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「もう毎日が戦場ですよ。肺炎で呼吸苦があり、新型コロナが疑われる患者が数軒の病院に救急搬送を断られ、私のいる病院にも受け入れ要請がありましたが、すでにこちらも集中治療室(ICU)に余裕がない状態。これが人口1000万人を超える先進国の首都で起きているんです」

 都内の病院で診療に当たる呼吸器内科の医師は、このように語る。

 厚生労働省発表による国内の新型コロナウイルス感染症の累計感染者(クルーズ船を除くPCR検査陽性者)数は、4月24日現在、全国で1万2388人。10日弱で感染者数が倍増するほど急速な拡大を見せている。

 政府は4月7日に7都府県に対して新型コロナウイルス特措法に基づく緊急事態宣言を発令したが、各地の感染者増加を受け、同16日には対象を全国へ拡大した。

 この緊急事態宣言が発令される直前から、医療界では新型コロナ重症者への対応能力の限界や、それに伴うほかの疾患の日常診療体制の維持が困難になり、救命できるはず患者が命を落とす医療崩壊の危険性が叫ばれてきた。冒頭の呼吸器内科医師が証言するように、それは現実のものになりつつある。

相次ぐ院内感染で外来中止が続出

 まず起きているのが、病院での院内感染の発生による日常診療機能の停止だ。院内感染が発覚した病院は主なところだけでも北海道の国立病院機構 北海道がんセンター、東京都の東京慈恵会医科大学附属病院、慶応大学病院、永寿総合病院、大阪府の明治橋病院、兵庫県の神戸市立医療センター中央市民病院、福岡県北九州市の新小文字病院など。いずれも数百床規模の中核・拠点病院だが、現在は新規の外来診療・入院受け入れの一部や全部を中止している。

 また、すでに大都市部の中小規模のクリニックなどでは感染波及を恐れ、自主的に一時診療を中止しているケースも少なくない。結果として急に体調が悪化したときに初診で受診できる病院が減少。

 これに加え、冒頭の医師が証言するように、発熱などの新型コロナウイルス感染症と共通する症状がある患者は十分な感染防御対策が取れない中小医療機関で受け入れ拒否にあい、より規模の大きな病院ではこうした患者が集中し、機能不全に陥り始めている。

1日1枚のマスク節約を迫られる毎日

 しかも、新型コロナ患者が急増するにつれ、感染防御に必要な医療資器材が不足し始めている。北日本の拠点病院に勤務する事務職員が現状を吐露する。

「感染防御用のマスク、手袋、ガウンなどは本来、感染症の可能性が高い患者に接したその都度、交換が必要なのです。しかし今後の供給見通しが立たず、節約を迫られています。例えばマスクは救急部門のスタッフで1日1人1枚、病棟担当スタッフは3日に1枚、事務職員に至っては1週間に1枚というありさまです」

 実際、日本救急医学会などは声明で、医療資器材不足とそれに伴う院内感染の発生の危険性、さらには院内感染によるスタッフの離脱の危機を訴えているほどだ。

 まさに「機関銃に竹槍で応戦」ともいえる現場の状況だが、その最前線で奮闘するスタッフにさらに理不尽な「コロナ・バッシング」が追い打ちをかけている。前述の事務職員は次のように語る。

「スタッフの中には子どもが通う保育園や配偶者の勤務先などから“新型コロナの陰性証明書を提出してください”と無理難題を突きつけられた事例もあります。この影響で3月中旬以降、うちの病院では数人が退職しました」

感染者2万人超で救える命も救えない

 新型コロナウイルス感染症は1月28日付で感染症法に基づく指定感染症となり、感染者は原則全員が入院・隔離を求められる。ところが想定以上に感染者は増加、国が定める各都道府県の感染症指定医療機関の病床(ベッド)だけでは対応不能になり、自治体ごとに新たなコロナ対応病床の整備が進められている。

 しかし、それでもなお病床不足は差し迫っている。NHKの調査によると、4月20日時点で各都道府県が用意した新型コロナ対応病床の占有率が100%を超えたのは、東京都、大阪府、それから沖縄県。このほかにも3県で病床の80%以上が埋まっている。対応病床占有率50%以上にいたっては、合計で11都道府県にのぼるのが現状だ。

