53)は母(80)の援助でマンションを購入、2年前に同居を始めた。彼女の家族4人と母との新生活は順調かと思えたが、次第に亀裂が生じていく。

「母は軽い脳梗塞を患いましたが、後遺症もなく元気です。“100歳まで生きる”と話し、美容や健康に気を配ったりしています。でも、母のパワーとバイタリティーが私にはプレッシャー。何でも仕切りたがり、私や家族を従わせようとするんです」

 例えば、家事。料理をする真弓さんの横に母がいそいそとやってくる。「手伝うわ」と言いながらも「味つけが濃いんじゃない?」「このおかず、マズそうねぇ」、そんなふうにダメ出しされるからたまらない。「じゃあお母さんが作れば」と言い返すとショックをあらわにし、涙ぐむ始末。善意の押し売りは厄介だが、そのうえ被害者ぶられてはますますやりにくい。

 母が繰り出す「マイルール」にも閉口する。例えば「日光を浴びて脳を活性化させる」として、家族全員に早朝からの健康法をすすめてくる。

 自慢話も大好きで「私は何度も海外旅行を楽しんだ」「子どもを立派に育てた」などと過去の栄光を振りかざす。おまけに「それに比べアンタは……」と真弓さんをこき下ろしては、ひとりご満悦だ。

「私は更年期障害で体調が悪いんです。寝込んでいると、母が私の枕元で、イッチ、ニイ、サンと声を出し、ラジオ体操をしてみせる。本人は励ましのつもりだろうし、実際に“私の元気を見習え”と言います。でも私のほうは、母に生き血を吸われているような感覚。こんな生活があと何年続くのかと、苦しくなりますね」

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「骨の髄までしゃぶられそう」

 神奈川県に住む亜紀さん(64)は九州の実家でひとり暮らしをする母(90)に振り回されてきた。要支援2の母は介護サービスを利用し、亡き父の遺族年金で生活している。母を案じ定期的に帰省する亜紀さんだが、いちばんの負担はおカネを無心されることだ。

「訪問販売で買った商品代金や自宅のリフォーム費用が払えないと懇願され、私は毎年、数十万円の援助をしてきました。母の散財に悩んで呼び寄せ同居の話を進めたら、直前でキャンセルされたことも。“犬を飼い始めたから無理”と言うんです。おまけに犬のワクチン代まで頼ってきて、まるでパラサイトですよ」

 それでも母を支えてきたのは、子ども時代の記憶がぬぐえないから。亜紀さんの故郷は男尊女卑が根強く、「女」というだけで差別された。兄がいた亜紀さんは父や祖父母からうとまれ、母も夫の暴力や姑のいじめに苦しんだ。母娘で耐え忍んだ過去を思うと、そう簡単に見放せない。

「母は乏しい生活費の中から、学費を捻出(ねんしゅつ)してくれました。おかげで私は看護師になれたし、夫や子どもにも恵まれた。自分が手にした幸せは母の苦労があったから。そんな気持ちで、つい助けたくなるんです。そもそも母の散財の裏には田舎特有のしがらみもある。顔見知りで断れないとか、義理で買うとか、そういう事情も考えてしまいます」

 高齢の母の先行きを考え、「あと少しのガマン」と自分に言い聞かせる一方、「骨の髄までしゃぶられそう」と口にする亜紀さんからは、母への複雑な思いが垣間見える。

「捨ててもなんとかなる」という意識を

 超高齢化社会の日本では、介護を必要とする人が増加の一途をたどる。厚生労働省によると現在、要介護・要支援認定者は約660万人。団塊世代が後期高齢者になる2025年には大量の「介護難民」が出るという予測もある。

 では、「毒母」の介護に直面したらどうすればいいのか。

 まず利用したいのは、高齢者に関する相談窓口の地域包括支援センターだ。市区町村ごとに設置され、情報収集や介護保険の申請などに専門スタッフの協力が得られる。

 ただし、「介護なんか必要ない」と拒否する高齢者も少なくない。そんなときは親のかかりつけ医や訪問診療クリニックに相談する。診察や往診なら受け入れやすいため、医療スタッフからアプローチしてもらうのが効果的だ。

 なんらかの介護体制ができても、ゆがんだ親子関係が解消されないことは多い。「毒親」に苦しめられ、自分の人生が壊れそうなときは、2つの選択肢を考えたい。「捨てる」と「関わる」だ。

「捨てる」は過激に思えるが、要は「捨ててもなんとかなる」という意識を持つこと。嫌いな親を無理して抱え込めば、高齢者虐待など深刻な問題を招く可能性も。まじめでやさしい人ほど「私がなんとかしなくては」と思いがちだが、子どもがいない高齢者でも普通に暮らせている。「親は他人」と割り切り公的サービスに頼って一線を引こう。

「関わる」のなら、まず考えるのは自分の生活や経済状況だ。介護は急に始まることも多いため、ついあわててしまいがち。そんなときこそ「自分にできる範囲」を見極め、ケアマネージャーなど周囲の人に相談する。例えば「仕事があるので実家に通えるのは休日だけ」とか、「施設費用を月に〇万円負担する」など。実務的なことだけでなく「親を許せない」、「きょうだいの仲が悪い」、そんな事情も率直に打ち明けよう。

 介護保険は「介護を必要とする親」のための制度であり、「介護する子ども」の事情は考慮されていない。自分を守るために知識や情報を集め、介護スタッフと十分話し合ってほしい。

 自分の人生を優先することで、親をつらい状態に追いやるかもしれない。親を犠牲にするような罪悪感もあるだろう。だが、親を憎みつつ嫌々介護するより、離れることで違う視点を得たほうがいい。「私なりに頑張った」「いろいろあったけど、最後は親に感謝できた」、そんなふうに思えれば、介護を終えたあとの人生は豊かになるはずだ。

(執筆/石川結貴)


石川結貴 ◎ジャーナリスト。家族・教育問題、児童虐待、青少年のインターネット利用などをテーマに取材、多くの話題作を発表している。『毒親介護』『スマホ廃人』(ともに文春新書)のほか著書多数