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「若者」という言葉から、どれくらいの年代を想像する人が多いだろうか。

『ひきこもり』について、政府は長らく39歳までを若者と定義し、この区切りにおいてのみ、支援策をつくってきた。40歳を越えてしまった人々は、どうなってしまったのか。

 2019年、内閣府が「中高年ひきこもり」についての実態調査の結果を発表。40〜64歳を対象にした広義のひきこもりが、全国に推定61万3000人もいることが判明した。国が重い腰を上げて全国的な調査に乗り出すまでの経緯や、政府が用意する支援策の問題点などについて、1000人以上もの当事者を取材してきたジャーナリスト・池上正樹氏に話を聞いた。

39歳を過ぎたら支援せずとも関係ない

 '18年に上述の調査が始まるまで、政府は「39歳までの人々のみをひきこもりとして扱う」とし、実態の把握すらもしてこなかった。その理由は何なのか。

「そもそも、最初は“34歳まで”と区切られていました。国は'00年代前半に“ハローワークに通わない34歳までの人”などとあいまいな定義で『ニート』という言葉を使い出しましたが、おそらく34歳は『若者』と呼べるギリギリのライン。“働き盛りの無職の人々を就労の場に戻して、早めに納税者にさせる”といった年金対策のための思惑もあり、この年齢に設定したのでしょう。ひきこもりも単純に、この線引きに合わせたのでは?

 しかし、当時から“なぜ34歳を超えたら対策しないのか”という批判が多かったので、場当たり的に5歳引き上げたかたちです。結局、何も調査をしないから実態がわからず、支援側の都合で定義をコロコロと変えていただけなんです

 さらに、ひきこもりは「不登校の延長であり、思春期特有の問題だ」と切り捨てられてきた面もあり「思春期が終われば自然と解消する」と語る専門家もいたほどだという。

「行政などは身勝手な都合で“39歳までなら支援をするが、その歳を過ぎたらもう関係ない。(ひきこもりは)精神疾患なので、保健所や精神科に行けばいい”という姿勢で突き放してきたのが実態です」

 こうして根拠が不明な「39歳」という区切りを超えてしまった人々の存在は、政治のなかでは“なきもの”とされてきたのだった。

当事者や専門家たちは常に“39歳を超えたひきこもりが多いはずだ”と指摘を続けてきました。なぜなら、年代的に就職氷河期の中核層が40歳を超え、正社員になれずに、あるいは働き口が見つからずに社会のレールから外れてしまった人たちが溢れていたから。そして、そのなかに実態として、ひきこもり状態になる人たちが数多くいたのです。

 当時、内閣府の記者会見で『ひきこもり新聞』の記者が“5年前('10年)の実態調査で20数%いた35~39歳の人たちは、どうなったのでしょうか”と質問したところ、担当者は答えることができなかった。調査をすると対策が必要になり、予算もとらなければいけないから、とりあえず39歳までとしておく。こうして40歳以上は、公的データのなかでの存在を消されてしまったのです」

 根拠法が存在しないため、支援の原資がない。助けを求めて自治体の窓口にたどり着いても「39歳を過ぎているので対象外だ」と無情に切り捨てられるばかりか「本人たちが悪い」などと心ない言葉を浴びせられてきた当事者や家族が、どれだけいたことだろうか。

 以前は青少年を更生させて社会復帰させることが目的の『子ども・若者育成支援推進法』が適用されがちであったが、'15年には福祉の発想に基づく法律『生活困窮者自立支援法』が制定されることに。

「仕事に就かない若者たちを訓練して更生させようとする発想だった従来の就労目的の枠組みに対し、生活困窮者自立支援法は“ひきこもりを含む社会的に孤立した一人ひとりが、地域のなかで支え合いながら生きられる仕組みを作ろう”という福祉的な発想になったこれは大きな進歩であったと思います

 その後、内閣府は'18年にやっと、40歳以上のひきこもりについての実態調査を開始。政府が重い腰を上げざるを得なくなった経緯とは。

「国に先駆けて調査を始めたのは、地方自治体でした。都会に比べて高齢化がより深刻な自治体が多く、議員への相談が相次ぐわけです。話を聞いてみると、40歳を超えているケースが非常に多いと。これが『8050問題』(80代の親が、ひきこもる50代の子を支える構図のこと)のはしりです。“支援策は39歳までが対象ならば、あぶれた人はどうすればよいのか”と議会で突き上げられ、調査を始めた自治体がありました」

