『ideau』の前に並ぶ越野さん(左)と安田さん。建物はモダンな雰囲気に改修

 離婚したシングルマザー、もしくは離婚を決意したプレシングルマザーの前に立ちはだかる住宅問題。

「離婚前後の人が家を探しても、なかなかうまくいかない。前年度の収入や勤続年数などの条件が満たせないと、賃貸物件の貸し渋りにあうケースは少なくありません」

 そう指摘するのは20年前からシングルマザーの住居問題について研究している追手門学院大学の葛西(くずにし)リサ准教授。その理由について、

「収入がないことがいちばん。蓄えも十分でなく、入居の際の一時金が払えない方もいます。経済的な貧困が賃貸物件を借りることの難しさにつながっているといえます」

 そんな離婚前後のシングルマザーの味方になり、全国に少しずつ広まっている物件に、シングルマザー向けシェアハウス(以下、母子SH)がある。全国で30軒ほど運営されているという。

 自宅を離れた母子が、再スタートを切り、新しい家族の『カタチ』を模索する。

就労・住居・保育はセットでないと生活が成り立たない

 2012年、日本初の母子SHを始めた『全国ひとり親住居支援機構』の代表理事で建築士の秋山怜史さんは、

「ファーストステップとして住所を持たせないといけない」

 と力説する。その理由は、

「住まいが確保できないと保育園に応募できない。仕事を得るためにも住所を書かなければいけない。でも仕事がないと住所が得られないという負のスパイラルが起こる。就労と住居と保育がセットでそろわないと生活が成り立たないんです。なぜなら、シングルマザーでシェアハウスを必要としている方は、未就学児のお子さんを抱えている人が圧倒的に多いからです」

 秋山さんは’15年に母子SH専用サイト『マザーポート』を立ち上げ、’19年には事業者の情報交換、行政との交渉のためにNPOを立ち上げた。

「全国の16業者がNPOに加入しています。新規でシェアハウスを立ち上げたいと考えている方にも伴走できる受け皿、組織でもあります」

 と、社会問題に向き合う。

シェアハウスで起きるトラブルの元は「温度差」

 母子SHを選ぶ女性には2つのタイプがあると葛西准教授は言う。

「行き場がなかったからそこに住む人と、誰かと住みたい人です」

 トイレや水回りを共有しつつ暮らすためトラブルが発生することも。その原因を、葛西さんと秋山さんは「温度差」と口をそろえる。

「共同生活が苦手な人や、そりが合わないメンバーもいます。垣根が低い人は普段からほかの人に頼ったり、任せてしまう。すると“なんで自分だけが”となりかねない。自分でできることは自分でしたいし、寄りかかられてもしんどい、という意見はけっこう聞きます」(葛西准教授)

「子ども同士の関係や子育て感覚の違いもあります。子どもたちは集まれば遊びたくなります。午後8時までに寝かせたい母親もいれば、気にしない母親もいます」(秋山さん)

 ほかには、居室が狭かったり、期限つきなどの制限があり、住み続けたくても出ていかざるをえなくなるという。次にいい住宅が見つかるか、となるとなかなか難しい問題だ。

『マザーポート』のシェアハウス検索画面。4月からはシングルマザーに理解がある一般不動産の賃貸物件の検索もスタートした

ずっと住むのではなく、ステップアップの場

 一方、メリットもある。

「都内のシェアハウスには、地方から仕事を求めて来る人もいます。知らないところに住むのは不安があるということでそこを選ぶ。先輩ママがいたり、仲間がいたり、コミュニティーもあります」

 という葛西准教授は、

「新たな視点としては災害時のメリットです。“窓の補強を大家さんがやってくれたり、みんなで集まれたから安心した”、自分に何かあったときに安心、というママたちの声も聞きました。また、普段でも、もし事故に遭ったり、急に入院したときも頼れる人間関係がないとすごく怖いけど、ここなら頼れる人もいる、と。コミュニティーがセーフティーネットとして役立っていると考えられます」

 大人と話せることをメリットにあげた母親もいたという。

「家では子どもと一対一、職場でも人と会話がない。仕事でも家でも大人と話さないで毎日を過ごしていたら、孤立化し、イライラして子どもに手を上げてしまうこともありうる。それを防ぐことができるのも大きいのかなと思います。シェアハウスでは悩みを共有できますし、自分がシングルマザーということを隠す必要もないので」(秋山さん)

 とストレス発散に有効な母子SHのメリットをあげる。

「ここに入らなかったら虐待していたかも……」と胸の内を明かした母親もいるという。

 決していいことばかりの母子SHではないが、秋山さんはこう意義づける。

「ずっと住むのではなく、ステップアップの場。精神的にも経済的にも基盤を整えて、次のステップに行っていただく。NPOとしては、しっかりと母子の居住を支援してくれるプレーヤー(事業者)を増やしたい。そのための支援ができればいいと思います」

《大阪・大阪市》長屋を住まいに地域ともつながる

「ハウスの『ideau(イデアウ)』という名前は『出会う』という意味の古語です。入居者で、立ち上げから参加する安田委久美(いくみ)さんが名づけました。新しい人生をみんなと出会い、新しい自分自身とも出会えるように願いを込めています」 

 と話すのは大阪府大阪市で母子SH『ideau』を運営する株式会社Peace Festaの越野健さん。同ハウスは築50年、10軒ある長屋の一部を利用、昨年7月からスタートした。越野さんらと入居者らがともに話し合い、物件を探し、一から作り上げてきた新たな『自宅』。

「離婚をネガティブにとらえずに第二の人生をスタートさせ、地域の人とも交流できる場所としてやっていきたいと話していました」(越野さん)