 すでに厚生労働省は4月上旬に、重症者の治療に支障が出るおそれがある場合、無症状・軽症の患者について、自治体が用意する宿泊施設や自宅での療養を認めると方針転換した。

 新型コロナウイルス感染症は、約80%は無症状・軽症で、残る約20%は入院治療が必要な重症といわれている。現在、新型コロナ対応病床は全国で約1万1000床。単純計算すれば、感染者が5万5000人以上に達すれば、現在用意された病床は埋め尽くされることになる。

 単純計算とはいえ、国内での感染者5万人超は非現実的な想定ではない。通称G7と呼ばれる日本も含む先進7か国中、アメリカの感染者80万人超を筆頭に、日本より人口の少ない英仏独伊の4か国ですら感染者数が10万人以上に達しているからだ。

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 一方、これまでの研究結果からは新型コロナ患者の約5%は集中治療室(ICU)での管理が必要になると報告されている。ただ、ICUは新型コロナ患者だけが入院するものではなく、日常的に交通事故や重大な事件・災害による重症者、心不全や狭心症などの心臓疾患患者や脳梗塞などの脳血管疾患患者など生死にかかわる幅広い患者に対応する病床である。

 日本集中治療医学会が4月1日に発表した理事長声明では、全国にあるICU病床の約6500床のうち、新型コロナへの対応可能な余力は1000床未満と表明している。さらには、ICU対応が必要な患者が約5%という点から考えれば、実質的に国内の感染者が2万人を超える段階で、救える命が救えない状況が起きることになる。すでに感染者1万人を超えた日本にとっては猛火が目前に迫っている状態ともいえるのだ。

むしろ地方が危ないこれだけの理由

 新型コロナウイルスも含めた感染症への対応能力は都道府県で異なる。具体例を挙げれば、感染症の専門家が参集する日本感染症学会から専門医として認定を受けている医師は、極めて偏在している。

 下のとおり、各都道府県の人口10万人あたりの日本感染症学会が認定する専門医数は、トップの長崎県と最下位の岩手県、山梨県の差は実に25倍超。

■全国の感染症専門医の割合
<ベスト3>
1位:長崎県 5.1人
2位:福岡県 2.4人
3位:東京都 2.3人
<ワースト3>
1位:岩手県・山梨県 0.2人
2位:茨城県 0.3人
3位:群馬県 0.5人
(出典:村上和巳さん提供、数値は人口10万人あたり)

 この専門医数と人口10万人あたりの新型コロナウイルス感染者数を掛け合わせると、医療崩壊が危ぶまれるのは次の地域だ。

 まず、緊急事態宣言下で特に警戒を要するとされている「特定警戒都道府県」の13都道府県の中で、10万人あたりの感染症専門医が1人未満である北海道、大阪府、岐阜県、石川県、埼玉県、茨城県。そのほかの地域でも、人口1万人あたりの感染者数が特定警戒都道府県で最も低い茨城県の0・51より多く、かつ10万人あたりの感染症専門医が1人未満である山形県、群馬県、山梨県、滋賀県これらの地域はエアポケットのような危険地帯ともいえる。

 一方、累計の感染者が最も多い東京都、これに次ぐ大阪府は現在、感染者の減少傾向が見てとれる。両自治体は日本全体から見て重要機能を抱えており、自治体側が早期から外出自粛要請を行い、テレワークへの切り替えも早かった。当初の緊急事態宣言地域に含まれ住民にも危機感が共有されていたことなども考え合わせると、今後は感染者が減少に向かうとみられる。

 むしろ要注意は前述したような自治体の中でも人口規模のより小さい自治体である。こうした県は、人口密度は低いものの逆に特定地域に住民が集住し、人の交流も都市部に比べ多い。新型コロナが入り込めばあっという間に感染者が増加しかねない。そこにきて、もともと医療資源が乏しいため、一気に医療崩壊につながる危険があるのだ。