 '13年以降、山形県や島根県で調査が開始され、ひきこもり層に占める40歳以上の割合が半数を超えていることが発覚。

「さらに、自治体によっては6割、7割をも超える衝撃的なデータが次々と出てきた。私や家族会がその数字を発信すると、追いけるかたちで報道するマスメディアが増加。国は最後まで抵抗していましたが、どんどん外堀が埋まり、流れに突き動かされるかたちでようやく調査が始まった。長い、長い戦いがありました

池上正樹さん

正規雇用をゴールにしてはいけない

 この調査で、冒頭に記したとおり「40〜64歳で推定61万3000人のひきこもりが存在する」という事実が判明。そして、'19年に神奈川・川崎、東京・練馬で立て続けに起きた大きな事件をきっかけに、国の対応もスピード感を増していく。前者は通り魔事件を起こした容疑者が「ひきこもり傾向にあった」と報道され、後者は元農水事務次官が無職の40代長男を刺殺したというショッキングな内容で、注目を浴びた。

「これらの事件に関する報道が増えたころ、根本匠厚生労働大臣からの呼びかけで、私が理事を務めている『KHJ全国ひきこもり家族会連合会』や当事者団体との意見交換会も行われました。国としても、ひきこもり本人や家族の声を聞いて支援施策に反映させようという方向に転換したことを示す、大きな意義を持つ出来事でした

 そしてその後、内閣府が進めていた総額1000億円を超える就職氷河期世代支援の予算に、ひきこもり対策が組み込まれることに。一見すると、支援の予算がついてまた一歩前進という印象もあるが、池上氏は、これはゴールの違う2つの支援をくっつけた「ピコ太郎的な対応だ」と指摘する。

「'20年から3年間取り組むとして、概算要求で1344億円が投入される予定だった『就職氷河期世代活躍支援プラン』に、ひきこもり支援がプロセス不明のまま組み込まれることになりました。もともとの流れとしては、'19年6月に閣議決定したのち、7月には内閣官房に『就職氷河期世代支援推進室』が設置され、氷河期のあおりを受けて非正規になっていた人々を支援するべく“30万人を正規雇用する”と打ち出した支援策でした。

 ここにひきこもり対策が組み込まれると“ひきこもりの人たちに共通したゴールは、正規雇用である”という誤解が広がり、そこにたどり着けない人たちが取りこぼされてしまいます

 この支援プランは就労支援を目的に作られた制度で、就労支援の相談や、人材育成プログラム、採用企業への助成金が主な内容だ。そして、この支援策のなかに配置されている『サポートステーション(以下、サポステ)』は、過去にひきこもり支援に使われ、大きな失敗を引き起こした機関なのだ。

「サポステは、就労に悩む若年無業者の就労支援を目的につくられた制度です。元々、半年内に就労させた人数をノルマに課されていたこともあり、受託機関に配置されたキャリアカウンセラーなどのスタッフの中には、ひきこもりの心情や特性を理解せず、相談者を傷つけてしまい、逆に社会復帰が遠のいてしまうケースも少なくありませんでした。

 ひきこもり支援に求められているのは、個々の状況や思いに寄り添い、家族全体が将来にわたって生活していけるプランを一緒に立てていくことです。家族会は、最初の窓口でたらい回しにならないよう、断らない相談対応と多職種・多機関連携による支援を求めています。サポステには最初の窓口ではなく就職・就労の選択肢に入ってもらうとともに、ひきこもりを理解するための人材研修を要望しています」

 では、当事者にとって本当に効果的な施策とは、どのようなものなのか。

「まず最初に必要なのは、安心して相談できる窓口です。相談員に求められる資質は、福祉の観点から、ひきこもる人の気持ちに寄り添えること。“それならあそこに行けばいい”“とにかく外に出るか、働いてみるべき”などと押し付けることなく“なぜ今、こんなにもしんどいのか”を聞き、痛みを受け止めてくれる人がいて、当事者は初めてきちんと相談をすることができます」

 心ある相談員のいる窓口にたどり着いたのちには、どのようなステップを踏むべきなのか。

「まず、当事者たちは人によってそれぞれ異なる理由で、自宅や自室に避難している状態です。職場でのパワハラやセクハラ、過労のほか、家族との問題、病気や貧困など……。みんな背景が異なるので、一概に“こうすれば解決する”という方法がありません。

 ただひとつ言えることは、家のほかに自分の“居場所”を見つけることが社会復帰への第一歩であるということ。本人が行きたいと思える、自分がいてもいいんだ、と感じられる場所を作ることが重要で、それがどこかの施設や店なのか、特定の人物が存在する空間なのかなど、どんな場所かは一人ひとり違います

