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「65歳以上の約5人に1人」厚生労働省の推計によれば2025年には約20%もの人が認知症になると考えられている。

 認知症になると身の回りのことができなくなり、家賃滞納などのお金のトラブルが増えるほか、通院や介護が必要となればその費用もかかってくる。その場合、できるだけ親のお金でまかないたいと考える人は多いはず。ところが、口座名義人が認知症とわかるとスムーズに口座資金の入出金ができなくなるケースが。

不動産の売却なども不可に

「介護費用で数百万の大きなお金が必要になったのに口座から引き出せない。成年後見人を立ててくださいと言われた……ということが起こりえます」と司法書士法人トリニティグループ代表の磨 和寛さん。

 すべての金融機関が[認知症=即、口座凍結]というわけではないにせよ、窓口でやりとりした際に口座名義人本人の意思確認がとれないと払い出しを断られることがあり、親から預かったキャッシュカードや代理人カードを持っていても1度に出金できる金額は限定的。

「また、医療費のためと、兄弟のひとりが親の口座からお金を引き出したことで『親のお金を勝手に使った』とトラブルになることも」

 ならば親の家を売却して施設の入居金などにあてようとしても、親の名義のままでは、

「認知症になってしまうと、法律上“意思無能力者”として法律行為をなすことができないとみなされ、不動産の売却などもできなくなります」(磨さん)

 東京都内の場合、介護施設の49%以上が入居金1000万円以上(※LIFULL介護調べ)というデータもあり、かなりの負担。

 生前贈与などで対策しようとしても時間がかかる、親の生活が不安定になる、贈与されたお金を子どもが浪費してしまうという場合もある。口座を凍結され不動産も売却できず……認知症の疑いを放置しておくとこんな事態に直面するかも。

親が認知症ならこんなお金トラブルが起こるかも!
(※下に行くほどほど深刻度が高い)
・家賃滞納など支払いが滞りがち
・高額商品などムダ買いをしてしまう
・高齢者詐欺に狙われやすい
・“もの盗られ妄想”でモメごとに
・契約書など書類の管理ができない
・口座から大きなお金が動かせない
・定期預金が解約できない
・不動産や株式の売買ができない
・保険が解約できない
・遺言書が作れなくなる

認知症となる前に早めの「家族信託」を

 認知症になってしまった親の財産管理対策として、前述の「成年後見制度」があるが、

「成年後見は裁判所が選任した後見人(親族・弁護士などの第三者)が代理人となって財産管理を行う制度。しかし例えば、被後見人が介護施設に入るためのお金を不動産売却で捻出(ねんしゅつ)したい場合、裁判所の許可をとるのに時間がかかってしまうことも。

 後見人への報酬も被後見人が亡くなるまで必要なので認知症を患ったまま長生きすると高額になるなどのデメリットがあり利用は進んでいません」(磨さん)

 後見人には親族が選ばれるとは限らず、後見人自身の不正行為(浪費、投資、不動産売却など)の問題もあるそう。

 そこでいま、事前対策の手段として注目を集めているのが「家族信託」。

「簡単に言えば、『家族を信じて自分の財産を託す』行為のことです」(磨さん)

 裁判所や専門家、後見人などの第三者の介入を必要とせず、親が保有する預貯金や不動産などを信頼する家族や親族などに託し、管理や処分を任せる仕組みだ。

 ただ、家族信託を開始するために大切なのは、【当事者双方に意思能力がある】こと。つまり親が認知症になる前に行う必要がある。専門的な知識が必要なので、「家族信託で財産を……」と思ったら、家族信託に詳しい税理士や司法書士への相談が肝心だ。

「家族信託」は、「財産を託す人(委託者)」「財産を託される人(受託者)」「信託された財産から恩恵を受ける人(受益者)」という3つの立場で構成される。

 受託者と受益者は同一人物になる場合が多く、「自分が認知症になって介護施設に入るときは、この口座からお金を使ってほしい」というような場合。また、「自分にもしものことがあったら妻や親を頼む。必要なお金は自分の財産から使って」という場合は、頼んだ人が委託者で、頼まれた人が受託者、妻や親が受益者となる。

 旧来の方法ではカバーしきれなかった財産管理「収益不動産の収入を介護費にあてたい」「株の配当は妻の生活費にして預貯金から介護費を捻出してほしい」「複数名義の共有不動産を管理したい」など自由度を高く設定できるので柔軟な対応が可能。

家族信託は遺言のような機能も果たす

 家族信託の終了は、「委託者の死亡」とすることが大半だが、残った財産についても信託契約の中で誰がどれだけ相続するか、次の受益者などを決めて、遺言のような機能も果たせる。

 相続争いの防止にも有効だ。遺産をどうするかは遺言書でも決めることができるが生前の財産管理のルールは定められない。先のことは誰もわからないので、長い認知症生活を送ることになるかもしれないし、その間のお金の使い方でモメ事が起こる可能性も。

 委託者が元気なうちに細かく決めて実行すれば、仮に認知症にならずに亡くなっても生前に決めた内容と意思は活かされる。本人も周囲も、心配やストレスのない“楽隠居”生活へ。

トラブルを回避した活用事例 

Q.父の介護費用を父の資産から捻出したい (43歳・女性)
 母が他界、ひとり暮らしの父は軽い認知症が疑われている状態です。兄妹とも子どもの学費などで生活が厳しく、介護が必要になったら父の銀行預金1200万円を費用にあてたいと思っています。が、急に必要になったりした場合、「お金を勝手に使った」と兄とトラブルにならないか不安です。

A.まずは金銭の使い道を洗い出して!
 家族で話し合い、妹を受諾者、父を委託者=受益者として、「父の預金を使って介護を行う。預金の管理は妹(Aさん)」という信託契約をします。

「介護に必要な金額を見積もり、お金を管理する口座(信託口口座)を開設、費用の金額を父から振り込みます。介護が必要となったら信託口口座から費用を捻出、父親が亡くなったら信託は終了。信託口口座に残ったお金の相続方法も決めておきましょう」(磨さん)

Q.父の介護費用を自宅を売却して捻出したい (43歳・男性)
 父は持ち家でひとり暮らし。子どもは次男=私、兄、妹。介護が必要となったら介護施設を利用したいと思っていますが父の預金は400万円ほどで不足分は自宅売却で捻出することに兄妹も賛成しています。父が認知症になったら家の売却ができるか不安です。
A.不動産を信託財産として手続きを!
 父の不動産を信託財産として家族信託。売却できる条件を「父が施設等に入って自宅に居住しなくなった場合」というように定めます。
「あなた(次男)が受託者となり、不動産登記名義を受託者に書き換えます。不動産の管理費や固定資産税などのための現金も一緒に信託し、信託口口座を設けて振り込んでもらうとよいでしょう。介護が必要になり、契約条件を満たしていれば受託者の判断で不動産を売却することができます。売却代金は信託口口座に入金し、そこから介護費用を捻出するようにしましょう」(磨さん)

取材・文/樫野早苗