母子SH『ideau』にある共用のアイランドキッチン。調理しながら子どもたちにも目が届く

 当初はシェアハウスでの暮らしについて具体的なイメージがなかったという冒頭の安田さん。参加した当時を振り返る。

「シングルになって、特に子どもに対し、申し訳ない気持ちでした。お留守番をさせたり、ご飯もひとりだったり。ほかのお母さんからも子どもと親2人の空間がしんどく感じたと聞いたので、もっとゆるくつながって生活しながらサポートし合えれば、自分にも子どもにもいいのでは、と思うところがありました」

各居室には水回りも配置。ほかの世帯に気兼ねなく入浴ができる

 入居して実感するのは子どもとの関係の変化だという。

「子育ては自分の親のやり方をまねるなどそれしか知らない。だから、ほかの人の子育てをリアルに見られるのも、とてもいいんじゃないかな。中学1年生の娘がほかの入居者の小さい子に気を配ったり、ハウスでの課題を解決するため、子どもの目線から私と話し合える関係になったのも面白いですね」(安田さん)

 ハウスでのイベントを企画する主体性も芽生え、暮らしを楽しんでいるというが以前は寂しい思いをしていた。

「娘は前の家ではひとりだったけど、今はリビングに行けば誰かいるから寂しくなくなったと話してます」(前出・同)

建物の前の道からは楽しそうに遊ぶ子どもたちの元気な声が響く

 運動会に入居者家族と越野さんらで応援に行ったこともあった。『家族』のような付き合いが育まれているのと同時に、ご近所や地域とのつながりも生まれた。安田さんは、

「野菜のおすそ分けをいただいたり声をかけ合ったり。ゆるくつながっている感じです」

 さらに希望もある。

「離婚して、子どもに申し訳ない気持ちや後悔があるからこそ何かできることがあるのではと思っています。過去はマイナスじゃなくて、自分も子どもも輝かしい未来の原石だったと考えたい。そのあたりも周囲とサポートし、ここに住むみんなで仲間に、『家族』になれたらいいです」

《東京・世田谷区》『親戚』のようなつながり目指して

「サバのみそ煮。ジャガイモとワカメのみそ汁、長いもとキュウリの即席漬けです」

 キッチンで今晩の献立を教えてくれたのは母子SH『MANA HOUSE』の管理人で入居者とともにひとつ屋根の下で暮らす関野紅子(こうこ)さん。

関野さん(左)と山中さん。心がけているのは『一緒に楽しく幸せに』

 同SHの特徴はサービスの手厚さだ。運営するシングルズキッズ株式会社の代表取締役、山中真奈さんに聞いた。

「管理人さんが常駐しており、夜も見守りをしていますので残業で帰りが遅くなっても安心です。月々の費用にプラスして毎日、保育園へのお迎えもやっています」

 それに平日は毎晩、夕食が出る。子どもが成長し、居室が手狭になったため引っ越した元入居者の中にも毎晩ハウスで夕食を囲む家族がいる。

「実家みたいですよ。うちが目指すのは『親戚』みたいなゆるいつながり。親子は毎日一緒にいないといけないけど、お母さんは子どもが好きでもイライラするときもある。子どもだって親に気を遣って言えないこともある。だからガス抜きできる第三者、逃げ道になるような存在は大切です」(山中さん) 

イベント時には多くの人でにぎわう、母子SH『MANA HOUSE』のリビング

 そんなつながりと安心できる住まいで、母子は心身ともに癒されていく。

「みんなつらい思いを抱えて入居しますが、日に日に元気になり、前向きになってくるのがいいです。子どもたちも成長し、変わっていく」

 と関野さん。入居前後は笑顔が少ない子どもたちも徐々に笑顔が増えてくるという。

「ここなら自分の家庭環境も否定されないし、考えの押しつけもない。同じ事情を抱えているからわかり合えますし、お母さんたちも子どもが笑顔になるのがうれしい」(山中さん)

食事風景。人気の献立はたらこパスタとハンバーグ(SNSより)

 居心地のよさに、イベント参加や宿泊だけする母子世帯も少なくない。山中さんは、

「みんなが集まると年末の田舎の家みたいと言われます。まさに『親戚の家』ですね」

 いつでも帰れる居場所、母子SH。各地で新たな人生の『希望』として育まれている。

《群馬・前橋市》県営住宅をリノベーション!

 群馬県では行政が中心となり、県営住宅のワンフロアを母子SHとして活用する全国でも珍しい試みをスタートさせた。

 担当する県生活こども部・私学・子育て支援課の担当者は、

「庁内の若手職員が立案しました。県内の子育てに関する調査で、母子世帯が抱える子育ての課題がわかり、何か支援ができないかと考えていました。同時に老朽化した県営住宅の改修が必要な時期にある中で、母子SHを提案し、今回、県営住宅の改修に合わせてワンフロアを母子SHにリノベーションしました」

群馬県前橋市では県営住宅をシングルマザー向けシェアハウスとして活用する試みをスタート

 各居室はもともとの住居を利用しており、間取りは1LDKと2LDKの2タイプ。キッチンと水回りも備えつけられている。広さも十分で防音やプライバシー確保にも配慮されている。

 共有の広いキッチンとリビングで子どもたちものびのびと過ごせる。

 家賃は収入に応じて変わるが1万6600円(プラス共用リビングの光熱費代など)からで、昨年7月から入居が始まった。県外からの応募も可能だ。担当者は、

「県でも初めての取り組みです。入居者がお互いを支え合い、一緒に生活を築いていくことを目指します。コーディネーターを交え共用部分の使い方のルールづくりや入居者の交流などを重ねていますが、まだ手探り。今後はこれをモデルにほかの市町村などへも広げていきたいです」