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 大相撲・三段目の力士、勝武士(しょうぶし/本名・末武清孝)さんが新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全で13日未明に亡くなったことは、日本のみならず世界でも大きく報道されている。BBCニュースやCNN、ワシントンポストといった報道機関も「日本で最初のスポーツ選手の死」「日本で最初の20代の死」として、「He was a wonderful young wrestler(有望な若い力士だった)」という言葉(BBCニュース)と共に大きく伝えられた。

 相撲ファンの間では勝武士さんといえば、相撲の禁じ手をおもしろ楽しく見せる巡業での花形・初っ切り(しょっきり)でのパフォーマンスで知られる。また、同じ高田川部屋に所属し、同郷・山梨の先輩にあたる竜電の付け人としての姿もよく知られていた。

「幕内、十両、幕下、三段目、序二段、序ノ口」と、上から順にピラミッド型に番付がある大相撲界、幕内・十両のテレビでよく見る力士ばかりが一般には注目を浴びるが、相撲ファンにはどの番付にいても愛すべき力士であるのに変わりない。“かつぶしさん”と、ファンは愛称で呼んで親しんだ。心からご冥福をお祈りしたい。

PCR検査を2万件に倍増させるは
ウソだったのか

 しかし私は、勝武士さんの死を報じたニュースに触れて悲しみと共に怒りが沸いた。『日刊スポーツ』が協会からの発表として報じた勝武士さんの感染からの経緯を読んで、これはあまりにひどいと思ったのだ。「PCR検査が受けられない」、「4日間ルール」という、日本のコロナ感染症に於ける失策の犠牲者だと思った。

以下がその経緯だ。

▽4月4、5日 38度台の発熱。師匠らが保健所に電話をかけ続けたが、つながらず。

▽4月4~6日 近隣の複数の病院に依頼したが、受け付けてもらえず。

▽4月7日 近隣の医院にも相談したが、医療機関は見つからず。

▽4月8日 熱が下がらず血痰(けったん)が見られたため救急車を呼んだが、なかなか受け入れ先が決まらず、夜になって都内の大学病院に入院。簡易検査の結果は陰性。

▽4月9日 状態が悪化し、別の大学病院へ転院。

▽4月10日 PCR検査で陽性と判定。

▽4月19日 状態が悪化し、集中治療室で治療を受ける。

▽5月13日 午前0時30分、都内の病院で死去。

(日刊スポーツ 5月13日 配信)

 勝武士さんが発熱し、所属する高田川部屋の師匠らが保健所に電話をかけたとされる4月4日と5日の東京都の検査数を見てみた。東京都は4月当時、都内31か所の保健所で採取された検体を東京都健康安全研究センターと医療機関で検査してきた。

4日 検査件数 230件(内、医療機関によるものは151件)

5日      108件(  〃         45件)

(東京都の新型コロナ感染症対策サイトより)

 この数字にまず目を疑った。

 最近になって、東京都の最も陽性率が高かったのは4月10日~15日ころだと言っている。ならば、まさにこの4、5日に最大にPCR検査を実施しているべきだったろうが、圧倒的に少ない。

 東京都の人口はおよそ1400万人だ。しかも、この翌日の6日に安倍首相は、7日からの緊急事態宣言発令に向けて「PCR検査を1日(全国で)2万件に倍増させる」と記者会見で述べてもいた。その後、5月になっても2万件には程遠く、加藤厚労相は「2万件できても、2万件するとは言ってない」とか詭弁を弄していたのはご存知のとおり。

“たられば”を言い、間違いを追及すべき

 NHKの報道では相撲協会からの発表として「亡くなった勝武士が感染した時期は、東京都内の保健所や医療機関がひっ迫した時期と重なり、速やかな検査や治療ができなかった」としているが、いや、でも、翌6日からの検査件数はとりあえず1000件を越えていて、非常事態宣言をするからにわかに検査数増やしたんじゃ? それまで抑えていたんじゃ? と疑問を感じずにはいられない。怒りにこぶしを握る気持ちがする。もちろん1000件でも少ない。このころ、私の周りでも「保健所に電話が通じない」「電話しても検査はしてもらえない」という声をいくつか聞いた。

 いや、そもそも、熱が出てもみんな「とりあえず4日は家に待機している」としていた人がほとんどではないだろうか? 3月、4月、多くの人が風邪らしいものに罹って4日間は家にこもって寝ていたのを知っている。みんな熱と咳に苦しみつつも大事には至らなかったが、PCR検査にも至らず、すべてウヤムヤだ。

 厚生労働省が2月に発表し、コロナ受診の目安としての『熱が37.5度以上4日以上続く』といった4日間ルール。「コロナ専門家有志の会」はハッシュタグを作り、「#うちで治そう」や「#4日間はうちで」とさかんに発信していた。 

 この4日間ルールが、勝武士さんの検査と受診をさらに遅らせ、重病化に至らせたのでは? と今、多くの医師らが指摘している。

 医師の鎌田實さん(長野・諏訪中央病院名誉院長)は『日刊スポーツ』(5月14日紙面)で、「新型コロナウイルスは、重症化させないためにも初期診断と早期治療が大事になります。医療体制が追いつかず、発熱から4日たっての入院という初動の遅さが重症化につながりました」と語っている。

 思えば4月23日に亡くなった女優の岡江久美子さんも、3月29日に亡くなったコメディアンの志村けんさんも、自宅待機中に容態が悪化して亡くなっている。

 しかし、この4日間ルールに関してはすでに3月の参院予算委員会で政府の専門家会議副座長である尾身茂氏が「PCR検査のキャパシティーとのバランスを現実的に考えて」と医学的には何ら根拠がないことを言っていたのに、この4日間ルールが削除されたのはつい先日の5月6日だ。

 PCR検査のキャパシティーがないと言いつつ、実は世界で活躍する全自動で大量にPCR検査ができる検査機器は日本製(千葉県松戸市にあるベンチャー企業が共同開発)とか、さらに加藤厚労相は4月29日の参議院予算委員会で「発熱4日以上は検査要件ではない」と、誤解してたのは国民のほうと責任を私たちになすりつけたりもした。

 つい先日、5月8日時点の東京都のコロナ感染症での死亡者累計数がいきなり「19人」から「171人」になって驚いたら、さらに、そのことを衆院予算委員会で「事実か?」と尋ねられた加藤厚労相は「見てないんでわかりません」と答えていた。

 こりゃマジか? とネットのニュースで見て凍りつき、あぁ、この政府は国民のことなんて真剣に考えていないんだな、とつくづく思った。一体どうして政治家という仕事を選んだんだろう? 公僕という言葉を知っているのだろうか? と空しくなり、一体何を信じ、何を元に行動したらいいのか? 全くわからなくなった。

 そして改めて思う。

 勝武士さんはなんで亡くならなくてはならなかったんだろう?と。

 もし、4日の時点ですぐPCR検査が受けられていたら? 陽性が判明して入院し、アビガンなどで治療を受けていたら? たらればを言えばキリがない? いや。たらればを言い、間違いを追及し、もう悲劇を繰り返さないように私たちが声をあげなければ、と強く思う。もう悲しみはいらない。


和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。