すゑひろがりず

 新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛により、ストレスが溜まっている人も増えていることだろう。娯楽はテレビ鑑賞やゲームなど、必然的に家に居ながらできるものに限られてしまい、うっ屈した気持ちでいる方も多いのではないだろうか。

 そんななか、とある『M-1グランプリ』ファイナリストのYouTubeチャンネルが、密かに話題となっている。日本の伝統芸能である『狂言』や『能』を芸風に取り入れ、袴姿に小鼓、扇子を携えた姿で登場する“和風”のお笑いコンビ『すゑひろがりず』だ。

 2019年、Ⅿー1グランプリの決勝に進出し、狂言風の漫才ネタを披露して8位に入賞。しかし、“忘れるおかん”ネタが大ウケし優勝した『ミルクボーイ』や、“否定しないツッコミ”で人気を得た『ぺこぱ』、“王道漫才”に定評のあるベテラン『かまいたち』などが大きな話題となった一方で、“ニッチなキャラを貫き通す”すゑひろがりずは陰に隠れてしまっていた。だが、YouTubeのゲーム実況においては、その一風変わったキャラを貫くことこそが強みともなっている印象を受ける。

「ここで幕府を開きまする」

 ゲーム実況といえば、有名なユーチューバーに加え、芸能人やお笑い芸人たちもこぞって行っている定番のコンテンツ。実際にプレイしている画面を映しながらリアルタイムで中継をするため、視聴者は一緒にゲームを遊んでいるような気分になることができたり、あるいは、そのゲームの攻略法を学んだりすることができる。既存のファンはもちろん、ゲーム好きの層に対しても鉄板ネタで、ウケのいいコンテンツだ。

 実況されやすいゲームのひとつが、“巣ごもり需要”の恩恵を受け爆発的な売れ行きをみせている任天堂のゲームソフト『あつまれ! どうぶつの森』(通称:あつ森)。大人気ユーチューバーのヒカキンも、自身のゲーム実況専用チャンネル『HikakinGames』で動画『【人生初】あつまれどうぶつの森遊んでみた! ハート池の島厳選したら地獄でしたw【あつ森】【ヒカキンゲームズ】』を公開し、あつ森に初挑戦でありながらも盛り上がっている様子を配信。

 コメントを通してファンから教わった情報や、途中で気づいた「Bボタンを押すと走ることができる!」などといった解説を挟みつつ視聴者を楽しませ、5月17日現在までに約666万回もの再生数を記録している。

 ほかにも、著名人・一般人問わずたくさんの人々があつ森の実況動画を配信している。一定の需要があるため、再生回数も稼げるのだろう。そして、著名人の公式チャンネルのなかでは王者・ヒカキンに次いで多くの再生回数を叩き出しているのが、すゑひろがりずが投稿した動画なのだ。

 “芸人として”の個性は、ゲーム実況ではなかなか出しづらい印象もある。だが、M-1では“濃すぎる”ゆえに異彩を放っていたすゑひろがりずの場合、普段の漫才で見せるキャラをゲーム実況でもそのまま発揮しまくることが、大きな武器となった。

 彼らはあつ森のゲーム実況が、再生回数とチャンネル登録者数を一気に増やすきっかけに。3月17日には約7万3000人、4月17日は約19万人だった公式チャンネル『すゑひろがりず局番』の登録者数は5月17日現在、24万1000人を超えたあつ森に関連する動画はすでに40本もアップされており、3月31日に投稿された第1回は、169万回再生を突破。あつ森関連が配信される以前の動画は、視聴回数がいちばん多いもので81万回ほどであることをふまえても、このコンテンツが視聴者に好かれているのがわかる。では、その独特な実況っぷりを解説していこう。

「集え! けもの共の藪!」と荒々しく変換されたタイトルが登場し、実況がスタート。おなじみの着物姿、しかも背後には屏風を据えてテレビに向かい、登場キャラクターのたぬきに対してなぜか初っ端から懐疑的になるすゑひろがりず・三島達矢。同じく疑う相方・南條庄助と、そのたぬきに対し「人様を化かしに来よったのじゃよ」「左様じゃな」「易々とたぬきに名前を教えては化かされてお終いじゃ」などと、古風な口調でのやり取りを繰り広げる。

