再発防止策などを訴える抗議文を新宿区役所に提出する際に掲げた紙(筆者撮影)

 4月7日からの緊急事態宣言で、東京都がネットカフェに要請した営業停止によって、行き場を失った4000人のいわゆる“ネットカフェ難民”と呼ばれる人たちについて、4月~5月にかけて2回報じた(新型コロナ福祉のダークサイド、ネットカフェ難民が追いやられた「本当の行き先」東京都「ネットカフェ難民」のホテル提供を出し惜しみ、消えた3349人の行方)。環境が劣悪な無料低額宿泊所に追いやられたり、東京都が行う生活・居住、就労を支援するサポート事業である「東京チャレンジネット」の窓口で排除されてしまったりし、多くの人がコロナ禍の中で路頭に迷ってしまった。

 しかし、支援団体の熱心な働きかけや、メディアが盛んに報じたことで東京都は用意したビジネスホテルへの宿泊へと誘導をはじめてひと安心したはずだったのだが……。緊急事態宣言が解かれ、世の中が少しずつ動き始める中、今度は新宿区で、そのビジネスホテルに緊急避難するネットカフェ難民の人たちを「追い出す」という事件が起こってしまった。

突然、利用者を追い出した新宿区

 事件が発覚したのは5月末。29日の夕方、新宿区の福祉事務所がビジネスホテルに泊まる人たちに、

「ホテル利用は令和2年5月31日(チェックアウト6月1日朝)までとなります」

 という通知をいきなり出したのだ。

 一体、何が起こったのだろう? この件に詳しい東京・中野区の医師で、生活困窮者の支援活動をする谷川智行さんに話を伺った。

新宿区では当初、ビジネスホテルに172人が宿泊していたんですが、5月29日金曜日の夕方に宿泊者に手紙を配り、土日は休みで相談も受け付けないまま6月1日朝にはチェックアウトしてくださいとして、利用者を追い出したんです。新宿区の区議会議員らにも、何も知らされていなかったと聞きます。

 でも、実際にはその時点でのビジネスホテルの利用期限は6月7日まで延長されていました。東京都は非常事態宣言解除後もネットカフェへ営業停止要請を続けているために延長を決め、当然、新宿区にもその通達を出していたんです」

東京・中野区の医師で、生活困窮者の支援活動をする谷川智行さん

 新宿区は東京都の通達を無視してまで、ウソをついてネットカフェ難民の人たちを、緊急避難先であるビジネスホテルから追い出したのだ。一体なんのために?

新宿区の担当課長の説明によると、『そのほうが、窓口に相談に来てくれるから』というものです。真顔で言っていて、悪気がないのがかえって厄介なんですが、172人のうち、事前に生活保護などが決まっていた以外の、98人もの人をホテルから追い出したんです。

 新宿区はそのうちの87人がどこへ行ったのか知らないと言いました。困窮して家がなく、ネットカフェに寝泊まりする中で緊急事態宣言となり、やっと役所とつながって支援が始まったのに追い出すとは、あまりに無責任すぎます。しかも東京都は、追い出しを止めるよう新宿区を説得していたとも聞いています」(谷川さん)

すぐにウソだと判明してしまう“説明”

 呆れて驚いていたら、6月8日、谷川さんが、前回もお話を伺った一般社団法人『つくろい東京ファンド』の稲葉剛さんや小林美穂子さんらと共に、利用者への謝罪と再発防止策などを訴える抗議文を提出し、説明を聞くために新宿区役所へ行くという。著者も同行させてもらったのだが、これがまた呆れる展開だった。

一般社団法人『つくろい東京ファンド』の稲葉剛さんや小林美穂子さん、谷川先生らとともに、利用者への謝罪と再発防止策などを訴える抗議文を新宿区役所に提出(筆者撮影)

 新宿区役所には新聞記者らが大勢集まっていて事態の深刻さを感じさせたが、のんびりとした口調で、新宿区福祉事務所の部長がまずは語った説明はこうだ。

「私どもが東京都からいたいた通知でございますが、こちらの方、一律にどなたでも(宿泊)延長ということではなく、真に今後の行き場所がない、生活が困ってる方に対して、住居の確保に代えてビジネスホテルの提供をという通知だったと受け止めてございます。

