行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回はコロナショックで収入が激減し、危機に陥ったステップファミリーの事例を紹介します。(後編)

※写真はイメージ

 夏川楓さんは再婚した夫・康生、楓さんの連れ子、夫との子と一緒に暮らしているが、康生もバツイチで、元妻・つぼみの子に毎月9万円の養育費を支払い続けている。

 そんな中、テーマパーク勤務の康生はコロナ禍による休園で給料が4割減。4月から就職するはずだった連れ子の長女は、資金繰りに窮した会社から給料が支給されず、自宅待機に。家計を見直し、節約をしても月5万円の赤字が出てしまい、育児休暇中の楓さんの貯金も底をついてしまう。

 もはや、つぼみの子への養育費の減額を頼むしかなく、楓さんはつぼみと直接会う約束を取りつける。しかし、楓さんと康生は不倫からの略奪婚。楓さんはつぼみに不貞行為の証拠を取られ、慰謝料200万円を支払った過去があり──。

<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名。年齢は現在)>
夫:夏川康生(41歳)→嘱託職員(去年の年収600万円)
妻:夏川楓(42歳)→専業主婦(育児休暇中) ☆今回の相談者
妻の連れ子:夏川向日葵(18歳)→4月から正社員
夫婦の子:夏川紅葉(0歳)
夫の前妻:比江島つぼみ(39歳)→パートタイマー(離婚時)
夫と前妻の子:比江島芽衣(8歳)

養育費を減額するには離婚の経緯がマイナスに

 楓さんたちの再婚は、幸せになろうとする夫、幸せを奪われる前妻という構図でしたらから、前妻のつぼみが康生の再婚を阻止しようとするのは当然といえば当然。ついにつぼみが根負けしたのは、楓さんが康生と知り合ってから6年後。つぼみから署名済の離婚届を受け取った康生は早速、役所へ提出。子どもの親権者の欄には当然、つぼみの名前が書かれていました。そして翌日には婚姻届を提出し、晴れて2人は夫婦に。楓さんの支えによって康生は離婚交渉という難儀を乗り切れたのです。

 ところで、前妻が養育費の見直しに応じることは本来もらえるお金を自ら手放すことを意味するので、ただでさえ難易度が高いのですが、さらに離婚の経緯がマイナスに働くのは言うまでもありません。

 筆者は「コロナは永遠に続くわけではありません。落ち着くまでの間、お互いの両親に助けてもらうのがいいのでは?」とアドバイスしたのですが、両親は楓さんが物心がつく前に離婚。母子家庭で育った楓さんは父親の現況を知りません。一方の母親はすでに68歳。県営住宅(家賃は月2万円)に暮らし、わずかな国民年金とシルバー人材センターからの少々の仕事で糊口をしのぐ日々で、全く余裕はありません。交際2年目のころ、康生は楓さんの母親のもとへ「嫁と離婚できたら娘さんを幸せにします」と挨拶をしに行ったのですが、母親は丁重にもてなしてくれました。

 一方、康生の両親はどうでしょうか? 両親はシングルマザーである楓さんのことを快く思っておらず、なおかつ、つぼみとの離婚が成立していないのに付き合いが始まっていることから、強く反対していました。親をとるか彼女をとるか。康生は両親と縁を切る覚悟で楓さんとの関係を続けたのですが、楓さんが両親に挨拶することはかなわず。いまだに康生は両親へ連絡するのが難しい状況。「援助してほしい」と頼むのは到底、無理でした。

「あんたみたいな女は地獄に落ちればいい!」

 ついに、養育費減額を求めて前妻のつぼみに直談判をする日がきました。楓さんは待ち合わせ場所に指定された駅前の喫茶店へ向かったのです。そこで「もう貯金が底をつきて限界なんです!」と訴えかけたのですが、つぼみに、

「どのツラ下げて来たのよ。あんたは自分が何をしたかわかっているの? あんた『たち』のせいで家庭を壊されたっていうのに!」

 と一蹴されたのです。

 正直なところ、楓さんはつぼみを説得するにあたり、少し楽観していたところがあったようですが、なぜでしょうか? 楓さんは200万円の慰謝料を支払うことで自分の罪は許され、つぼみとの関係は対等だと信じていたからです。だから「大変なのはお互いさまだよね」という答えを期待していたのですが、彼女の怨念は縮まるどころか膨らむばかり。

「コロナって私と関係ある? ないでしょ! そっちの勝手で私を巻き込まないでよ。借金してでも払えばいいじゃないの。破産する? そんなことは私の知ったこっちゃないのよ。あんたみたいな女は地獄に落ちればいいのよ!」

