夫以外の精子で受精を行う手法が注目されているが、ドナーは不足。インターネットを通じて取引を行う人が増えている。今回取材に応じた女性も、SNSで出会った男性と性交渉を行い、無事に妊娠。しかしその後、彼の“ウソ”が発覚したという。男性に直撃すると―。

今年の2月に誕生した娘を抱っこするA子さん

 

精子提供を受けたA子と、
精子提供をしたB氏の出会い

「最初の子どもが生まれてから10年以上、私たち夫婦は次の子どもを授かりませんでした。ずっと欲しかったんです。だから2人目が生まれて、本当に主人は喜んでいます。戸籍上は主人の子どもですが、実の子ではないんです……」

 東京都内で暮らす30代のA子さんは声をひそめそう打ち明ける。白い素肌にストレートの黒髪のコントラストがとても清楚で、

「主人には内緒で精子提供を受けたんです」

 という大胆な選択をした女性とはとうてい思えない。

 夫との不妊に悩んでいたA子さんは、他人の精子を使った非配偶者間人工授精(AID)で2人目を出産することを決意した。生まれた子どもに夫の疑いの目が向かないよう、DNA検査さえしなければバレない外見、血液型、知能を持つ精子を求めた。

「夫と同じIQ130以上で、偏差値がトップクラスの大学に入れる子どもが欲しかった」

 というA子さんが理想の精子探しに頼ったのは、インターネットの力だった。

 生殖医療の実態に詳しい『はらメディカルクリニック』(東京・渋谷区)の診療部部長で医学博士の宮崎薫医師は、

「日本でAIDを行う医療機関はもともと少ないうえ、だんだん減っています。理由は精子提供者の情報開示の必要性が高まってきた点にあります。精子ドナーの方が将来特定されれば、養育費や扶養義務の話になりかねない。結果的に、法的規制のないネットで精子提供が行われているわけです」

 と解説。A子さんがやがて出会うことになる精子提供者のB氏(20代後半)も、ネットの中にいた。

「ネットでの精子提供は今回が初めてでしたが、実は大学時代に、知人から精子提供を求められたことがあり、不妊症で困っている人の存在を知りました」

 そう話し始めたB氏は'19年3月に、個人でも精子ドナーになれることを知り活動開始。フィギュアスケーターの羽生結弦選手にどことなく似たさわやか系のイケメンだ。

 精子を求める女性と、精子を提供する男性。その先に命の誕生という重さは理解している。しかし、リアルより格段に相手の背景を知る手段が脆弱なネットの世界で出会い、つながってしまうのが現代社会だ。

 2年前から精子提供マッチングサイト『ベイビープラチナパートナー』を立ち上げた運営者が、精子バンクの実情を明かす。

「SNSなどで精子提供の活動をされている方の情報を集めて紹介するというサービスを行っています。男性の登録者は現在100人以上、20代から50代まで幅広い年齢層です。無責任な男性を排除する意味でも、提供者からは登録料3万円をいただいています。男性には、マッチングした女性から謝礼を受け取ることを推奨していますが、個人の判断なので、無償で提供している方もいます。必ず女性から毎日1人、2人はご連絡をいただいていますね」

提供方法は自然な性行為で

 男性には健康であることを事前に検査し、面談時に検査項目などを女性に確認してもらっているが、

「サイトとしては、掲載されている以上の情報は保持していません。登録者がウソをつくことも可能ですが、結局、面談で女性に直接確認をしていただいていますね」(前出・運営者)

精子ドナー紹介サイトでは記載された学歴や職業などを女性が見て提供者を選ぶ

 ネットで公開された内容を信じて、女性は精子の所有者をえり分ける。A子さんの精子を探す取り組みも、そんなふうに始まったのだが……。

「絶対に精子提供を受けたいというよりは、条件の合う人がいたらな、くらいの気持ちで、サイトではなくSNSを通じて、5人ぐらいの方に会いました。なかなか条件に合う人は見つからず、話は進みませんでした」

 諦めかけていたところで出会ったのが、B氏だった。

「主人と容姿が似ていて、主人の卒業した大学と同じくらいの学歴で、奥さんや恋人がいないことなどが条件でした。B氏は主人と容姿の特徴が似通っていて、金融会社で働く京都大学卒という男性でした。本当に奇跡だな、と。でもその人が、結果的に私をだましたんです

