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 近年、シニア世代に急増する“脊柱管狭窄症”(せきちゅうかんきょうさくしょう)。書店に行くと“自力で治す”というタイトルの本が並んでいるが、それが“寝たきり”患者を増やしているという。世界的な脊椎外科医が教える正しい対処法とは──。

 腰痛や手足のしびれなどを引き起こす“脊柱管狭窄症”。日本では現在、350万人を超える患者がいると言われている。往年の大女優・小山明子さん(85)も、昨年夏に腰痛の悪化で入院し、脊柱管狭窄症の手術を行った。術後すぐは、杖をつく姿が見られたほどだ。

「70歳以上では10人に1人が症状を抱えているポピュラーな病気。それゆえに、高齢者だけに発症するという感覚でいる人も多いと思いますが、それは危険です! 30代、40代で発症している人も珍しくありません」

 そう警鐘を鳴らすのは、脊柱管狭窄症の新しい手術法を確立し、日本の低侵襲頸椎外科の第一人者である白石建医師。症状を放置すると移動機能が低下し、足腰が弱くなって、寝たきりや要介護のリスクが増加。早期発見・治療が求められるが、運動やストレッチなどを行えば“自分で治せる”という情報に惑わされ、症状を悪化させてしまう人も少なくないという。

「単なる肩こり、腰痛ならセルフケアでよくなる場合もありますが、脊柱管狭窄症はそれでは治せません。正しく病気を理解することが、悪化と将来の寝たきりリスクを防ぎます」

 そこで、治療の素朴な疑問から、早期発見のためのポイント、よい病院の見極め方を解説します!

脊柱管狭窄症って、どんな病気?

「脊柱管狭窄症」とは、背骨(脊椎)の後ろにある脊髄が通るトンネル状の空間(脊柱管)がさまざまな原因で狭窄(狭くなること)し、神経が圧迫されている状態のこと。狭窄が起こった場所によって症状が出る部位が異なり、腰部では、太もも、ふくらはぎなどの下半身に、痛みやしびれ、脱力感が起きる。

発症する人の3分の2は、腰部に狭窄を抱えています。腰部に狭窄がある場合、歩くと痛みがひどくなり、前かがみの姿勢をとるようになる“間欠跛行”(かんけつはこう)という症状が出るのも特徴のひとつ。歩ける距離が短くなって、日常生活が不便になるので、外出がおっくうになるなど、QOL(生活の質)に直結します。運動不足による体力の低下も懸念されますね」

 もっとも怖いのは、首の狭窄。頸部で神経の圧迫が起きてしまうと、それが下半身まで影響を及ぼす可能性も。全身麻痺が起きたり、最悪の場合、呼吸にまで影響することがあるという。

「狭窄は、加齢によっても進行するので、60歳以上は要注意ですが、脊柱管狭窄症が起きるかどうかの多くは、先天的な状態で決まります。特にアジア人は、生まれつき首の脊柱管が狭い人が多いので、悪化させるような行動をなるべく避けるように心がけることが大切。残念ながら、狭窄の状態は生活習慣や運動で大きく好転するものではありませんから、自分がどういう状態で、将来のリスクがどの程度なのかを知っておくこともポイントです

《こんな病気を併発することも!》
●うつ病
●ロコモティブシンドローム(運動器症候群)
「痛みやしびれなどで、移動機能が低下し、“ロコモ”になる可能性は高い。転倒などで骨折を引き起こすことも。また、排尿・排便障害も加わるので、生活の質が下がり、うつ病を発症する人が非常に多いです」

《部位ごとに現れる症状をチェック》
頸椎……首、肩、肩甲骨や背中の痛み、しびれ 手や指先の痛み、しびれ 手足の脱力(※症状が進むと、下半身の痛みやしびれをともなう)
胸椎……胴体から下肢にかけてのしびれ、脱力(※痛みはなし)
腰椎……臀部、太もも、ふくらはぎなどの下半身の痛み、しびれ、脱力
<すべての部位に共通>……排尿・排便障害

頸椎、胸椎、腰椎ってどこ? ※薄いグレー色の部分が頸椎、白色部分が胸椎、濃いグレー色部分が腰椎です

治療のギモンQ&A

 手術は絶対必要なの? 整体院での施術でよくなる? 治療の悩みをズバッと回答!