 とつぼみは感情をむき出しにするばかりで、楓さんは肝心な数字の話に持ち込めずにいたのです。

「だまされた! あいつが養育費をちゃんと払うって言うから、最後はしょうがなく別れてやったのに……。養育費を途中で減らされるってわかっていたら、離婚してあげなかったんだからね! もう、どうしてくれるのよ!!」

 つぼみはありったけの恨み節を並べたのですが、つぼみは康生と楓さんの再婚を阻止すべく離婚を拒み続けていました。そのため、当時の康生はつぼみを金で釣るしかありませんでした。仕方なく「養育費はキミの言い値でいいから」と投げかけ、つぼみが「それなら(毎月)9万円で」と答え、康生が承諾したという流れ。彼女に家庭を壊されたと、つぼみは今でも根に持っているため、今回の件についても露骨に抵抗したのです。なるべく元夫や楓さんを困らせようと。

養育費の見直しは法律的に根拠がある

 しかし、お金の名目が養育費の場合、事情変更(離婚時と比べ、経済状況や家族構成等が変わった場合)を理由に見直すことが法律で認められています(民法880条)。コロナによる収入減は上記の事情変更に該当するでしょうから、離婚の経緯はどうあれ、楓さんの言い分に法律的な根拠があるのは間違いありません。

 確かにつぼみは望まざる離婚の代償として十分すぎる金額の養育費を約束させることに成功したのですが、実現したのは一括の現金ではなく、分割の約束に過ぎません。上記の条文があるのだから、残念ですが、最終回まで全額もらい続けることが保証されているわけではありません。たとえ、「彼女と一緒になりたい」という身勝手な理由で康生が離婚を突きつけてきたとしても。つぼみの個人的な意見と法律の公式的な見解、どちらが優先するのかは言わずもがなです。

「離婚したら私たちが再婚するって分かっていたでしょ? 再婚したら長女も養わないといけないし、子どもができるかもしれない。(毎月)9万円の養育費は最初だけで、あとで減らされるってわかって離婚に応じたんじゃないですか?」

 と楓さんは反論したのですが、それでも、つぼみはまだ食い下がってきたようで……。

「はぁ? 何言っているの! そっちの子より、こっちの子を優先するのは当然でしょ? あんたたちの子のために、こっちの養育費を減らされるなんて納得がいかない!」

 つぼみはまるで「自分さえよければそれでいい」という態度をとったのですが、楓さんは彼女の傍若無人さにカチンときたそう。しかし、大きなため息と同時に深呼吸をし、息を整えながら、つぼみを諭し始めたのです。

 まず「子どもは親を選んで産まれてくることができません」と前置きした上で、

「私は罪を犯しました。何を言われても仕方がないと思っています。でも子どもに罪はないんじゃないでしょうか? 次女があなたに何かをしましたか? 何もしていませんよね。それなのに次女のミルクやオムツ、離乳食のお金が足りなくなるのはおかしいじゃないですか? たまたま私たちのところに産まれてきたせいで不幸になるなんて……」

 と楓さんは涙ながらに訴えかけたのです。

前妻への養育費は毎月2万9000円が妥当

 再婚や養子縁組、子の誕生など複雑な事情を抱えるステップファミリー。養育費をどのように計算すればいいのでしょうか。具体的には家庭裁判所が公表している「新しい算定方式」(判例タイムズ1111号291頁)を使うのですが、昨年12月に公表された平成30年度司法研究により用いる数字が変わりました。

(1)算定方式に当てはめて基礎年収(年収のおよそ0.4倍)を算出します。

(2)大人の生活費を100として、14歳以下の子どもは62、15歳以上の子どもは85と指数が定められています。これを用いて、前妻の子÷(夫+次女+前妻の子)の係数を算出します。夫の基礎年収に係数を掛けると「前妻の子の生活費」になります。

(3)前妻の子の生活費×{夫の基礎年収÷(夫の基礎年収+前妻の基礎年収)}が妥当な養育費の金額です。

 現在の状況ですが、康生は3~6月の月収が12月まで続いた場合、年収は400万円程度。一見、康生だけでなく楓さんの収入も、つぼみの子の養育費に影響しそうですが、上記の計算式に楓さんの年収を当てはめる欄はありません。そして計算式の中に大人(100)が登場するのは康生の扶養に入っている場合です。楓さんは康生の扶養に入っていません。同じく長女は給料を受け取っていないものの、会社に籍を置いているので、やはり康生の扶養に入っていません。