 支援側がイメージする“居場所”は画一的なプログラムになりがちだが、当事者が興味を持てることを探り当てて共にやってみることが、何より重要だという。

「図書館や駅の待合室で過ごしたい人もいれば、喫茶店が好きな人もいます。ある社会福祉協議会の方が対応したケースで、コーヒーをよく飲む当事者がいたそうです。相談を受けるうちに“街のカフェ巡りをしましょうか”という話をしてみると“行きたい”というので、一緒に地域のカフェを散策したところ、落ち着くカフェを見つけたといいます。

 その方にとっては、行く先々のカフェが居場所になっただろうし、最終的に“心が安らぐ”と感じるお店を見つけ通っているうちに、そこで働くことになったそうです」

当事者の“特性”に合わせた対応を

 このように、就労につながる場合もあるかもしれないし、そうではないかもしれない。しかし「その時間が大切なんです」と池上さんは続ける。

「支援側のリソースが足りず、どうしても情報提供をして終わりになってしまうことが多いと思いますが“当事者と一緒に動けるかどうか”が極めて重要。実際、前述のカフェ巡りを提案した福祉協議会の方も“あいつは昼間から喫茶店でサボっている”と通報されないか、ヒヤヒヤしていたそうです。それでも、何かチャンスがあれば当事者もそれを逃したくない気持ちはあるはずですから、“やってみたい”と答える可能性は十分にあると思います」

 前述のケースの場合は無事、自分に合った職場に落ち着けたが、実際は当事者が仮に就労を望んだとしても、社会復帰を阻む壁がいくつも存在する。そのひとつが“キャリアの空白問題”だ。

「履歴書に1〜2年の空白があると、そこで突っ込まれてしまいます。当事者たちは真面目で嘘をつけない人が多いので、例えば“ボランティアをしていた”“留学に行っていた”などうまく話を合わせることができず、正直に答えてしまう。そして、難色を示される。これはひきこもりの人に限ったことではありませんが、履歴書に関係なく、本人の特性をもっと評価するように、採用側の仕組みを変えていくべきではないかと思います

 また、仕事を探す際にはハローワークが重要な拠点となる。しかし、国民に安定した雇用機会を確保するために設置されているはずの機関が、うまく機能していない現状があるのだという。池上氏がこう指摘する。

「長年、取材を続けてきた経験から、有効求人倍率を下げるためだけの“空求人”が多かったり、応募してみたら実は振り込め詐欺の仕事だったりと、悪質なケースがあります。求人数を増やすためだけに企業に営業をかけて、形だけの求人を出すことも多い。ひきこもりの当事者が意を決して窓口で応募をしても、本人にはどうにもできない理由で、つまづいてしまうんです

 その一方で、地域の関係機関や企業と連携して、就労に関する相談窓口からマッチングまで一貫して対応するモデルケースが存在する。静岡県富士市の『ユニバーサル就労支援センター』だ。

「このセンターはひきこもりに限らず、就労ブランクが長い人や子育て、介護、病気などいろいろな理由で長時間勤務が難しい人の相談を受ける窓口となっています。地域で人手が不足している企業や団体と連携して、就労のマッチングまで行います。

 例えば、とある仕事を3か月やってみて、もっと続けても大丈夫そうであれば雇用契約を結ぶなど、柔軟な対応ができるのが特徴です。なかには交通費を負担してくれる企業や、お試しの期間中でも報酬を出してくれるような企業もあります。このように、もし就職が難しかった場合でもまたやり直すことが保証されているのは、当事者にとっても挑戦しやすい仕組みだと思います

まず第一に本人の気持ちを汲んで

 ここまで、当事者の助けになる窓口や必要なステップについて論じてきたが、そもそもひきこもりに陥ってしまう理由が家族にあるケースも後を絶たないという。まず変わるべきなのは、当事者の自主性を台なしにしてしまう家族であると池上氏は述べる。

「わが子の現状を恥ずかしく思い、隠してしまう親が非常に多いです。親が“高い偏差値の学校じゃないと許さない”“いい会社に入らないと恥ずかしい”などと、子どもの進路や仕事について介入しすぎたことで、ひきこもってしまうケースは少なくありません

 その一例が、前述した東京・練馬で'19年に起こった、元農水事務次官がひきこもり当事者の息子を殺害した事件だ。

「父親は学生時代からエリートで行政のトップまで上り詰めた人だからこそ、人に助けてもらう経験がなかったかもしれないし、周囲に弱みを見せられなかったんだと思います。その弱みとは、働かずに引きこもっている子どもの存在だった。発達障害の傾向があり清掃が苦手な息子に対して、ゴミ出しができないことを執拗(しつよう)に責め続けてトラブルを起こしたり、本人の進路に対しても、世間の目と自分のプライドを気にして“まとも”な職につかせようと奔走していました。

