矢部浩之と岡村隆史

 ナインティナイン・岡村隆史のラジオでの発言に多くの批判が集まっている。問題の発言がなされたのは、彼がパーソナリティを務める『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)の4月23日の放送でのこと。

 風俗をめぐるその発言は多方面から問題視され、ニッポン放送が番組の公式サイトで謝罪。4月30日には番組で岡村自身の口から謝罪の言葉が述べられた。その放送中、ラジオブースに突然、入ってきたのは、相方の矢部浩之だった。

問題となった岡村の発言

 改めて振り返ると、今回の岡村の発言は、「新型コロナウイルスの影響で風俗に行けない」というリスナーからの相談に答えるものだった。これに対し岡村は、「苦しい状況が続きますから、コロナ明けたら、なかなかのかわいい人が、短期間ですけれども、美人さんがお嬢をやります。なんでかって言ったら、短時間でお金を稼がないと苦しいですから」などと返答。多くの批判を浴びる結果となった。

 この発言は当然、問題のあるものだ。疫病が社会を襲うこの状況下で、多くの人が“持たざる者”になっていくのを、“持てる者”が待ち望む。そんな発言が深夜ラジオとはいえ公共の場でなされた事実について、擁護するのは難しい。

 30日の放送は冒頭から、岡村が今回の発言について謝罪と反省を語り続ける形で始まった。CMや音楽を挟みながら繰り返される謝罪と反省。「ホントに反省してます」「ホントに思ってます」と連呼される念押し。当然、空気は重い。このまま2時間の放送が続くのか。そんなタイミングで、矢部はやってきた。

先輩・後輩じゃない
「相方として喋りに来た」

 矢部は言う。今から自分は公開説教をしようと思う、と。そしてまず、自分に「ホンマごめん」と謝罪してくる岡村に、厳しい言葉を返す。

「本番でしか謝れへんよね。オフで絶対(謝罪が)ないよね、俺にね」

 もともと同じ高校のサッカー部の先輩、後輩の関係だった2人。後輩の矢部が、先輩の岡村を誘う形でお笑いの世界に飛び込んだ。だから、そんな先輩・後輩の関係がコンビの関係にも投影されている。矢部は岡村に対し、よく「岡村さん、何してはるんですか?」と下から目線でソフトにツッコむが、これも後輩・後輩の関係を前提にしたものだ。

 しかし、説教をしにきた男は言い放つ。

「俺は元サッカー部の後輩やけど、でももう違うのよね、あなたと俺は。今日は、コンビの相方として喋りに来ました」

 矢部は岡村を「あなた」と呼び、問いかけていく。俺はこれまであなたに謝られたことが一度もない。未だに先輩という意識が消えていないのではないか。体調悪化で休養に追い込まれたあなたが『めちゃイケ』の収録でカムバックしたとき、あなたはカメラの前で俺に「すまんかった」と言った。しかし、収録が終わったオフの場面であなたから来たメールは、「すべて笑いに」の1行だけだった。もう少し何か言うことがあったのではないか。

 矢部の説教は、岡村のパーソナルな部分にも踏み込んでいく。

 あなたは楽屋でスタッフがコーヒーを入れてくれたとき、「ありがとう」のひと言もない。夫婦がうまくいく秘訣について番組で俺が「『ありがとう』と『ごめんなさい』を言うこと」と答えたら、あなたは「白旗あげたんか」と言ったが、まさか女性を敵だと思っているのか。

 お腹に赤ちゃんがいますっていう(マタニティ)マーク。あれ付けてるけど席譲ってくれないみたいな話に(番組で)なってんけど、あなたが“あれいる?”って言うたのよ。

 あなたのそういうところが今回、露呈したのではないか。時代が変わったせいではない。このご時世だからではない。何よりもあなたの“根本”に、問題があるのではないか――。

説教の矛先は「自身」にも

 矢部の説教の矛先は、岡村の周囲にも向く。今は岡村ひとりでやっているこの番組は、以前はナイナイの2人で務めていた。そのころから数えると、同じ時間枠での放送はすでに26年を超えた。

 気心が知れたスタッフに囲まれ、リスナーからは愛され、ラジオは岡村の「ホーム」になった。そこに甘えがあったのではないか。岡村だけではない。岡村の今回の発言を許す雰囲気が、番組のスタッフに、そしてリスナーにあったのではないか。

「リスナーも含め、これはもうスタッフ含めですよ。全員がそうしたんですよ」

 さらに、矢部の説教が向く先がもうひとつあった。ほかならぬ自分自身だ。

 コンビとしての矢部と岡村の関係は、元々とてもドライなものだった。仲が悪いわけではないけれど、プライベートで会うことはない。2人で飲みに行くこともない。あくまでも仕事上の関係。だが、仕事にしても、2人だけで話し合いの機会を持つことも、もう随分ない。

 こんな淡白な間柄について、矢部は以前から「俺が作った空気だと思う」と語っていた。岡村が自分から離れていったのではなく、自分が岡村から離れていったのだ、と(テレビ西日本『華丸・大吉25周年記念 祝いめでたSP』2015年12月1日)。

 今回のラジオで矢部は、岡村の発言に疑問を覚えつつも流してきた自分について、繰り返し悔やむように語った。岡村が「白旗あげるんか」と女性を敵視するような発言をしたとき、自分は取り合わずに流した。岡村がマタニティマークについて「あれいる?」と言ったときも、自分は流した。

 ナインティナインの楽屋はあるときから、矢部の希望で別々になった。それを岡村はよく「相方が自分に飽きたから」と説明してきたが、そうではないと矢部は明かす。

 飽きたからでも、ましてや嫌いになったからでもない。楽屋でスタッフにコーヒーを入れてもらって「ありがとう」のひと言もない、そういうあなたを見続けて、これからあなたを嫌いになるのが怖かったからだ、と。

「お笑いコンビの前に人間で出会ってるから。そういうとこ見たくなくて、距離とったとこもある」

 岡村、スタッフ、リスナー、そして自分。矢部の説教の矛先は、相方の問題に気づきつつも目を背けてきた、今回の事態に至るまで問題を遠ざけてきた、そんなこれまでの自分にも向けられていた。

「岡村さん」ではなく「あなた」

 矢部の今回の説教には批判もある。「結婚してるからえらいとかじゃない」とも言ってはいたものの、男性が成熟するには結婚が必要とも受け取れるような発言もあった。

 問題の“火消し”効果を狙ったものという面も拭えない。そしてなにより、コンビ間の絆のような話に帰着させるのは、今回の問題をうやむやにするのではないかという声もあるだろう。

 ただ、いま不特定多数の第三者の声に囲まれ批判されている岡村に、「あなた」と二人称で呼びかけ諭す声があること。自分の言動が行き過ぎてしまったときに、「あなた」と呼んで正してくれる人がいること。

 人の“根本”が変わるというのは、そんな具体的で大切な誰かからの「あなた」という呼びかけに、真摯に向き合う中でしか果たされないのではないか。えらそうなことは言えないけれど。

「岡村さん、何してはるんですか?」

 これまでそう何度もツッコんできた男は今回、一度も「岡村さん」と呼びかけなかった。後輩ではなく相方としてやって来た矢部は終始、岡村に「あなた」と呼びかけ続けた。その矢部の一貫した姿勢が何よりも、岡村に響くとともに、ナインティナインのこれからの関係を指し示しているようにも思えた。

文・飲用てれび(@inyou_te