高校生が訴えた『9月新学期論』(Twitterより)

 新型コロナの影響で休校が長引く全国の教育現場。そんな中「新学期を4月から9月へ」という、ある高校生の“つぶやき”が論争を起こしている。これまでも議論されてきたこのテーマ、今だからこそ考える──。

高校生の“つぶやき”が大きな波紋に

新学期の開始を、この機会に諸外国と同じ9月に──

 高校3年生がツイッターに投稿した、こんなメッセージが話題となっている。東京の高校に通うある男子生徒によるこのツイートは、全国の学生や保護者などを中心に大きな反響を呼び、投稿から約半月が過ぎた4月16日現在で約9万6000件の「いいね」を集め、4万回以上リツイートされている。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、安倍晋三首相が全国の小・中・高校に3月2日からの一斉休校を要請した。当初、春休み明けまでとされていた休校措置は4月7日の『緊急事態宣言』前後から全国各地で延長の動きが見られ、文科省が全国の幼稚園から高校を対象に行った調査では予定どおりに新学期をスタートした学校は38%にとどまった。当初、緊急事態宣言の対象地域となった7都府県だけでなく、全国で多くの子どもたちが3月初めからゴールデンウイーク明けまでの2か月以上を自宅で過ごさなければならない状況に─。

 話題となっている高校生のツイートには、

《僕の個人的な考えですがゴールデンウィークにコロナウィルスが収まっているとは思いません。(中略)これから先学校は一ヶ月ごとにずるずると休校期間を延長、延長と繰り返していくと想像します。

 私たちの授業や他愛もない学校生活はその延長のたびに減っていき来年の三月には終わりがきます。(中略)

 ここは、新学期の開始を9月1日に置き学期の周期を半年ずらすことが最善であると考えています。

 入学や卒業、入学者選抜すべてを半年ずらすのです。日本独自の学期制を廃止し、アメリカ等の諸外国でメジャーな9月から始まる学期制にこの機会に変えてみると言う話です》(原文ママ)

 とある。休校の閉塞感を打ち破るような高校生らしいポジティブなこの意見は、「素晴らしい」「大賛成」「受験のとき、インフルエンザ流行や大雪を心配しなくてすむ」など、ツイッター上で多くの賛同を得ている。

 ツイートにあるとおり、4月を新学期とする日本に対し、アメリカやヨーロッパなど多くの国は9月を新学期としている。国によってなぜこのような違いが生じたのか。また、日本がこれから「9月新学期」を実現することは可能なのか。国内外の教育問題に詳しい、国際教育評論家の村田学さんに話を聞いた。

「明治時代に始まった近代の教育制度は欧米を手本としており、日本も当初は欧米と同じく9月が新学期でした。しかし明治19年に国の予算年度が4月始まりになったときに、それに合わせる形で新学期も4月に変更されました」

 村田さんは、今回の高校生のツイートに大きな衝撃を受けたという。

日本の“ガラパゴス化”

「毎年イギリスの教育専門誌『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション』が、発表する『世界大学ランキング』において、国内トップの東京大学のランクは下降ぎみです。明治時代に制定された教育制度が、グローバル化に対応できていないことも一因です。このツイートには、『多様な進学先を選べる自由を持ちたい』という日本の学生たちの気持ちも表れています。海外の大学を志願するにあたり、新年度の時期が異なると不利になります。まさに高校生から、世界標準の入学時期について課題を突きつけられた形です」(村田さん、以下同)

 その「世界大学ランキング」の最新版(2020年版)では、東京大学は36位。65位の京都大学とあわせ、日本から200位以内にランクインしたのは2校のみだ

 ちなみに、中国からは7校、韓国から6校、香港から5校がランクインし、アジアトップは中国の精華大学(23位)だった。

 新学期を9月としていない国は日本だけではなく、韓国は3月、シンガポールは1月など、統一されていない。それでも、世界中から多くの優秀な人材が集まり、世界最高峰の大学が集中する欧米と同じ時期を新学期とすることは大きな意味がありそうだ。

海外の大学に志願しやすくなり、ギャップイヤー(高校卒業から海外大学入学までの空白期間)を取る必要もなくなります。大学卒業後は、9月採用を行うグローバル企業への就職もスムーズになります。海外からの研究者や学生も日本の大学を選びやすくなるため、世界の優秀な人材を獲得できるというメリットもあります」

 まさにいいことずくめとも思える『9月新学期制』。これまで政府内でもたびたび議題にのぼり、'12年には東京大学が、春入学を全面的に廃止して秋入学へ移行する計画を発表した。5年前後をめどに実現を目指していたが、発表から約8年がたった現在、留学生や帰国子女など一部の生徒を対象とした秋入学は実施しているものの、当初の方針であった全面移行は実現できていない。

「計画にあたり、英語のみで学位取得が可能な教養学部英語コース『PEAK』が設置されましたが、東京大学の国際化の改革は中途半端に終わった印象です」

 日本の大学が海外と同じく9月を新学期とするなら、高校はもちろん、小・中学校も対応を迫られる。各種国家試験の時期や、4月一括採用とされている新卒者の雇用制度も見直しが必要となるだろう。

 コロナウイルスによる休校騒動を利用した『9月新学期論』は、実はお隣の韓国でも持ち上がっている。実現すれば、日本の“ガラパゴス化”が一段と進むことは間違いない。

「世界標準の9月入学にすることは、“世界大受験”に巻き込まれることを意味します。デメリットとしては、受験生の競争率が高くなることや、あまり特徴のない大学にとっては、逆に学生の獲得が厳しくなることなどが考えられます

 実現には越えなければならない壁がいくつもありそうだが、村田さんは「世界で勝負をしてほしい」と続ける。

世界に挑戦できる人材を育てるために

「留学生や帰国生、インターナショナルスクール卒業生が対象ですが、日本でも秋入学を導入する大学がかなり増えており、春と秋、年2回の入学が標準になりつつあります。秋入学のシステムはすでに整っているわけですから、高校生が春か秋の卒業時期を自由に決められるようにすることから始めれば、国内外含めた進学先の選択肢が広がります。

 実現のために多くの課題はありますが、学生が世界に挑戦するにあたって不利にならない仕組みを真剣に考える必要があります」

 ツイートの投稿者と同じ立場の高校生たちは今の気持ちをこう語る。

「9月新学期制については友達とも話しました。小学校の入学時期を半年遅らせるのが現実的なのかな? など、いろいろと考えています」

「このままだと修学旅行など、さまざまなイベントがなくなるかもしれないと思うと、寂しい気持ちです」

本来あるはずだった私たちの学校生活や教育機会は保障されるのか、このままコロナウイルスが終息しない場合は受験の対応が変わるのかなど、きちんと決めて発表してもらいたいです」

「このツイートの9月新学期制が実現されることを私も望んでいます」

 ひとりの高校生のつぶやきは『#拡散希望』で広がり続け、いまでは『#9月新学期』『#9月入学』のハッシュタグも現れた。ツイッター上ではますます議論が活発化し始めている。

 世界中がかつてないほどの脅威に直面するなか、ピンチをチャンスに変えようとするこのメッセージが、不安や戸惑いを抱えながら日々を過ごしている学生たちに大きな勇気を与えていることは確かだ。「ただの高校生のつぶやき」で終わらせるかどうかは、政府の判断力と行動力にかかっている。