知識がないと、万が一のとき取り返しがつかないことに……。

「今年は早い時期から蚊に刺される。自宅で虫を見る機会が増えたという声も耳にしています」

 日本中が連日、新型コロナウイルス対策に追われているさなか、蚊などの夏の害虫へのアラームを鳴らすのは、『アース製薬』虫ケア用品ブランドマネージャーの中辻雄司さんだ。

怖いのはコロナだけではない!

 中辻さんは、日本中どこにでもいるやぶ蚊の恐怖を指摘する。

「ヒトスジシマカ(ヤブ蚊)はデング熱などの感染症を人から人へ媒介します。デング熱は急激に発熱し、頭痛やのどの痛み、嘔吐などを引き起こし、時に人の命を奪います」

 小さいからと侮ると痛い目に遭う、夏の大敵だ。

 蚊同様、日本列島には数多くの害虫が生息している。鹿児島・奄美大島では、ハエの仲間の昆虫、ヌカカが恐れられている。

「米粒より少し小さいくらいで、茂みの中を集団で飛び回っています。蚊の何十倍もかゆく、無意識にかいてしまい治りも遅くなる。最悪です」

 そう報告するのは奄美在住の30代の女性だ。

刺されてもわからなくて、後からかゆくなります。奄美に来る人は、ふわふわ飛んでいる虫の集団を見たらその場を離れてください

 鹿児島大学国際島嶼教育研究センターの大塚靖准教授がさらに解説を加える。

「昔から奄美大島では服の中に入ることから“スケベ虫”と呼ばれています。トクナガクロヌカカの亜種で、特に人の血を好みます。生息地域は、奄美大島に沖縄の久米島、鳥取の米子です」

 とはいえ、出現場所、出現時期は決まっており、地元の人に聞けば被害を回避できる。

小さな虫でも、失明や死の危険が

 名称こそ日本中の知るところだが、実態がいまだにわからないのが、’17年に日本に初上陸した南米原産の強毒アリ、ヒアリだ。6月以降、国内での発見が相次いでいる。

 国立環境研究所の生物・生態系環境研究センターの五箇公一室長が解説する。

「尻の毒針で刺されるとアナフィラキシーショックを起こし死に至ることもあります」

 市中で営巣されれば退治が困難なヒアリだが、

「今回、青海埠頭ではコンクリートの割れ目で見つかったので、今までとはパターンが違う。東京の環境に適応しているおそれがある」(五箇室長)

 と注視。さらに、

「五輪開催に合わせ会場建設がありました。1度空き地になると生態系がリセットされヒアリの競争相手がいなくなり、一気に広がるおそれがあります。緑化のために運んだ土壌にヒアリがまじる可能性もあり、警戒が必要です」

 五箇室長がヒアリ同様、注意を払っているのはマダニだ。

シカやイノシシが人里に下りてきて、緑地などにマダニを運んでいる。マダニに媒介されるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)という感染症の患者数が、昨年は過去最多の102件でした。感染すると高熱を発症します。ワクチンなどの特効薬がなく、身体の弱い高齢者や病人は亡くなることも。感染者の死亡率は20~30%と危険です」

 マダニが原因でペットが死ぬ例もあるという。

「(SFTSに)感染した猫を介抱した飼い主まで感染し亡くなったケースもあります。犬を噛んだマダニを素手で取り除いたために感染し、失明した人もいます」(五箇室長)

マダニ。体長が3~8ミリほど(アース製薬提供)

 外出先からいつ、ペットがマダニを連れて帰ってくるかわからないから恐ろしい。

蚊やマダニなど、虫よけには『サラテクト』という製品がオススメです。スプレーを手でしっかり塗り広げると、感染症予防に有効です」(前出・アース製薬の中辻さん)

子どもが大好きな昆虫に似た害虫を

 いろいろな虫がいるが、やはり怖いのは身近なハチだろう。中辻さんが対処法として、

「見かけたら大声を出さず近づかないことが原則です」

 自宅でハチの巣を見つけた場合はどうすればいいのか。

アシナガバチの巣なら駆除アイテムを使ってご自身で対処していただいて大丈夫です。スズメバチの巣は非常に危険なので、25センチ以上の巣を見つけたときは業者や自治体に相談してください」

 子どもたちの大好きな昆虫に似た害虫もいるという。ヒラズゲンセイ、通称“赤いクワガタ”だ。徳島県立博物館の山田量崇学芸員は、

「ツチハンミョウという昆虫のグループに属しています。大きさは2~3センチくらい。生息地域は高知県や徳島県、最近は関西地方に広がっています。幼虫はクマバチの巣の中で花粉を食べて大きくなるので、クマバチのいる場所なら生息することができます」

 と解説。症状について、

「体液が人間の皮膚に付着すると、1日、2日ほどで水泡ができ、破れるとヒリヒリ痛みます。ひどい場合は治るのに2週間ぐらいかかります」

ヒラズゲンセイのオス。見た目はクワガタそっくりだが全く別の生き物(徳島県立博物館提供)

 生息場所は公園の緑地、寺、木造建築の密集場所。近年は分布も広がっているが、

「おとなしい気性で、危険性はありません。触らずにやさしく見守ってほしいです」

 と山田学芸員。小さな害虫で、排除する必要もない。前出・五箇室長も、

「大事なことは身近な虫に親しむこと。世の中には愛すべき虫もいるので、害虫との違いがわかる目を養ってほしい」

 相手を知ることから対処法は生まれる。

人には無害だけど……食卓を脅かすやっかいな虫も

 2年前から、アラビア半島を中心にバッタが大量発生している。インド西部まで到達しており、やがて日本に襲来するのではないかと心配されている。

 昆虫学が専門の東京農業大学の足達太郎教授は、

「サバクトビバッタは普段、ばらばらに生活しています。しかし、季節はずれの大雨が原因で大量発生すると獰猛になり、集団で移動を始めます」

 と解説。各国で農作物を食べ尽くし、農業に深刻な打撃を与えている。日本への影響は?

「バッタの大量発生は過去に何度もありました。ヒマラヤを越えて日本に到達したことは1度もなく、今後もないでしょう」

 日本に飛来して農業に被害を与える害虫はほかに存在する。

 昆虫の行動に詳しい岡山大学の宮竹貴久教授によると、

毎年初夏くらいに、稲を枯らしたり病気を広めたりするウンカという昆虫が東南アジアなどから飛んできます。発生が多い年は収穫量が大きく減ってしまうので、未然に対策できるよう防除員が見回りをしています

 ウンカ以外にも日本にたどり着く虫はいるようで、

「同時期にミバエ(ミカンコミバエ)という昆虫がやってきます。柑橘類に孵化し、幼虫が果実を食べるので、蔓延すると県単位で流通できなくなります」

オレンジに産卵するミバエのメスの成虫(宮竹貴久教授提供)

 そうならないために、国や地域は対策を練る。

「フェロモンを使ってミバエをおびき寄せ、駆除しています。そのため毎年、大規模な侵入は防げています」(宮竹教授)

 どれも人に直接の害はない虫だが、われわれの食卓を脅かすかもしれない存在だ。