都内の公園では、庶民の楽しみを奪う貼り紙が

「90代の母親が認知症で介護施設に入所しているのですが、お見舞い禁止でもう1か月面会できていない。次に会ったとき、顔を忘れてしまっていないか心配で落ち着きません」(都内の60代男性)

「定年後に再雇用された契約社員なので業績悪化で真っ先にクビを切られそうで不安です。妻がぜんそく持ちで感染すると重症化のおそれがあるため、ずっと酒も飲みに行っていません」(札幌市の大手百貨店で働く60代男性)

在宅勤務できない人の負担

 新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるため、政府が大規模イベントの自粛を呼びかけてから間もなく1か月がたつ。外出の自粛、一斉休校と息苦しさは増すばかりで、多くの人が我慢の限界に立たされている。

 政府の感染症対策専門家会議は3月19日、これまでの取り組みの成果について「引き続き持ちこたえているが、一部の地域で感染拡大がみられる」と表明。感染ルートがわからない新規感染者が増えている地域があると指摘し、いつか、どこかで、

「オーバーシュート(爆発的な患者急増)を起こしかねない」

 と言及した。

 その先に見えるのは医療体制の崩壊だ。オーバーシュートが起きたイタリアやスペイン、フランスなどは、数週間かけて都市を封鎖したり、強制的な外出禁止措置や生活必需品以外の店舗閉鎖など「ロックダウン」を強行した。

 一方で専門家会議は、感染が確認されていない地域では学校活動の再開などを認めた。しかし、国内全域で考えると安心・安全な生活はほど遠い。

 窮屈な生活が続けば、たとえ感染を防げたとしてもストレスは蓄積されていく。

 関西福祉大学の勝田吉彰教授(渡航医学、メンタルヘルス)は「接客業など在宅勤務できない人が心配」と語る。

「特に問題なのはクレーマー対応。ドラッグストアの従業員は“またマスク売り切れかよ! どうしてくれるんだ”などと迫られています。うつ状態に陥りやすいし、尾を引きそうな側面もある。

 理不尽に怒鳴られたり、近くのものをバンッと蹴られたりした情景が、2~3週間たったところでパッとよみがえることがあるんです。フラッシュバックというPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状で、長引くリスクがあります」(勝田教授)

 コロナ関連の品切れや品薄にかぎっては、店舗や従業員に責任はないだろう。

 ピリピリムードは電車内のトラブルも生んだ。リモートワーク(在宅勤務)に切り替えられる職種は限られ、都市部では多くがいまも満員電車に乗っている。サラリーマンやOLたちの心も穏やかではないはず。

うつ病、不安神経症、不眠症

 心を蝕むのは、それにとどまらない。

 精神科医で国際医療福祉大学大学院の和田秀樹教授は、外出自粛による経営悪化などがうつを招くと指摘する。

「お客さんが全然来なくなって来月の支払いができなくなり、うつになるのはコロナに限らずありえます。経営悪化や営業不振に悩んで自殺する人もいますから」(和田教授)

 旅館でも、飲食店でも、売り上げが大幅に減ると資金繰りは苦しくなる。あらゆる業種で売り上げ急減の悲鳴が上がっており、緊急融資ですべて解決するとは思えない。

「終わりが見えないのがいちばんつらい。入ってくるはずのお金が入ってこないだけですごく不安になりますよね。中小・零細企業の個人事業主は給料も払わないといけないし、胃が痛くなるような状況にすでに追い込まれている。それでなくとも日本人は気が弱いとよく言われます。世界中で借金を返すために銀行強盗をする国って日本だけらしく、きまじめな国民性ゆえに心配です」(和田教授)

 現場の声を聞くため都内のカラオケパブを訪ねると、客はひとりもいなかった。

 80代の男性店主は、

「ひどいもんですよ。売り上げが8割減って、どうしようもないんで女房の指輪を売ってお金にしたんですが、購入時と比べて価格がめちゃくちゃ落ちていてがっかりしました」

 こうした個人事業主はごまんといるだろう。追い込まれると、どのような病気になる可能性があるのか。

 前出の和田教授は、

うつ病も含め、不安神経症など気分の落ち込みにかかわる病気です。不眠を訴える人も出てきています。ほかに『不潔恐怖』という神経症があって、汚いと思うものに手を触れられなくなることがある。以前診察した患者さんはトイレ掃除ができないため便座が汚れきってしまい、腰を浮かせて用をたしていたそうです。いまマスクを奪い合う姿をみていると、ちょっとそうした病的なものを感じます。何に触るのも怖いという人もいます」

