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「自転車は買い物や通勤・通学に便利な足ではなく、車のような『乗り物』として、その危険さも改めて確認する必要があると思います」

 そう話すのは自転車ジャーナリストの遠藤まさ子さん。

 自転車は乗り物の中ではいちばん安全なはずなのだが、「乗る人の意識が甘い」と専門家は口をそろえる。

 移動手段として手軽なうえ、昨今の健康志向や新型コロナウイルスの影響で公共交通機関を避けるための利用、デリバリーサービスの自転車も見かけることが増えた。と、同時に危険な運転を目にするのも日常茶飯事だ。

「危険な運転として信号無視や一時停止場所での不停止、スピードの出しすぎ、スマホを操作しながら周囲の安全に気を配らない状況での運転、飲酒運転などがあげられます」(警視庁の担当者)

 政府はこうした運転に加え「あおり運転」を自転車運転者講習の対象となる危険行為として規定した「改定道路交通法令施行令」を公布、6月30日より施行される。危険行為で3年間に2回以上、摘発された14歳以上の自転車運転者は安全講習の受講命令を受ける。それに背けば5万円以下の罰金が科せられる。

子どもでも損害賠償が高額に

 自転車が加害者となる事故では一般的にはそんなに大きなケガは負わないと思いがち。しかし、事故の状況や高速で走るスポーツタイプ、電動アシストつきの自転車で歩行者に衝突すればその衝撃で相手に大きな被害を負わせる場合も。

 被害者が死亡したり後遺障害が残れば、高額な損害賠償を請求される。全日本交通安全協会参与の長嶋良さんは、

「過失があって事故を起こした場合、民法上の『不法行為責任』に該当し、損害賠償を請求されるんです」

 加害者が子どもでもだ。交通事故・弁護士全国ネットワークの古田兼裕弁護士は、

「14歳以上ですと本人、14歳以下だと親が支払いの責任を負います」

 兵庫県では2013年に判決が出た自転車事故の裁判で、神戸地裁は加害者だった男児(事故当時小学5年)に対して9000万円超の支払いを命じた(写真ページの表参照)。ほかにも6千万円、7千万円クラスの支払いが命ぜられている判例はいくつもある。長嶋さんによると、

「支払うために家財を売り払った、自己破産をしたケースも耳にします。一家離散したご家庭もありました」

 しかし、未成年者は資力がないため、支払いができず被害者が泣き寝入りするケースも後を絶たない。だが、自己破産をしたからといって損害賠償額がゼロになるわけではなく、一生つきまとう。

「支払いから逃げ続けた結果、被害者から裁判を起こされて、新たな賠償命令や銀行口座の凍結命令が出た判例もあるんです」(遠藤さん)

 事故被害でいちばん重いのは死亡だが、損害賠償の最高額になるとは限らない。古田弁護士に理由を尋ねると、

「賠償額がいちばん大きいのは命は助かったが重い後遺障害が残った場合です。後遺症の程度によってですが、生涯、介護サービスを受けないといけなくなるからです」

 もし施設に入所すればその介護費用は一生かかる。

「ほかにも生涯働いて得るはずだったお金、労働の対価の賠償。非常に重い後遺症のための慰謝料。それらの総額が1億、2億と請求されるんです」(古田弁護士)

万が一のために自転車保険への加入が必須

 1億円近くの支払いを命じられてもそんな手持ちはとてもない。損害を補償してもらうためにも、自転車保険の加入は必須。東京都では4月1日から義務づけられている。

「加入義務化を進める自治体は増えていますが加入率は5、6割程度とまだまだ低いのが現状です」(遠藤さん)

 自転車保険の中には、世帯主が加入すれば家族全体が補償される保険や年間の保険料が1230円程度とリーズナブルなものもある。

 自転車保険を選ぶときは家族の人数や使い方に応じて、補償の内容や範囲、対象、年齢制限、料金を確認しよう。

「第三者に危害を及ぼしたときに1億円以上保障されるものなら、掛け金が安価で入りやすいものでよいと思います。火災保険や傷害保険などすでに加入している保険でも自転車事故の対応をしてくれるものがあるので確認してみてください」(長嶋さん)

 神奈川県川崎市で高齢の女性を自転車でひいた元女子大学生は禁錮2年(執行猶予4年)の有罪判決を受けた。

「相手にケガを負わせ、運転者に過失があれば処罰を受ける。これは自転車でも同じ。未成年者でも同様です」

 と前置きをしたうえで、古田弁護士が解説する。

「一般的には18歳未満は家庭裁判所に送られます、18歳以上は成人と同じように裁判で刑事処罰を受ける可能性があります」

 被害者に自転車をぶつけ、逃げれば車のひき逃げと同様の処罰が科せられる。

 ある自転車同士の事故で、加害者の高校生は現場から逃走。後日、書類送検された。事件直後、被害者は重傷だった。加害者が現場から逃げたことで救助が遅れれば相手の生命にも影響を及ぼす。

「自転車でも重過失傷害罪、道路交通法上の交通事故不申告罪(ひき逃げ)と救護義務違反となり重い処罰が科せられます。信号無視や一時停止違反とは違う、新たな重い罪を犯してしまうことになるんです」(長嶋さん)