 計算式にはつぼみの基礎年収が必要ですが、つぼみの激怒ぶりを考えると、楓さんが彼女から現在の収入を聞き出すのは無理があります。離婚当時、つぼみはパートタイマーだったので仮に100万円以下とします。

 このことを踏まえた上でつぼみの子の養育費を計算すると、毎月2万9000円が妥当な金額であることが分かりました。楓さんの家計の赤字は毎月5万円。養育費が毎月9万円から4万円へ下がれば赤字を解消することができます。つまり、楓さんが求めている毎月5万円の減額(9万円から4万円へ)は養育費の相場を考えれば、つぼみにとって恵まれた数字なのです。

 しかし、つぼみは憤ります。

「私がどんだけ苦労したか……本当にわかっているの? あんたは何にもせずにいい身分ね! 偉そうなことは働いてから言いなさいよ!!」

養育費の減額は2か月の期間限定を条件に

 楓さんが42歳のとき、次女を出産したのですが、すでに高齢出産の域。さらに18年ぶりの分娩なので産後の肥立ちが悪いだろうということは産前にわかっていました。育児休業給付金の支給期間は最長1年ですが、楓さんが職場に申請した育休の期間は1年でした。当時、次女は生後5か月。当初の予定では楓さんの職場復帰は7か月先だったのですが……。

「それじゃ、復帰するまでは大目に見てくれるってことですか?」

 楓さんはつぼみの言葉に便乗する形でそう提案したのです。楓さんの育児休業給付金と手取りの差額は毎月6万円。職場に復帰した場合、つぼみへ養育費を満額支払っても家計は赤字にはならない算段です。とはいえ予定通り、7か月先に復帰した場合、つぼみが損をする金額は35万円(毎月5万円×7か月)なので、つぼみが目先の札束に目がくらみ、35万円欲しさに突っぱねる可能性があります。そのため、楓さんは養育費の減額は2か月の期間限定だと伝えました。

 つまり、2か月後には職場へ戻り、給料を得て、養育費を元に戻すと約束したのです。産後7か月ではまだ心身ともに回復しきっておらず、日常業務に戻るのは不安ですが、背に腹は変えられません。

「本当に大丈夫なの? 結局、仕事ができなくて、また泣きついてくるんじゃないの?」

 つぼみはまだ楓さんの言葉を信用できずにいましたが、当時はまだ康生と長女の向日葵が自宅待機の状態。そして平日の日中は楓さんの母親を呼び寄せ、康生と長女、そして母親が協力すれば、乳飲み子の次女の世話をすることができる。そう伝えたところ、つぼみはようやく楓さんの提案を受け入れたのです。

 6月上旬のタイミングで康生や長女がいつ職場に戻ることができるのかは、まだ不透明でした。楓さんが無理をする以外に方法はなかったのです。このように楓さんの献身により、家族はとりあえずの急場はしのぐことができたのです。

離婚経験者は無理に無理を重ねる傾向がある

 ここまで楓さん夫婦がコロナショックにより家計が赤字に陥り、貯金を使い果たし、前妻を説得することで赤字を解消するまでの流れを見てきました。今回のケース以外にも経済的に追い詰められたステップファミリーからの相談は絶えません。コロナ騒動から半年。今後も賞与の支給停止や取引先の倒産、売掛金の回収不能などで金銭的な苦境に陥るケースの増加は続くでしょう。

 ところで再婚や養子縁組、子の誕生などで離婚時に決めた養育費、慰謝料、解決金等の支払に窮しているという相談は突然、発生したわけではなく、今までも一定数、存在していました。こちらも今後、さらに増加することが予想されます。

 離婚経験者は誰しも大なり小なりのトラウマを抱えています。そのため、どんなに苦しくても臭いものに蓋をし、無理に無理を重ねる傾向があります。例えば、なけなしの貯金をつぎ込んだり、消費者金融で借金をしたり、さらに親戚や友達に金策を頼んだり……。手持ち資金がゼロ、借金まみれで親戚、友人から縁を切られた状態で養育費、慰謝料、解決金等の見直しに取りかかるのでは遅すぎます。失った預貯金や融資時の信用、そして親戚や旧友の仲は戻ってきません。

 家族構成や経済状況の変化で支払条件を緩和することは法律で認められてるのですから、下手に強がらず、できるだけ早く、頭を下げてしまうのが長い目で見た場合は上策です。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/