マスクを無料で配った中国人の白洋さん(筆者撮影/東洋経済オンライン)

 2月20日、ある中国人男性がTwitterとFacebook上に、段ボールにぎっしりと詰まったマスクの写真とともに、「マスク差し上げます」というメッセージを投稿した。

 そこには平日10時から11時半まで、男性の会社に来社した人に1家族1箱(子どもがいる家庭は、子ども用と大人用各1箱)を在庫がなくなるまで配ると記されていた。投稿主は都内で小さな商社を経営する白洋さん(42歳)。なぜ彼は日本では手に入れることが難しいマスクをそれほど多く持っているのか、そしてなぜ、無料で配っているのか。

無料配布はマスク高値転売への反発から

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

「配っているマスクは、2月3日にフリマアプリで仕入れたものだ」と白さんはそう話す。白さんは日本でゲーム機などを買い取り、海外の企業に卸す商売をしている。「中国で新型コロナウイルスが大流行しマスクが足りない。だから日本で仕入れて中国に売ろう、そんな感覚で、当初は無料配布ではなく、マスクの転売を考えた」(白さん)。

 白さんはマスクを出品者が指定した場所まで車で取りに行き、ダンボールに詰められた商品と引き換えに14万円を支払った。中身はサージカルマスクや大人用マスク、女性・子ども用マスクなど50枚入りが220箱。計1万1000枚だった。しかし持ち帰ってよく見てみると、未使用品ではあるものの、箱がつぶれているなど、こんな時期でなければ売り物にならない商品もあった。

 そしてその数日後、ある女性が「マスク転売で2000万円を儲けた」とSNSで自慢しているのを見て、白さんは「こういう時期にやることではない」と感じた。さらにクルーズ船のダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスの感染が拡大し、日本でもマスクが手に入らなくなっているのを知り、白さんは手に入れたマスクを必要な人にあげることにした。

 3月9日に配り尽くすまでに、約100人が白さんの事務所を訪れた。途中からは、北海道など遠方の人にも着払いで発送を始めた。Twitterでは「なぜ日本でマスクがないのに、中国人のお前は持っているんだ」という反応も寄せられた。そうしたときは、マスクの出品者に発行してもらった領収書の写真を投稿した。

 さらには、近所の人が「こんな近くでマスクが手に入るなんて」と事務所までやってきた。その人からは「1月には中国に300枚送ったんだよ。そのときはまさか自分たちの分が足りなくなるとは思わなかった」とも話されたという。

 2003年に来日した白さんは2009年に日本の大学を卒業し、働き始めた。だが、就職した企業が2回連続で倒産し、2013年に独立して今の仕事を始めた。マスクを買うために使った14万円は、「たいした額ではないとまでは言えない。サラリーマン時代は月給が20万円だったから。でも今は、家族4人で安定した生活を送れている。払えない額ではなくなった」と語る。

 また白さんは「2012年に尖閣諸島をめぐって日中関係が悪化したとき、中国人は日本車をボコボコにしたりした。それなのに今回、多くの日本人が中国にマスクを送ってくれて感動した。だから自分もできることをした」とも口にする。

 だがこの1カ月半、自分の利益のことしか考えていない高値での転売行為も後を絶たない。1カ月以上にわたってオークションサイトへのマスクの出品を繰り返し、売り上げが計888万円にまでのぼった静岡県議の話は、日本人の怒りを買っただけでなく、中国のSNSにおいてもトレンド入りした。

中国でもマスク値上げの取り締まり強化

 世界各地においても、似たようなデマが流れ、トイレットペーパーがなくなり、マスクの奪い合いも起きている。新型コロナウイルスによる死者が1000人を超えたイタリアでも、ECサイトでマスクや消毒剤が値上げされ、当局がアマゾンやイーベイの調査を始めたと報道されている。

 一方で最初に感染が拡大した中国は、EC企業自身が転売ヤーや、便乗値上げに対して強権を発動した。EC最大手のアリババは、マスクの値上がりを確認した翌日の1月21日、出品者に対して値上げの禁止を通知した。

 さらに2月下旬にはアリババや、京東商城(JD.com)などEC大手5社と北京当局が連携し、1つのプラットフォームで違反した出品者を、5社のすべてのサービスから締め出すことを決めた。

 日本の状況はどうだろうか。アマゾンやフリマサイト「メルカリ」での法外な価格でのマスク出品は1月末から指摘されていたが、当初は黙認された。

 だが転売目的の買い占めは、マスク不足に拍車をかけ、医療機関でもマスクが足りなくなる事態にまで直面。政府は3月10日にマスクの高値転売禁止を閣議決定した。違反者には1年以下の懲役か100万円以下の罰金が科せられる政令が3月15日に施行された。これを受け、メルカリも13日、衛生マスクの出品を一律禁止にした。

 ただし、転売がなくなるかは不透明だ。筆者は13日13時00分から10分間で、メルカリの「救急/衛生用品」カテゴリーに、マスクとおぼしき商品が3点出品されたのを確認した。いずれもマスクの写真を掲載したうえで、商品名は「7枚入り」「口に当てるもの」などとぼかしている。出品者の1人はプロフィールに「マスク売ります」とまで入れていた。

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 これらの商品は出品された途端、「マスク禁止でしょ」「商品名をきちんと書いてください」と怒涛のコメントが寄せられた。出品者がそのコメントを次々に削除していくケースもあれば、「購入します」とのコメントが入って数分後に、出品者が商品情報を削除するケースもあった。

マスクめぐる攻防の収束も見通し立たず

 転売が後を絶たない一方で、マスクの生産状況も追いついていない。中国では自動車メーカーなど異業種がマスク生産を始め、1日に1億枚以上生産できるようになった。だが、自国での需要もカバーできていないため、しばらくは日本への輸出は見込めない。日本も同じように、シャープなどがマスクの生産を始める。

 大手不動産企業に勤める男性(30代)は、「接客するときは絶対マスクをつけないといけないが、備蓄も残り少なくて、1枚のマスクを3日続けて使っている」と明かす。ウイルスが世界中に広がり、マスクに抵抗感が強い欧米の国々でも需要が増大する中、マスクをめぐる攻防も収束の見通しが立たない。


浦上 早苗(うらがみ さなえ)◎経済ジャーナリスト 早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育など。中国メディアとの関わりが多いので、複数媒体で経済ニュースを翻訳、執筆。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。Twitter: @sanadi37