 と説明する。

 持病のある家族や高齢者と暮らす人は、外出先でウイルスをもらってこないよう気を配る。過敏な人も多い。

 感染すると重症化しやすいとされる高齢者の精神状態はどうか。

 老年精神医学が専門の前出・和田教授は「多くの高齢者は相当ビビりきっています」と明かす。

「スマホやパソコンなどを駆使できない情報弱者なのでテレビの情報ぐらいしか入ってこず、あおられ続けて不安なんでしょう。家族から外出しないように言われているケースもあるし、“社会全体が殺伐として雰囲気が悪いから外出する気になれない”と話す患者さんもいます」

 しかし、自宅にこもりっぱなしの生活にはリスクがある。

「外出しないせいで歩けなくなり、認知症が進む危険性もある。日に当たらないと『セロトニン』という神経伝達物質が減ることがあり、うつになりやすくなってしまう。高齢者は若い人と比べて神経伝達物質が少ないから、外に出ないことでうつになるリスクが高いんです」と和田教授。

 気分の落ち込みによって免疫機能が低下し、かえって感染症にかかりやすくなる側面もあるという。

実は傷ついている子供たち

 心配なのは大人だけではない。突然、休校になって自宅待機を強いられている小・中・高校生もあぶない。春のセンバツ出場をたたれた球児たちは「夏の甲子園を目指します」と言うしかなかった。

 新潟青陵大学大学院の碓井真史教授(臨床心理学)は、「何でもないように見えて、実は傷ついている子もいるんです」と訴える。

卒業式が中止・縮小されたり、新年度のクラス替えを控えて“最後の時間”を奪われた子がいます。先生やいまのクラスが大好きな子ほど喪失感は大きい。繊細な子、変化についていくのに少し時間がかかる子にも目を配って、周囲の大人が話を聞いてあげてほしい」

 スクールカウンセラーでもある碓井教授は、“がんばりやさん”の子どもが置かれがちな状況にも目を向ける。

「能力もやる気もあるから周囲の大人から頼られやすいんです。しっかり者のお姉ちゃんが留守宅で毎日、小さな弟や妹の面倒を見ていたりする。“小さなお母さん”として頑張るわけですが、そろそろ“いつもありがとうね”と特別に褒めて、アイスの1本でも買ってあげてはどうでしょうか」

 子どももメンタルを病むことはあるが、親からすればいきなり精神科を受診するのはハードルが高い。

 広島市の小児科医院『女医によるファミリークリニック』の竹中美恵子院長は、そんな親のために日本小児科医会が養成する「子どもの心」相談医としても活動する。

「ストレスがひどく、壁を物で叩いて穴をあけてしまうお子さんがいます。外で遊ばないから体力があり余って、夜、眠れない子もいます。

 逆にやる気が出なくて、ずっと寝ている子もいるようです。寝てばかりというのも不健康ですよね。あるいは、うんざりするほど宿題が出ていてストレスの要因になっているケースもありました」

 同じ勉強時間であっても、学校で先生に教えてもらうのと、自分で宿題をやるのとでは「必要とする集中力が異なる」(竹中院長)という。

 外で遊べば大人から白い目で見られ、ささやかな楽しみだった週末の外食もなくなった。部活動の大会中止などで目標を失った子もいる。

 しかし、仕事に加えて子どもの面倒に頭を悩ませる親は少なくない。イライラすることもあるだろう。竹中院長は、

「子どもが自宅にいるので急にお弁当づくりが増えた母親はストレスを感じています。なかなか仕事へ行けなくなったシングルマザーは収入が減り、“食べ物の味がしないのでよく食べられない”と精神的に参っている。体重がどんどん落ちて肉体的にも危ない状態です」と実態を明かす。

 追い込まれた親はどうすればいいのか。

 前出の勝田教授は「孤独はメンタルヘルスの大きなリスク。周囲から支援のない孤独はさまざまな疾患のリスク要因になる」と指摘。

 前出の碓井教授は、

「親がどっしりと構えられれば望ましいが、できなくても自分を責めないでください。まずは親が自分の心を守ること。近所の人や友人がグチを聞いてあげるなどフォローしてあげてほしい」

 とアドバイスする。

 ウイルスと同様、厄介な“敵”が自分や家族の中に潜んでいるかもしれない─。