医療崩壊を防ぐには検査体制の拡充を

 国や自治体による病床の整備は一定程度、進んでいるものの、実は地域によってPCR検査体制が不十分なのが現実である。

 例えば、厚生労働省が発表している4月22日までの都道府県別のPCR検査実施人数に占める陽性者の割合を見ると1・1~38・5%までとかなり開きがある。陽性率のトップは東京都で、これに次ぐ大阪府は21・7%だが、いずれも検査対象者をかなり絞り込んでいるとみられる。逆に言えば見逃しの事例があり、感染が広まりやすい状況が生まれていることは容易に想像がつく。医療崩壊の原因のひとつが感染者の拡大にあることを考えれば、地域によっては検査対象を広げ、無用な感染拡大を防ぐ必要性は高い。

マスクだけで対策したつもりにならないで

 一方、一般人はどうしたらいいのか? 答えは、ほぼただ1つ。これまで繰り返し言われている「ステイホーム」、外出をなるべくひかえて自宅にとどまり、自分自身が感染しないことである。

 具体的にあげると、(1)日常生活の必需品の買い物も2~3日に1回のまとめ買いにする、(2)外出先でアルコール消毒薬の用意がある場合は躊躇(ちゅうちょ)なく利用、(3)外出からの帰宅時は接触感染を予防するために必ず手を石けんで十分に洗う──だ。

 マスク着用はそれ単独での予防効果は医学的に証明されておらず、手洗いの励行とセットで効果があるとされている。これはマスクを着用していてもウイルスなどで汚染された手で口や鼻などの周辺を触りがちなこと、マスクだけで対策したつもりになり接触感染ルートを遮断する手洗いがおろそかになるからだと見られている。逆に言えば、「マスクをするなら必ず手洗いも」ということである。

家族連れが目立つスーパーの店内。地元商店街でも人があふれ「3密」の回避が困難に

 また、昨今では感染予防のためのソーシャル・ディスタンス(社会的距離)の確保の必要性が盛んに叫ばれている。スーパーやコンビニのレジ前ではまばらに人が並ぶ姿も見受けられるが、店内全体で見ると混雑している時間帯もある。営業時間短縮などを求められた飲食店では、閉店時間の午後8時前などには電線に並んでとまるスズメのごとく席を詰めて座る客の姿を見ることも珍しくない。こうした場所では利用する時間帯や頻度の再考が必要だろう。

当たり前の行動が医療崩壊を防ぐワケ

 さらに、新型コロナウイルス感染症は、高齢者や脳血管疾患、心臓疾患、糖尿病、高血圧、慢性呼吸器疾患(ぜんそくなど)がある人で重症化や死亡のリスクが高いことがわかっている。ただ、該当する人の多くは通院という外出が不可欠になるが、新型コロナウイルスの流行後、厚生労働省が電話診療も含む遠隔診療の適応範囲を広げており、特に症状悪化や服用薬の変更がない場合は遠隔診療も利用できる。病院外の保険調剤薬局での薬の受け取りについても郵送・宅配などに対応しているところは少なくないので、利用を検討したいところだ。

 そしてなにより、これらの基礎疾患がある人は薬の飲み忘れなど治療を怠ることがないようにしてほしい。これらの疾患のコントロールが悪ければ、それも重症化、死亡のリスクになるからだ。

 さらに言えば、前述のような最前線で活動する医療従事者への差別も厳に慎むべきだ。一部で院内感染が報じられているとはいえ、病院での感染予防対策は一般人の対策と比べ、ケタ違いに厳格である。見えぬ危険に怯えるのはヒトの性だが、無用な差別で医療従事者が最前線から離脱すれば、今の時点でも医療崩壊は容易に起こりうる。そうなれば新型コロナウイルス感染症に限らず、すべての疾患での診療機能が低下して、結局、差別行為が最終的に自らの首を絞めることになる。

 そして、このような当たり前の行動を厳守することで、一般人も医療崩壊を防ぐプレーヤーになりうるのだ。


取材・文/村上和巳 ジャーナリスト。宮城県出身。医療専門紙記者を経てフリーに。医療、災害、国際紛争などの取材執筆に取り組んでいる。『二人に一人がガンになる 知っておきたい正しい知識と最新治療』(マイナビ新書)ほか著書多数