 最初は大学に行かせて就職させようとしたがうまくいかず、アニメ制作会社の採用を父親主導で受けさせていたようです。“まとも”に就職できないなら、アーティスト的な仕事をと親なりに期待したのでしょうか。ところが、ことごとく不採用だったため、裁判の被告人質問の際に“せめてアニメの才能がもう少しあればよかったのに、かわいそうな思いをさせてしまった”と証言しています。

 こんなこと、本来は親とはいえど人に言われることじゃないわけですよ。どう生きていくかは本人の問題なのに、なぜそこまで自分に主導権があると思っているのか。わが子には才能がない、と決めつけているのも痛ましい。被害者が自主性を奪われてどれだけつらい思いをしてきたのか、想像に難くありません

 さらに、裁判で証言された内容について、池上氏がこう語る。

「容疑者は30回以上も息子を刺したうえ、マスコミの目を恐れて早々にタクシーを呼び、ホテルに向かった。いかに周囲の目ばかりを気にしていたかがわかります。わが子よりも、世間体を中心に世界が回っていた。まずは少しでもいいから、子どもの苦しみを想像する視点を持ってほしかったと強く思います。

 高度経済成長時代を生き抜いた世代の親から見ると“自分たちはこれだけ働いてきたんだから”と比較してしまうこともあるかもしれません。しかし、時代が大きく変わっていわゆる中流が崩壊し、可処分所得も下がり続けている。特に、若い世代の収入は非常に厳しいわけですよね。年金だってどれだけもらえるのかわからない。

 子どもが自立したら仕送りをしてもらう。それが当たり前だった時代もあると思いますが、そんな期待はせずに“それぞれ自分らしく、健全に生きていってくれればよい”くらいの心持ちで接するのがいいかもしれません」 

 常に当事者を第一に考える姿勢を失ってはいけないということはよくわかった。では、子どもの行動に介入してしまう親や、自罰的な感情に苛まれる当事者たちは、具体的にはどのような行動をとればよいのだろうか。

「家族について言えることは、“親として子どもにどうなってほしいか”を考えるのではなく、本人が何を考えているのか、という点にフォーカスしてほしいです。ひきこもりになってしまった理由は必ず存在するうえ、当事者自身も把握できていないケースが多々ある。どんどん孤立していくなかで、自分の考えていることや、それが正しいのかどうかということすら、確認できなくなっているからです。

 したがって、まずは本人の話に耳を傾け、本人が言葉を紡ぎ出すのを待つこと。そして何か発信されたら、たとえ批判的な発言であっても、大きな第一歩だと思って聞くことです。“~すべき”という押しつけをやめることで、本人はプレッシャーから解放され、少しずつ対話のできる関係性が復活するはずです。これだけでもかなりの前進だと思います。そうすれば、次のステップが見えてくるわけですから」

 では、当事者たちは?

「前述したように、自分の気持ちややりたいことがわからくなってしまう人もしばしば。家族から否定され、なかなか話ができない場合もあるので、それ以外のつながりをどう作り出していくかが重要です。そこで、まずはいろんな情報を得て、自分と同じ趣味のコミュニティや、当事者同士の集まりに勇気を出して連絡してみたり、出かけてみたりするとか。人との出会いに限らず、自分が癒されるスポットを探してみるのもよいでしょう。

 親の意向や世間からの目になるべく左右されないように“自分にとって何が幸せなのか、どんなときに充実していると感じるのか”を考えて、少しずつそこに向かっていくしかないんだと思います」

 このアドバイスは、現在ひきこもりである人に限らず、仕事や学校、人間関係で疲れを感じている人にも当てはまるかもしれない。ひきこもりという社会問題でひとくくりにするのではなく、当事者らは社会構造の歪みによって生きづらさを抱えている人たちの一端であり、その状態に陥る理由、そして脱出するための方策も“人の数だけある”という認識を持つべきなのだろう。

(取材・文/森ユースケ、取材協力/『ひきこもり新聞』編集長・木村ナオヒロ)


【PROFILE】
池上正樹(いけがみ・まさき) ◎通信社などの勤務を経て、現在フリーのジャーナリスト。『KHJ全国ひきこもり家族会連合会』広報担当理事。1997年から日本の「ひきこもり」界隈を取材を長く続ける。著書に『ルポ「8050問題」高齢親子〝ひきこもり死〟の現場から 』『ルポ ひきこもり未満』(集英社新書)『ひきこもる女性たち』『大人のひきこもり』など。TVやラジオにも数多く出演。