《まずチェック! 治療の基本》
〇保存療法
痛みを和らげ、悪化させないことが目的。狭窄状態の改善ではないので、再び痛みが出ることも。薬物療法、温熱・運動・牽引などの理学療法など

〇低侵襲治療
局所麻酔薬を神経やその付近に注射し、痛みが伝わる経路を遮断する「ブロック注射」がメイン。痛みを取りたい場合の一時的措置として行われるが、3割程度は完治

〇手術
​脊椎(背骨)をつないでいる椎間関節に切り込みを入れ、人工骨などを入れて脊柱管を広げる手術法を取り入れる病院が多い。椎間関節まわりの筋肉を傷つけることも

Q1.薬で治ることもありますか?
A1.「ごく軽症の場合は、治ることもあります」

「薬物療法では基本的に血流をよくする薬、しびれや痛みを抑える薬の2つを使います。ごくごく軽症であれば痛みなどがおさまっていくことがあります。でも薬でよくなる人は本当に少ないので、過度の期待はしないほうがよいでしょう。また、薬はあくまで緩和治療。1度おさまっても再発の可能性があることは忘れてはいけません

Q2.整体、整骨院の施術は効果がありますか?
A2.「一時的な痛みの緩和には効果的。でも、治りません」

「一般的な腰痛や肩こりであれば、整体や整骨院、鍼灸などの東洋医学が効果を発揮することがあります。痛くてしかたがないとき、病院へ行くまでの一時的処置として通院するのはよいでしょう。でも、狭くなった脊柱管を広げることはできないので、根本的に治すことはできません。脊柱管狭窄症の疑いがあった場合、よい治療院であれば、脊椎専門医への受診をすすめてくれるはずです」

Q3.どんなときに手術が必要ですか?
A3.「保存療法を3か月続けても改善されないと……」

「患者さんにもよりますが、保存療法を3か月続けても改善されない場合やしびれや痛みがひどく、麻痺や歩行障害などが顕著な場合は手術が検討されます。脊髄が圧迫されているときは、早急に手術が必要です」。だが、術後に“首が前に曲がった”“別の場所が痛くなった”という人も。「事前に手術内容を把握する、術後のアフターケアをきちんと行ってくれるかどうかを確認することが手術後の満足度につながります」

《“隠れ”脊柱管狭窄症チェックシート》
□襟元、袖口のボタンが留めづらい
□手でグー、パーの動きをしづらい
□お札が数えづらい
□豆など、小さいものが箸でつまみづらい
□ペットボトルが開けづらい
□思ったほど字が上手に書けない
□排尿の勢いが弱くなったような気がする

※1つでも当てはまったら、脊柱管狭窄症を疑って。「上記の症状がなくても、親族に脊柱管狭窄症の人がいる場合は、リスクが高まるので要注意です」(白石先生)

寝たきりにならない3つのポイント

 放っておくと、寝たきりリスクは増えるだけ。病気と適切に向き合うにはどうすれば?