 高校生であれば停学処分、場合によっては退学処分になるといった社会的な責任も負わないといけなくなる。

「何千万円もの損害賠償の支払いだけでなく、成人なら前科、前歴として残ります。少年でも前科や事故の内容により、少年院に入る可能性もあります」(長嶋さん)

 遠藤さんによると、中高生が加害者になるケースがほかの年代より圧倒的に多いという。

「イヤホンをつけながらの運転や、ながらスマホ姿も珍しくありません。また、そもそも交通ルールを知らない、親からも厳しく指導されたことがない、危険予知ができないという子が多いのも一因として考えられます」

中高生は自転車事故の加害者になる率が非常に高い!

 中高生に限らず、運転免許を返納後の高齢者、子どもを送迎中の親たちも注意が必要だ。

 高齢者は故意的な違反だけでなく、高齢化が原因で赤信号に気づかない、確認を怠り、急に車道に飛び出す、なんて場合もあるそうだ。

 送迎時の保護者も自転車の前後に子どもたちを乗せて歩道を走っていて、もし歩行者にぶつかって転倒すれば、相手方もケガをするし、子どももケガをするおそれがある。

「急ぐ気持ちはわかりますが、時間に余裕をもち、止まる、徐行、安全な間隔と速度での走行を励行してほしい」

 と長嶋さんは願う。

「自転車事故の被害者となった歩行者が半身不随になったり、また3年ほど前に事故にあった知人はいまだに寝たきり状態です。被害者だけでなく家族も大変なんですよね。家族の人生も狂わせてしまうんです」(長嶋さん)

 被害者が一家の大黒柱だとしたら家族の収入も突然、途絶えてしまう。

「賠償をもらえないと被害者も生活できないんです。ですから破格の金額になるんです」(古田弁護士)

自転車事故加害者になったら……(一部)

最低でも年1回はメンテナンスを

 安全に運転をするためにはまず大人や親がルールを守ることは必須だ。

「親子交通安全教室で子どもたちに“赤信号で止まるんだよ”と説明した帰りに、親が子どもを自転車に乗せ、赤信号を渡っているところを見たことがあります」

 と長嶋さんは苦笑する。

「令和元年中における自転車事故の54%に、信号無視、一時不停止、前方不注意など自転車側になんらかの違反がありました」(前出・警視庁)

 とルールを守らなかったことで事故になったケースもデータとしても示されている。

「危険な運転をしている大人たちを見れば子どももそれでいいと思ってしまうんです。

親世代がきちんとした運転をしないと学校教育だけでは足りません」(遠藤さん)

 交通ルールは守っていても、メンテナンス不足でタイヤの空気が抜けている、ブレーキが効かず事故につながるなど、整備不良が原因の事故も起きている。

 日ごろの点検・確認はもちろんだが、自転車安全整備士の資格を持った人に継続的な点検や整備を受けることができるような自転車店での購入が望ましい。

 デザイン性や値段などを重視する雑貨店や通販などで購入した場合、組み立て後の安全確認が不十分になる可能性も指摘されている。本来、自転車の組み立てには自転車技士の資格が必要。

 特に通販で購入、自分で組み立てるときには注意が必要だ。ボルトを締める強さがわからず、運転中に突然ペダルがはずれて大ケガを負ったり、締め方が緩いために、ハンドルがぶれて転倒するという事故もありうるという。

「危険な状態は一般人が見ただけではわからないのでプロの手に委ねる、公的な検査機関が安全と認め、一定の基準を満たしたBAAマーク付きの自転車を買うことが大切です」(遠藤さん)

 公道でも見かけるようになったキックボードも同様だ。

 自転車保険は適用されないが事故を起こせば同様に不法行為責任が問われ、高額な損害賠償額を請求される。そんなときにはすでに加入している火災保険などで、マンションの水漏れや自分の過失で相手になんらかの損害を与えたときに賠償してくれる『個人賠償責任保険』が適用されることがある。

 一方、自転車側にも言い分はあるだろう。交通量の多い道路、路上駐車……ルールを守り、車道を走ろうとしても危険性が高く、歩道を走らざるをえない現状がある。

日本では自転車専用道路が非常に少ない。そのことが自転車と歩行者の間の事故につながるんですよ。自転車も加害者になるから運転を気をつけろというのはそのとおりです。

 しかし、現状、車道を走るのは非常に危険です。逆に車道を走ったために車と接触し大ケガをしたり、亡くなる人も後を絶たない。

 安全に走行するためには、歩行者はもちろんですが、自転車で走る人の保護もしないといけません

 と古田弁護士は訴える。

 遠藤さんも、

「自転車だけが危険な乗り物というのも違うと思います。でも、免許がない、車検がない。だからこそ乗る人の意識にすごく責任が委ねられているんです。そこを意識すればだいぶ事故は防げます」

 自動車学校に通ったつもりでルールを学ぶ、車検のかわりに、少なくとも年1回は、整備点検を受けることが安全に乗るための第一歩だ。