 こちらの趣旨を踏まえまして、私どもといたしましては、出て行くことが趣旨ではなく、一度この機会にぜひ私どものところにご相談にいらしていただきたいということを打ち出すために(チェックアウトの通知を)お配りをさせていただいたということですが、みなさまから多々ご意見をいただきましたところ、少しご案内につきまして説明が至らない点がありましたと深く反省をしているところです」

 言葉は丁寧だが、自分たちのしたことはあくまでも「説明不足」であり、決して「追い出そうとした」わけではないと言い逃れをしているように聞こえた。第一、家がなく、真に生活に困っているからこそ、緊急避難的にビジネスホテルに泊まっていたのだ。何をかいわんや、だ。

 しかも、この説明、ウソだとすぐに判明してしまう。

 谷川さんや小林さんらがこの日の朝、ビジネスホテルを追い出された2人の方からSOSを受け、新宿区の福祉事務所に同行していた。SOSを発信した2人は29日に新宿区の福祉事務所の窓口に行って「ホテルにもう少し泊まりたい」と相談をするも、「新宿区では6月1日のチェックアウトで出ていただかないと困ります」と断られて追い返され、1日からこの8日までさまよっていたという。

「その方たちは、朝から何もめしあがってないということで、相談に入るまでにおにぎりとパンとコーヒーを食べてもらいました。炊き出しから炊き出しに渡り歩いてなんとか飢えをしのいだとおっしゃっていて、満足に食事もできていませんでした」(小林さん)

 本来なら7日まで、いや、その後さらに東京都はネットカフェに営業停止を要請したため、6月30日まで宿泊期限を延長していて、まだホテルに滞在して今後の生活再建に向けて歩みだしていけるはずだった人たちが放り出され、飢えに必死に耐えていたことになる。

 しかし、これに対して、今度は福祉課の課長が説明したのは、

「食事にお困りになるような状況であれば、(新宿区では)5月中に74名の方を生活保護につなげてもおりますので、そういった方はご相談いただいた時点で必ず生活保護申請におつなぎして、ホテルの方を含めてその後の支援をしております」という、いや、だから、それをしてなかったのが問題だって言ってるのに、取りつく島もない回答だ。

 さらにまた、部長も「私どもの説明が足りなかったんじゃないか」を繰り返す。

 たまりかねて稲葉さんが「172人もの人が新宿区に来て、うちだけが大変だ、早く手放したかった、そういう雑な判断をしたんじゃないですか?」と問うと、

「いえ、そういう思いではなく、東京都の通知を踏まえて、困ってる方には延長をしますということで」と課長は同じ言葉を繰り返す。話は同じところを行ったり来たりだ。

 なんで、新宿区だけがそんなことをしたのか、理由がわからない。そもそもほかの区では自動的に宿泊延長をしていて、新宿区だけが独自の判断で「困ってる方は延長」などと言って全員を追い出していた。

 それでも課長は何度も何度も、

「6月1日にチェックアウトしていただいて、生活にお困りの方には相談に来ていただきたい。そういった方を把握して、次の支援につなげたいということでご案内していました」

 と、繰り返す。いや、だから、相談に行った人を追い返しているのにって何度も言ってるでしょう!と叫びたくなった。

手をいったん握り、振り払った

 谷川さんが「都議から聞いていますよ。東京都から説得されたでしょう? 新宿区はそういう独自の判断をしちゃだめですよ、事業の趣旨と違いますよと説得されているでしょう?」と強く問うと、課長は「(東京都から)一律の延長をしたらどうですか、全員(ホテル宿泊延長を)使うことはできますよ、と言われましたけど」とポロッと本当のことを言ってしまったものの、「言い訳ばかりしてごめんなさい」とは一度も言わなかったし、その後にはまた「説明が足りなかった」だけと、部長と並んで顔色ひとつ変えずに言い続けるのだ。

 稲葉さんは言う。

「ネットカフェにいらっしゃる方は、私たち民間の支援団体もこれまでアプローチがしにくかったんですね。路上の人なら夜回りや炊き出しでコミュニケーションとれるのはあるけど、ネットカフェの方々はさまざまなご事情があってSOSを出しづらい方が多いんですよ。