 場面が進み、無人島へ誘導するたぬきに対し「島!? 島流しか!?」「島流しに合うと申すか!?」「何を致したのじゃ」「某(それがし)らは都に住みたいのじゃよ!」と騒ぐ。ところが、島に着いてきれいな景色を目にすると反応が一転、南條が「愉快〜! 愉快〜!」と自前の鼓を叩き始め、三島が「ここで幕府を開きまする」と意気込むなど、おなじみのキャラで終始テンポよく反応する。次回への余韻を残しつつ、興奮に包まれたまま実況は終わりを迎える。

 こうしたYouTubeのゲーム実況は普段のネタではないから、“素”の状態で配信をする芸人も多くいるが、彼らは基本的にはそのキャラを貫き通すのだ。たとえ本人たちの漫才を見たことがない人でも、彼らの芸風や笑いどころのポイントは十二分に伝わるだろう。

公式YouTubeチャンネル『すゑひろがりず局番』内の動画『【すゑひろがりず】あつまれどうぶつの森を狂言風ゲーム実況してみた!【あつ森】#1』より

イヤホンは“カップル付け”

 実は、彼らのゲーム実況には、ほかの作品もある。

 続いては、絶望的な状況からあらゆる手段を使って生還を目指すサバイバルホラーゲーム『バイオハザード』。序盤、ゾンビに襲われて倒れているキャラに対し「たそ?(誰?)」とつぶやき、襲ってきたゾンビには「まなこが白い!」「白眼(しろまなこ)のやつじゃ!」「恰幅がいいのう」と2人で驚く。

 さらに、ゲームを進めるうえではまったく関係のない、背景として貼られている女性のポスターに注目し「姫君の春画じゃ!」「松明で照らせ!」と、テンションが上がる。挙句、天井からぶら下がってきたゾンビ(?)の手元に頭を持っていき「まるで“てもみん”(実在するマッサージ店の名称)じゃな」と和む。

 ほかにも、サッカーゲームシリーズ『ウイニングイレブン』は呼び方が「蹴鞠」「横笛(ホイッスル?)が鳴り響き」「守りびと(ゴールキーパー?)が誠に上手いわい」など、どのようなゲームでも彼らの手にかかれば、あっという間に“すゑひろがりずワールド”が展開されるのだ。

 そんなすゑひろがりずのYouTubeチャンネルに対し、ネット上では「ひたすら古語が出てくるのすごい」「これ台本無しの一発撮り? 面白過ぎない?」「ひー、お腹痛いでありまする」「あつ森の実況で涙出るまで大爆笑しっぱなしだったの初めてだ」「世界一怖くないバイオハザード実況」「つらい世の中だけど、YouTubeのすゑひろがりずを見ると癒される」など、賞賛の声が後をたたない。

 古語でゲームの世界を“すゑひろがりずワールド”に塗り替えるさまには中毒性があり、コメント欄は「いと趣きあり好ましい」「いみじう面白し」「此の動画を皮切りに局番登録者が増えておるご様子、心底よりお祝い申し上げ奉りまする」等々、影響を受けた語り口になるファンも続出する。

 また、まるでネタを見ているような充実感だけでなく、コンビ仲のよさにほのぼのとするファンも多いようだ。初期にはそれぞれ別々のイヤホンを使用していた2人だが、最近は(同じ場所で収録しているものでは)ひとつのイヤホンを片方ずつ使用し、まるでカップルかのように密着して座っている

 とっさのゲームの展開にも阿吽(あうん)の呼吸で瞬時にボケと突っ込みを入れ合うコンビの仲睦まじさをほほえましく思うファンたちが、その様子をキュートなイラストで再現し、SNSで多数公開している事実も、彼らへの注目度の高さを示している。

 2人の個性が強すぎるゆえ、ゲームの本筋のストーリーはまったくわからない(!?)代わりに、ゲームに詳しくない人でも「ゲーム実況」とはまったく別の楽しみ方ができるのも魅力。逆に、ゲームに詳しい人からは「なぜそこに行く!」などとツッコミどころ満載。だからこそ、幅広い層に愛されているのかもしれない。

 現実世界では、今もつらい状況が続く。しかし、ゲームという異空間において日本人の原点である和語を巧みに使いこなし、平和なひとときを生み出すすゑひろがりずの世界観は、多くの人の心を癒している。自粛ストレスの緩和にもってこいのコンテンツといえるだろう。

(取材・文/松本果歩)