室内で密集する犬たち。体毛は排泄物で汚れていた(読者提供)

「あの家の前を通ると吐き気がするんですよ。糞尿と獣のニオイがひどくて夏でも窓を開けられないし、風向きなどでニオイが遠くまで届くことも。いちばんの被害者はずっと部屋に閉じ込められていたワンちゃんでしょうけど」

 と近所の主婦は同情する。

 排泄物や残飯などが積もった空き家で犬を飼育する虐待を行ったとして、兵庫県警生活経済課と三木署は6月24日、住所不定の会社員・田中大作容疑者を動物愛護法違反の疑いで逮捕し、同26日に神戸地検に送検した。

糞尿が50センチたまった“悪臭ハウス”の地獄

 容疑者は、「犬に最適な環境とは思わないが、エサや水はあげており、虐待したつもりはない」と否認している。

 同県三木市にある当該の空き家からは犬が66匹も出てきて、「そんなにおったんか!」と周辺住民を驚かせた。

 近所の男性が打ち明ける。

「田中容疑者はこの家には住んでおらず、2、3日に1度エサと水をあげに軽自動車で通っていた。近隣住民が悪臭などの苦情を訴えると、“10匹しか飼っていない”とウソをついていた。素直に話は聞くが、行動はともなわないタイプ。掃除も犬の散歩もしようとせえへんかった」

 エサやりといっても、安価なドッグフードの大袋(内容量8キロ)の口をちぎって室内に置き、大きなタライに水を張るだけ。住所不定の男がこの家のカギを持っていたわけは後述するとして、まずは室内の劣悪な状況を─。

 前出の主婦が語る。

床は犬の糞尿や体毛がひざの高さ(約50センチ)まで積もっていたみたいです。電気を止められている暗闇の中、防護服や長ぐつ、マスクなどを装着した警察官や行政の職員らが室内に踏み込んでウンチまみれの犬を救出し、1匹ずつ写真を撮影して体重計に乗せていました」

 警察官の長ぐつは糞尿にまみれ、あまりの悪臭にハアハアと肩で息をする姿も。

 保護された犬のほうも、太陽の光がまぶしすぎるのか足元がおぼつかない子がおり、「この子は目が見えとんのかなあ」と警察官らを心配させていたという。警戒心の強い犬が多く、66匹の救出作業は数日がかりとなった。

なぜ空き家を管理するようになったのか

 前出の近所の男性は、

「犬は8年前ぐらいから増え始め、特にここ5~6年はひどかった」と振り返る。

「室内には虫が湧き、ハエや蚊、ゴキブリ、ネズミがチョロチョロ動き回っとった。犬の糞尿がエサになるのか、小指の太さの大ムカデや体長10センチ以上のゴキブリもおった。糞を食べようと野良猫や小鳥も近寄ってくる。犬たちは、毎日エサを食べられへんから、窓を這っているシロアリをペロペロ舐めとった」(同・男性)

 犬同士でケンカしたのか足が1本ない子がいたり、共食いしたり。敷地内の花壇に掘られた穴には、生まれたばかりの子犬が放置されていたことも……。

階段には居場所のない犬が並び、床に置かれた大きなタライには汚い水が(読者提供)

「かわいそうで見るのもキツかった」(同)

 あるときは室内から逃げ出した5、6匹の犬が群れて近所を走り回り、2階の窓から飛び出した犬は屋根の上をポンポン飛び回った。

 別の女性住民は、

「近所の子どもが噛まれるのではないかと心配だった。しつけられていないせいか、追い払おうとしても言うことを聞かない。鳴き声もすごくて、夜中の2~3時ごろ“ワワワワン!”と吠え始め、朝まで続くこともあり、つらかった」

 と、胸中を明かす。

 長年、問題視されてきたが、空き家の所有者は田中容疑者ではないため、「犬のエサやりを頼まれているだけ」などと言い逃れされてきたという。

 なぜ、空き家を管理するようになったのか─。

 所有者一家を知る住民が耳打ちする。

あの家では両親と精神疾患を持つ娘A子さんの3人が暮らしていたが、母親が入院し、父親も体調を崩した。田中容疑者は、父親と同じ会社の部下という触れ込みで“A子の面倒を頼まれている”と家に入り込むようになった。両親が亡くなったあともそれを続け、A子さんが5~6年前に入院してからは“A子から飼い犬の面倒を頼まれている”に変わった

 この住民らによると、2人で同居していたころは、田中容疑者の怒声が外まで響いたり、A子さんの身体に殴られたようなアザがあったことも。

野犬よりも人間に慣れていない子も

 A子さんが飼っていたのは中型犬1匹だけで、いつの間にか増えて世話をしきれなくなり、住居を捨てて“通い”になったようだという。

 解決が難しい多頭飼育問題は、この6月から改正動物愛護法が施行され、罰則が強化されたほか、行政機関に立ち入り検査の権限を与えるなど取り組みやすくなった。

 この事件では、警察当局による犬の保護活動に兵庫県動物愛護センターが協力。かけがえのない命が守られた。

「66匹のうち約半数は動物愛護団体などに引き取ってもらえた。残る個体もこうした団体や個人に譲渡する道を探っていくことになりそう」

 と関係者。

 犬たちは元気なのか。

 預かった動物愛護団体のひとつは、「少しずつ元気になってきていますよ」と説明する。

保護された犬は少しずつ落ち着きを取り戻している(関係者提供)

「人間と共生できるように育て直しをしているところなんです。放置された生活を続けてきたためか、野犬よりも人に慣れていない子もいる。

 例えばお皿にエサを盛ってあげても上手に食べられずひっくり返してしまう。トイレのしつけもできていません。リードや首輪をつけた経験がないから、過剰に嫌がって散歩に連れて行けなかったりもします。でも、少しずつ成長していますよ」(担当者)

 シャンプーし、ノミを取ってあげて、お腹の中にいる虫を駆虫薬で排出。おやつはもらったことがないから最初は食べなかった。人間と同じ時間帯の生活に慣れたら、「里親を探してあげたい」(同)という。

 一方、空き家にたまった糞尿はそのまま。近隣住民は三木市に対し、家屋の消毒や清掃、管理保全を要望したが、市はどう対処するのか。

「近隣住民のつらさはよくわかったので、どのような方法で解決するのがいちばんいいか、具体策をしっかり検討していきたい」(市生活環境課)

 犬にも人間にも“最低限”の生活を送る権利がある。