アインシュタイン・稲田直樹(本人のインスタグラムより)

 コロナ禍は芸人たちを直撃した。「連休が続いて不安になる」「ほかの芸人も休みと聞くと安心する」――そんな言葉が人気芸人からも何度か聞かれた。そうした中、ある芸人がこんなことを言っていた。「でも、こないだアインシュタインに聞いたら、『週に2日ぐらいしか休みないんちゃいますかね』って言ってて焦ったけどな」(『かまいたちの机上の空論城』2020年5月8日、関西テレビ、和牛・水田の発言)

 アインシュタインとは、ボケ役の稲田直樹とツッコミ役の河井ゆずるからなるコンビ芸人だ。2010年の結成後、長らく大阪で人気を博してきたが、今年4月にいよいよ東京へと活動拠点を移した。上京とともにコロナ禍が吹き荒れた格好だ。しかし、彼らの勢いは落ちなかった。その人気を支えているのは何か。今回はコンビの顔、稲田に注目してみたい。 

自他共に認める顔面力
でもすごいのは顔だけじゃない

 アインシュタイン・稲田といえば、やはりその顔面に触れざるをえない。「ブサイク芸人の歴史を終わらすんじゃないかと言われるぐらいの者」(『人志松本のすべらない話』2019年1月12日、フジテレビ)と本人がうそぶいたこともあるその顔面は、なるほど、ほかの“ブサイク芸人”の追随を許さないインパクトがある。

 そのため、彼は顔面をめぐるエピソードに事欠かない。あるときは小学生に指をさされて75歳と言われた。お祭りの営業では「子どもが多いのですみません」とNGが出た。虫歯治療に行けば歯科医に「稲田くん、そんなことより前来たときより前アゴ3cm伸びてるよ」と指摘された。

 子どものころのエピソードも豊富だ。テニス部だった稲田がダブルスの試合に出ると、対戦相手は前衛を務める彼の顔を見て萎縮していたという(『関ジャニ∞のジャニ勉』2019年8月7日、関西テレビ)。

「ベスト3とかになったことがあります。1回も(ボールに)触らずに」 

 その顔面は世界レベルでもある。番組の企画で外国人観光客にあだ名をつけてもらったときのこと。最初に声をかけた外国人はこう言った(『人志松本のすべらない話』2019年7月27日、フジテレビ系)。

「Is this face?」 

 顔が注目されがちな稲田だが、それだけで売れている飛び道具的な芸人ではない。そのトーク力への評価も高く、去年1月に『人志松本のすべらない話』に出演した際は、初登場で1度しか話を披露できなかったにも関わらず、最優秀賞にあたるMVS(Most Valuable すべらない話)を獲得した。 

 また、今年の6月には『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)にも初出演。その大喜利力も見せつけた。 

 考えてみれば、顔面とそこから派生するエピソードにいくらインパクトがあっても、それを面白く伝える技術がなければ笑いは起こせない。いや、むしろ顔面にインパクトがありすぎるからこそ、高いスキルがなければ笑いに繋がりにくいのかもしれない。 

 稲田の2年先輩にあたる、かまいたち・山内は次のように語る(『アメトーーク!』2019年7月25日、テレビ朝日系)。

「顔が面白すぎる人って、ホンマの面白さがついてきてないことが多いイメージあったんですけど、稲ちゃんは顔の面白さよりも中身の面白さが勝ってしまってて、顔普通でいいのになぐらいに思ってしまってるんですよ」 

 重すぎる刀は破壊力抜群だが、使いこなすには技術がいる。彼にあるのは顔面力だけではない。トーク力や大喜利力といった芸人としての力量がその顔面力を支え、さらに引き上げているのだ。 

イケメンすぎる発言に
“いい意味で”裏切られる

 反対に、顔面力が彼の芸人としての力量を引き上げた面もあるのかもしれない。 

 稲田はしばしば“ジェントル”と形容される。先輩として彼に接してきた千原ジュニアは、「心が本当に彫り深いんですよ。心の彫りの深さはすごいよ」と評した(『アメトーーク!』2019年7月25日)。 

 なるほど、稲田を見ていて印象的なのは、そのジェントルさ、物腰の柔らかさだ。番組内でアンガールズ・田中とお互いの見た目をめぐり言い争いになったときのこと。田中が「唯一下を見つけたのにさ。俺のほうが全然上よ」と主張すると、稲田は諭すようにこう言った(『アメトーーク!』2019年12月30日)。

「上ではない。我々は争ってはいけない。我々は手を組まないといけない」 

 学祭の営業でのエピソードも印象的だ。質問コーナーで、男子学生から「女にモテるにはどうしたらいいですか?」と尋ねられたときのこと。学生は稲田をイジるような態度だったという。そんな彼に対し、稲田は次のように答えた(『アメトーーク!』2019年7月25日)。

「まずは自分を愛すこと」

 インパクトある顔面をめぐり、その場に緊張が走りそうになったとき、稲田はしばしば緊張を和らげる言葉を一瞬の間合いを突いて発している。その言葉は融和的で、かつ、仕掛けてきた相手や周囲が依って立つ前提へと切り込む鋭さがある。

 “ブサイク芸人”がそろうと、どちらがより“ブサイク”かをめぐり言い争うさまが面白い、容姿をイジられた際にムキになって言い返す様子が面白い、そんな周囲が期待する前提を、稲田は柔らかい口調で裏切り、笑いに変える。なんだか、見た目を笑いに変えることへの批評性を感じ取りたくなるほどだ。

 これはおそらく芸人になる前から培ってきた技術なのだろう。彼はこれまでイジメられた経験がないという。周囲からのイジリを一方的なイジメへと転化させずに対等な関係に持ち込む技術を、彼は芸人以前から体得してきたのではないか。それが今、芸人としての力量に結実しているのではないか。

 2019年の「よしもとブサイクランキング」で1位に輝いたとき、彼は笑いを交えて、こう謙遜した(『ロンドンハーツ』2019年5月14日、テレビ朝日系)。

「吉本のブサイクランキングなんか、僕にとっては地方予選。勝って当たり前なんで、弱い者イジメしてるみたい」