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「“真剣交際”って何?」「どうやって見分けるの?」。そんな疑問がネット上を駆けめぐっている。大阪府が淫行処罰の規制強化に伴い、“真摯な交際”以外の、青少年(18歳未満)の性行為を禁止しようとしているからだ。府は2月議会に条例案を提出、可決される見通しだ。

 府が提出したのは「大阪府青少年健全育成条例」の改正案。これまでは「もっぱら性的欲望を満足させる目的」かつ「青少年を威圧し、あざむき、または困惑」させたうえでの性行為・わいせつ行為を禁じていた。ところが、条例が改正されると“真摯な交際”を除いて、「性的欲望を満足させる目的」か「不当な手段」のどちらかひとつでも該当すれば、処罰の対象に。青少年同士であっても、処罰はされないが条例違反の罪に問われる。

そもそも“真摯な交際”って?

 府の青少年・地域安全室青少年課によると、現行条例の条文ができたのは1984年。青少年の性をもてあそぶ大人から保護する狙いだった。制定当時に想定していたのは、面識のある者との性行為だ。

 しかし、SNSで見知らぬ相手と出会ったことで性被害が生まれる現状があるとして、2018年6月、府の青少年健全育成審議会でSNSに起因した青少年の性的搾取への対応が問題視され、今回の改正案につながった。

 18歳未満の性被害に関する議論は長野県でも行われたことがある。県では従来、住民運動と啓発により、青少年の健全育成に取り組んできた。しかし、県は淫行処罰規定を作る方針に転換、'16年、「長野県子どもを性被害から守る条例」が作られたのだ。

 その経緯について、淫行条例を研究する信州大学の三枝有教授はこう話す。

「県民対象のモニターアンケートでは、犯罪が不安で、治安悪化を感じている人は半数弱でしたが、新たな条例制定を支持したのは3割未満でした。条例での規制を望む声は大きくなかったものの、当時の県知事が従来の方針を変えて、条例が作られたのです」

 刑法では、暴行や脅迫がなければ、13歳以上の相手との性的な行為を認めている。そのため、青少年の性行為の規制に慎重な声も珍しくない。そんな中で多くの自治体が基準にするのが、上の表にまとめた1985年の最高裁判決による「淫行」の定義だ。長野県も大阪府も同様の考えをもとにする。

 そもそも“真摯な交際”とは何か? これを考えるにあたり、長野県が参考にしたのが愛知県の事件だ。2006年、女子高生(当時17)と性交したバイト先の副店長(当時31)が愛知県の青少年条例違反に問われたが、名古屋簡易裁判所で無罪になった。

 副店長は既婚者だが、デートを重ねたうえで性行為に至り、その後もデートを続けた。副店長は「離婚するつもりはない」と言い、女子高生も同意していた。金銭のやりとりはなく援助交際ではない。

 女子高生は被害届を提出していないが、女子高生の母親が警察に申告。警察は、自らの地位を利用したなどとして、副店長を逮捕した。

「裁判所は2人の行為を“真摯な交際”と認め、無罪にしました。その後、副店長は国家賠償を求めました。一審では、“性行為のみを目的としていない”とするなど恋愛感情に肯定的でしたが、二審では、離婚する意思はないなどとして“真摯な交際”と認めなかった。このように裁判官によって判断が分かれています。ただ、そもそも“真摯な交際”とわかるのは本人たちだけですよ」(三枝教授)

《1985年の最高裁判決による「淫行」の定義》
・青少年を誘惑し、威迫(脅したり不安にさせたりして従わせようと)し、欺罔(あざむきだま)し、または困惑させるなど、その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交、または性交類似行為  
・青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交、または性交類似行為

 淫行処罰が争われた裁判で無罪になったケースは、この事件を含めて2件だけ。三枝教授はこう指摘する。

「多くの場合は罰金刑や示談交渉で終わり、検挙されても裁判は行われないため、事件が表面化しません。“真摯な交際”をどうやって判断したのか公にならず、その基準は曖昧(あいまい)なままです」

 セックスするのは、性的欲望を満たすためなのか、付き合っているからなのか。それが“真摯な交際”かどうかの分かれ目になるというが、肝心の判断基準が曖昧なままでは、明確な線引きは難しい。

「原則的に真摯な交際かどうかは警察が判断しています」

寂しい子どもたちの被害をなくせるのか

 警察庁によると、SNSに起因する青少年の性被害の件数は年々、増加傾向にある。最も多いのはページ下部の表が示すとおり、条例違反のケースだ。

 首都圏在住の、高校生のミナミさん(17=仮名)は、条例違反の疑いで警察に補導されたことがある。

「ツイッターで知り合った30代の男性とラブホテルでエッチをしました。でも、援助交際ではないですよ」

 お金のやりとりがあれば「児童買春」だが、そうではないため、都の青少年健全育成条例違反(淫行)で男は逮捕された。条文にはこうある。

《何人も、青少年とみだらな性交または性交類似行為を行ってはならない》

 東京都が淫行規定を制定したのは'05年。違反すると2年以下の懲役または100万円の罰金刑が科される。

 一方、ミナミさんは「非行のおそれがある」として、児童相談所に保護された。

「児相のカウンセラーは丁寧に話を聞いてくれました。両親が離婚し、父親と一緒に暮らしていますが、私は父から殴られていたんです」

 ミナミさんのように、見知らぬ相手との出会いを求める少女たちは、何かしら寂しさを抱えていることが多い。

 NPO法人『若者メンタルサポート協会』で相談員をしている竹田淳子さんは、性被害を受けた女性たちの話に耳を傾けてきた。自身は10代で結婚、20代で出産。違法薬物に手を出し、刑務所に入っていたこともある。女性受刑者の出所者支援に取り組むほか、未成年を対象に24時間のLINE相談も受けている。

「真摯な交際を測るメーターはありません。親に紹介できるかどうかがひとつの基準でしょうが、大人はうまくごまかせます。人の気持ちは変わるものです。どの時点かにもよりますし」(竹田さん)

 府の条例改正案は、SNSに起因する性被害をなくそうとするものだが、竹田さんはこう疑問を投げかける。

「大人と青少年との間にも真摯な交際が成り立つでしょうし、取り締まりは間違っていると思います。完全に性被害をなくしたいなら、SNSを使えないようにするしかないけれど、無理があります。出会いを求める子たちは寂しいんです。親や先生たちが話を聞いてくれない。周囲に信用できる大人がいれば、SNSに相談や救いを求めません」

 規制強化だけでは問題を解決できない。大阪府としても、「規制ありきではなく、(家庭環境などの背景に要因がある青少年への)ケアや相談窓口の充実、教育や啓発をすることも必要との意見が府の審議会でありました」(青少年課)とする。

 条例で“真摯な交際”かどうかを問う前に、子どもたちのSOSを真摯に聞き取り、学校や家庭などの環境を把握し、改善していくことが求められるのではないだろうか。

《都道府県別・淫行条例の要件》
・「威迫」「あざむき」「困惑」が要件……大阪、千葉、長野、三重
・「利益供与」「金銭を渡すなどの約束」が要件……京都、山口
・特に限定なく「淫行またはわいせつ行為」を処罰……上記以外の地域

(取材・文/渋井哲也)


渋井哲也 ◎フリーライター。長野日報を経てフリー。自殺や自傷、いじめ、依存症など若者の生きづらさを中心に執筆。東日本大震災の被災地でも取材を重ねている。近著に『ルポ 平成ネット犯罪』(ちくま新書)