 それが緊急事態でネットカフェが閉鎖になって、どうしようもなくなって、みなさんSOSを出されたんです。それだけ困ってるんです。その、やっとの思いでSOSを出された、困ってる人の助けを求めた手をいったん握って、振り払ったわけです。新宿区がやったことは。その、振り払われた人の絶望感を考えてみてくださいよ」

 本当だ。この会合の2日前の土曜日、私は西新宿で行われていた『新宿ごはんプラス』という困窮者支援の食べ物配布と医療の相談会に、谷川先生に誘われて行っていた。その日は177人が並んで、緊急の食料支援を受けていたが、もらった人たちの一部は相当にお腹が空いているのだろう、近くに座り込んでお弁当などをさっそく食べていた。

人間らしい暮らしが否定される

西新宿で行われていた『新宿ごはんプラス』という困窮者支援の食べ物配布と医療の相談会(筆者撮影)

 その中でひとり、40代ぐらいの女性が石段に腰を掛け、遠くを見るようにしてバナナを食べていた。食べ終わり、ビニール袋に皮を放り込む、ひとつ、ふたつ、みっつ。バナナをいっぺんに3本食べていたことに驚いた。どれだけお腹が空いていたんだろう。彼女はその次にパンを取り出し、しばらく見つめ、でも、置いて、また遠くを見た。その目は何も見てないようで、うつろで、彼女の貧しさと虚しさ、そして孤独に涙が出てしまった。

 正直、私の生活も相当に苦しく貧乏だ。でも声を掛けて心配してくれ、食べ物を送ってくれたりする友人がいる。貧困と貧乏は違うと思う。貧困は壮絶に悲しい。何度も同じ言い訳を一本調子の声で言い続けていた新宿の課長さんや部長さんは長く福祉の部署にいて、そういう悲しみが見えなくなってしまったのだろうか? その彼女がネットカフェにいた人なのかどうかはわからない。でも、バナナ3本を一気に食べるような空腹に思いを寄せてほしい。その絶望の深さを覗いてみてほしいと願う。

 新宿区はこの抗議の申し入れに対し、翌日すぐに謝罪文を吉住健一区長の名前で発表した。区はすでにホテルから追い出してしまった人たちのうち、連絡先が分かる人たちには案内をしてるようだが、そうでない人たちも新宿区に連絡をすれば、ホテル延長や、追い出してしまった分のホテル代の補助などを受けられるとしている。

 ひとつ心配になるのは、こうした援助の話があると「私だって大変だ。そんなのはずるい」という声が高まることだ。小林さんは言う。

「みんなを引きずり落とすのではなく、みんなで助かりましょうよ。がんばりの限度を引き上げるのではなく、キィ~となるほど自分もつらいなら、みんなが福祉の相談をするようにしてほしい。日本はこれだけの人口がこれだけの税金を払っていても、命に係わることにお金が使われない。人間らしい暮らしが否定される。

 それに、これから先、感染拡大がまたおこり、第二波、第三波が来ることが予想されています。そのときにまたネットカフェに人があふれていたら、たいへんなことになる。今、この人たちを助け、生活保護で生活が再建されたら、町の力になるんです」


【追記】6月13日土曜日、都庁下の道路で過去6年間続けられてきた『新宿ごはんプラス 』が、突然に追い出しを食らう事態が発生したそうだ。大雨もあって屋根のある都庁下に 並んでいた生活困窮者の方100名あまりを、敷地から出ろ、道路に並べと都庁職員が 迫った。主催者の機転で、並ぶのではなく間隔を開けて「雨宿り」をしてる体にしても らったそうだが、本来なら東京都が自ら助けるべき人たち。コロナ禍で仕事を失いお金 がなく、食べるものを求めて並ぶ人が急増している中、NPO法人が都に代わって必死に 命をつなぐために手を伸ばしているのに、今このときになって急になぜそんな酷いこと をするのか、まったく解せない。東京都には早急な謝罪と許可を求めたい。東京都は一 人一人の命を大切にしてほしい。

 なお、新宿区への問い合わせは以下のページまで。https://www.city.shinjuku.lg.jp/whatsnew/pub/2020/0609-01.html

<取材・文/和田靜香>