 ここでひと呼吸おき、A子さんが続ける。

日本人だと思っていたら、中国人でした。10年以上、日本で暮らしているので、日本語はペラペラでしたけど。奥さんがいることも後でわかりました。京都大学卒というのも大ウソ。それでも信用してしまったのは、感じのいい人だったこと、名前は伏せつつも社員証を見せられたのも大きかった。ネットでの精子提供では、あまりお互いの名前を明かさないことが多いのですが、彼は下の名前だけ教えてくれました。日本人の名前だと思いきや、後から中国人の名字だとわかったんです」

 とはいえ、それは後の祭り。A子さんはB氏の言い分をすべて鵜呑みにしていた。

 精子の提供は、'19年4月から始まったという。A子さんが振り返り、詳細を明かす。

「6月に妊娠がわかるまで、週に2、3回だったと思います。私の要望で、精子提供は自然な性交渉を通じてお願いしました。毎回通っていたホテル代として総額15万円くらいは私が支払いました」

 人工授精のやり方には『シリンジ法』と呼ばれる、精子を注射器のようなもので吸い膣の中に注入する方法もある。しかしA子さんが選択したのは浮気、不倫という言葉がつきまとう婚外性行為で、ためらうことはなかったという。

 前出・宮崎医師は、

「精子の提供者と性交渉を行う危険性としては性感染症のリスク、夫婦間以外で性交渉をすることによる夫婦関係への悪影響などが考えられます」

 と危うさを指摘するが、夫に知られていないA子さんに葛藤はなかったのだろうか。B氏からは口頭で、性病歴、精神病の罹患歴、家系全体の遺伝病などがないことを伝えられていた。

B氏の素性を調べ出すA子さん

「私たち夫婦は深い信頼関係で結ばれている」と胸を張るA子さんが、なぜ異性をやすやすと受け入れることになったのか。真相はこうだ。

「私には中学生になる息子がいるのですが、息子と生まれてくる赤ちゃんに差をつけたくなかったんです。自然に妊娠して授かっている長男と同じように、自然に妊娠したかった思いがありました。

 主人のことを考えると、性交渉を行わないで人工授精するほうが適していると思います。夫を裏切ることになっても、生まれてくる子どものことを選んだということです」

 夫に疑いの目を向けられることなく、B氏とのセックスは10数回に及んだようだ。

 A子さんには、いつ妊娠しても夫に告げられる土壌もあった。それは日常的に夫とセックスをしていたこと。妻が夫以外と性交渉するなんて、夫もゆめゆめ想像しないはず。

 A子さんは夫に疑心を抱かれるとはいま思っていないそうだが、精子提供者のB氏に対し、A子さんが疑心を持つ出来事があった。再びA子さんの話。

「6月に妊娠がわかった後も、赤ちゃんについての連絡を、B氏とクライアントとしてとっていました。ところが11月ごろ、急に彼のLINEの態度が粗暴になったんです。“は? お前何考えてんの?”と口調が荒くなってきて。生まれてくる子どもの父親ですから、彼がもし犯罪者だったりしたら取り返しがつかない。それで、彼のことを調べてみようと思いました

妊娠が発覚した後も2人のLINEのやりとりは頻繁に交わされていた

 A子さんはまずB氏の会社の社員寮で聞き込みを行い、B氏の名前を調べた。そこでB氏が実は中国人であるという疑惑が浮上。次に調査会社に依頼し、その結果、B氏の本名、国籍、学歴、家族構成を把握した。

「B氏には、お互い探り合わない約束なのに、会社にまでなぜ連絡するんだ! と怒られました。でも、そもそも初めの時点での話がウソだったことが問題なのです。奥さんがいるのを知っていたら、相手の人間関係を壊したくないと思っていたので、精子提供は受けていなかったはず。一流企業に勤めていることを悪用して人を信じ込ませたわけです。彼には謝罪や説明を求めましたが、まともに取り合ってもらえず今に至っています」