1.腰の痛みを感じたら病院へ
 生活に支障が出るほど悪化させないために、早期発見・早期治療が本当に大切と訴える白石先生。「肩こり、腰痛、首の痛みなど、“この程度で……”とためらわず、病院を受診してください。その結果、狭窄状態でないとわかれば、それはそれで安心ですから。特に、首の強い痛みや手のしびれを感じたときは、首の部分で神経の圧迫が起きている可能性があるので危険。なるべく早めに受診しましょう」

2.必ず脊椎専門医を受診
脊柱管狭窄症を疑ったら、必ず専門医がいる病院で診てもらってください。整形外科でも診察はしてもらえますが、専門医でない場合、脊柱管狭窄症を見落とす可能性は少なくありません。本当は首で狭窄が起きているのに、エックス線だけを見て、「単なる肩こりですね、加齢による変形がありますから」と、湿布を出されて終わることもありますよ」。専門医のいる病院は、日本脊椎脊髄病学会のホームページで確認できる。

3.50歳過ぎたら脊椎ドック
加齢による脊柱管の狭窄が顕著になる前に、症状がなくても今どういう状態なのか“脊椎ドック※”を受けておくとよいでしょう。また、日本人は首の脊柱管が遺伝的に狭い人が多いので、親戚に脊柱管狭窄症を発症している人がいるなら、若いうち(20歳ごろ)にチェックしておくこともおすすめしたい。専門医に診てもらえば、10年先のリスクまでアドバイスをもらえると思います」
(※『脊椎ドック』…MRIの画像で、脊柱管に狭窄がないか、神経を圧迫しているところがないかをチェック。料金は10万円。『白石脊椎クリニック』を参考)

《症状が悪化する! NG行動》
×座りっぱなしの作業
×腰をひねる動作があるスポーツ(テニス、ゴルフなど)
×美容室、歯科医などで急に首を反る


「座りっぱなしや腰をひねる動作は、絶対にダメではありませんが、痛みを悪化させる可能性が高いのでなるべく避ける、もしくは回数を減らしたほうがよいと思います。また、首の脊柱管が狭い人の場合、急に首を反る・ひねる行為は危険。スポーツジムなどで行う運動も脊椎への負担になるので、しびれや痛みを感じるときはすぐに中止を。ご自身の脊柱管の状態を知ったうえで行うべきです」

医師・病院選びで失敗しない4つのコツ

 移動機能に関わる病気だから、心配も倍増。よいお医者さんと巡りあうための方法を紹介!

1.手術数を宣伝する病院は気をつけて!
「手術数が多い=腕のよい医師という印象を持つ人が多いですが、手術数が多ければよいというわけではありません。もちろん、絶対数は必要だと思いますが、手術の件数を増やすということは、ひとりひとりの患者に寄り添う時間を短くした結果かも。内容ではなく“数”がアピールポイントになっている病院は要注意です

2.「手術すればよくなる」と言う医師は危険!
「どんな手術にもリスクとデメリットはつきものです。どんなにうまくいった手術でも、神経は圧迫を受けた期間や程度によって回復の度合いが違いますし、手術にも限界があります。説明をしないで、手術すれば大丈夫と言うのは乱暴。手術をやりっぱなしで、アフターケアをきちんとしてもらえない可能性すらあります

3.セカンドオピニオンを嫌がる医師はダメ!
「自分の診察に自信を持っている医師なら、セカンドオピニオンの話をしても、嫌がりません。よい先生かどうか見極めたいときは“あなたやご家族が私の立場なら、この治療を選択しますか?”と聞いてみて、その対応を見るのも手。患者ときちんと向き合う医師であれば、心配事はないかと積極的に聞いてくれるはずです」

4.ブログや著書で先生の人柄をチェック!
「親身になってくれる医師か、最善を尽くしてくれる医師かは、結局、通院してみないとわからないことが多いですが、事前に著書やブログなどを読んでみるのはおすすめです。わかりやすく解説してくれている、言いづらいこともはっきり書いているなど、その医師の考えや雰囲気が垣間見えると思いますよ」

(取材・文/河端直子)


【プロフィール】
白石建(しらいし・たてる)先生 ◎「白石脊椎クリニック」院長。頸椎外科史上、世界初となる「筋肉への低ダメージの手術」(白石法)を確立。国際頸椎学会で最優秀演題賞を3度受賞するなど、国際的に高い評価を受ける。著書に『やってはいけない 脊柱管狭窄症の治し方』(青春出版社刊)