 伝えられていた相手の素性に偽りがあったことを、A子さんは問題視する。

 一方、B氏の言い分はというと……。

「そもそも初めから匿名での精子提供という約束で、お互いの個人情報を詮索しない約束でした。もちろん会社についても、私は何も話していません。初めて会ったときは、ケータイと財布しか持って行っていませんし、会社や家庭関係のことなんて言う必要がないんですよ。学歴については『国立大学卒』とだけ伝えています」

 実際、B氏は結婚していたのだろうか。

妻や恋人はいるかと聞かれましたが、プライベートについて伝える必要はないので。ただ、妻はいます。後にA子さんが妻のフェイスブックのメッセージに連絡をしたことで、精子提供をしていたことは知られてしまいました。妻と私の間に子どもはいません。こんな状況でも離婚するつもりはないと言ってくれてます。

 経歴をはっきり伝えなかったことに関しては罪悪感もありますし、後悔もあります。国籍についてはそもそも聞かれてすらいないんです。もし聞かれていたら言いましたよ」

 そればかりかB氏は、

「むしろ私は彼女に脅されているんです」

 という主張を始めた。

当初は妊娠目的だったが
その後も続いた“関係”

「私はあくまでボランティアとして匿名の精子提供を行っています。A子さんから謝礼をもらったことはありません。

 彼女が妊娠したのは昨年の6月ですが、それ以降も何度も会いたいと言われ、同じホテルで会っていました。7月、8月、9月とずっと会って、そのたびに性交渉もしています。私は妊娠したところで役割を終えていたはずなので断っていたのですが、彼女にしつこく迫られていたので……

 ボランティア精子提供でしかないはずの2人の関係が、いつしか男女のドロドロ愛憎劇に形が変わり始めていた。

 B氏が事実関係をつなぐ。

「彼女とは今年の3月まで会っていて、身体の関係を求められました。嫌です、と断ると、ネットで誹謗中傷されました。私は彼女に対して恋愛感情はありませんが、彼女は私に好意があります。LINEで、何度も妻と別れて結婚してほしい、と迫られています。何度も断っています」

 確かにLINEの画面には《いっぱい仲良しして、子孫をいっぱい繁栄しようね》《Bちゃんのエッチは気持ちいい》などと、性交渉や結婚を迫るA子さんのメッセージが大量に送られていた。夫について《主人おじさんすぎて臭い》《DVをされている》などといった記述もある。

今年の2月に誕生した娘を抱っこするA子さん

 当初は妊娠目的であっても、30代のA子さんが20代のB氏と「週に2、3回」のセックスを3か月近く行えば、そこには快楽も生まれ、情もわく。恋に落ちてしまうことだってある。それを冷静に制御できなかったのだろうか。

 A子さんは、

「確かに、妊娠が発覚した後も、何度かB氏といつものホテルで会っています。性交渉もしています。いま思えばおかしいですよね。どちらから誘ったのかはよく覚えていませんが……」

 と、あいまいにしつつも、妊娠後も性交渉があったことを認めた。

 “ウソ”の精子で妊娠し、出産したことを放置できないA子さんは、弁護士に相談し、警察署にも駆け込んだ。B氏は事情を聞かれ、妻にも会社にも精子提供の事実がバレ、肩身が狭い。「今後、精子提供をすることはない」と唾棄するが、赤ちゃんに対する責任は持ち合わせている。

「彼女と本気で争うことになったら、旦那さんにすべてを知られることは明らかです。もしA子さんが離婚することになったら、生まれた赤ちゃんを養うことは難しい。そうしたらどうやって彼女は生きていくのでしょう。私は多国語を操ることができ、職も安定しています。万が一のときは、子どもの親権を主張する考えもありますし、妻にも承諾を得ています」

 2人の愛憎劇の幕がいつ下りるのか、当事者にもシナリオは見えていないようだ。両者の言動から浮かび上がるのは、精子提供ボランティアに潜む、あいまいさゆえの危険性だ。

 前出・宮崎医師は、

「日本産科婦人科学会としては認めていませんが、ネットの精子提供は法律で明らかに禁じているというわけではないので、横行するのでしょう」

 と今後の広がりを見通す。

 医療機関の介在しない人工授精がネット上で野放し状態の今、母体や精子提供者の身体的・精神的安全を担保する施策が早急に求められる。