無印良品が5月に発売した「コオロギせんべい」。SNS上でも大きな話題となった(記者撮影/東洋経済オンライン)

「コオロギのパウダー入りのせんべいを作りました。エビのような香ばしい風味が特長です」――。

 無印良品を展開する良品計画は5月、「コオロギせんべい」(税込190円)を自社のネットサイト限定で発売した。発売するやいなや注文が殺到し、品切れが続く状態に。生産工場でより量産できる体制の構築を進め、7月10日からは一部の大型店での販売も開始した。

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 原材料は馬鈴薯でん粉にコーンスターチ、食用コオロギパウダー、食塩などと、いたってシンプル。1袋にコオロギ約30匹分のパウダーが使われ、コオロギの風味を生かすために味付けは最小限に抑えている。

 良品計画食品部の菓子・飲料を担当する神宮隆行カテゴリーマネージャーは「大量に作って売り上げを取ろうという商品ではなく、より多くの人が昆虫食や環境問題についてまずは考えるきっかけになればと思い開発した」と話す。

発端はフィンランドに

 世界的に人口増加が続く中、食料資源をいかに持続的に確保するかは避けて通れない社会的課題だ。動物性タンパク質の源である牛や豚などの家畜を育てるには、大量の飼料や水が必要なうえ、排泄物などから多くの温室効果ガスが排出される。

 昆虫はタンパク質が豊富ながら、牛や豚ほどの飼料や水を必要とせず、温室効果ガスの排出も少ない。栄養価の高さと環境への負荷の少なさから、2013年にはFAO(国連食糧農業機関)が昆虫食を推奨する報告書を発表。欧米では昆虫食を扱うベンチャーが多数生まれ、消費者の関心も高まっている。

 良品計画が昆虫食への参入を決めたきっかけは、フィンランドにあった。2019年11月、無印はフィンランドで、食品売り場を充実させた欧州最大規模の店舗を開業した。事前の市場調査の段階で、現地でコオロギを使用したお菓子が売られているのをスタッフが発見。食品部が関心を持って調べたところ、フィンランドでは環境に対する意識から、昆虫を使った食品が近年広く流通していることを知った。

 さらに昆虫食への興味が増したことで、国内でコオロギ研究の実績が豊富で、今回の商品開発で協業した徳島大学に「コオロギについて教えてほしい」と昨年春、連絡を取ったという。

 その後フィンランドのコオロギの養殖ファームやメーカーへの訪問調査も行い、1年余りでコオロギせんべいの発売にこぎ着けたが、初めて扱う食材なだけに苦労は多かった。商品開発に携わった良品計画食品部の山田達郎氏は「製造工場の選定から、コオロギの養殖環境やパウダー化の過程に関するルール作りまで、試行錯誤の連続だった」と振り返る。

試作を重ねたことで「素材の味がちゃんとするせんべいができた」と語る、良品計画食品部の山田達郎氏(記者撮影/東洋経済オンライン)

 壁の1つは、徳島大学で養殖した食用コオロギを菓子に製造・加工できる工場を探すことだった。「コオロギ」という材料名を出しただけで拒否反応を示される工場が多かったうえ、アレルギー対応の問題からエビやカニなど甲殻類を取り扱っている工場であること、害虫が入らない清掃を徹底した環境が整っていることなどの条件もあった。

 候補は限りなく絞られ、最終的に以前から取引のあった、えびせんべいを製造している愛知県のメーカーが引き受けてくれることとなった。

 工場が決まっても、試作を繰り返す日々が続く。当初はコオロギの姿をそのまま残した”押し焼きせんべい”を作ろうしたが、「どうしてもせんべいが割れてしまい商品にならず、パウダーにして入れないと駄目だと判断した」(山田氏)。

 パウダー化するにも、粉の粒度が荒いと脚の形が残るなどの問題があり、どこまで細かく粉砕するかで頭を悩ました。また、コオロギ特有の風味を強く出そうと思っても、パウダーを入れすぎると生地が割れやすくなるため、パウダー投入量の調整も一筋縄ではいかなかったという。

商品パッケージにQRコードを印刷

 苦労の末の発売後は想定を上回る人気ぶりとなったが、神宮カテゴリーマネージャーは「ツイッターで“コオロギせんべい”がトレンドワードに入るなどSNSでも拡散され、興味本位で購入された方も多いのではないか」とみる。

aa商品パッケージQRコードを印刷し、昆虫食の意義などがわかるページに飛べるようになっている(記者撮影/東洋経済オンライン)

 一時的な話題性だけで終わってしまわないよう、発信面での工夫も凝らしている。無印の食品では初めてパッケージ上にQRコードを印刷し、コードを読み込むと昆虫食の意義が説明されたページに飛ぶようにした。実店舗でも、顧客の目に留まりやすい場所にコオロギせんべい専用のコーナーを設けて、製品化の背景とともに発信する。

 消費社会へのアンチテーゼとして生まれた無印は、地球や社会のために素材選定や生産工程の見直しを追求する姿勢こそがブランドのモットーでもある。持続可能な食料資源として注目される昆虫を原料とした商品の投入は、無印のブランディングを強化するうえでも大きな役割を果たしそうだ。

 無印の参入でにわかに注目が集まった食用コオロギだが、実は国内でもここ数年の間に昆虫食ベンチャーは続々と誕生し、中でも集団養殖がしやすいコオロギは人気が高い。

 2013年のFAOの報告以降、急速に昆虫食への関心が高まった欧米では、同業者間での買収も起きるなど競争環境が激化。「事業のコピーもされやすくて(食用コオロギの)市場がレッドオーシャン化しつつある」(食品業界関係者)。国内市場はそこまでの過熱感はないものの、事業拡大に当たっては別の難しさもあるようだ。

うまみやおいしさ、「感性」で勝負

 2018年に京都で創業したBugMo(バグモ)は、食用コオロギの自動養殖システムの開発や、メーカー向けにコオロギパウダーの卸売りを行う昆虫食ベンチャーだ。一般消費者向けに創業時から販売してきたコオロギパウダー入りのプロテインバーは今年生産をやめ、今夏にもコオロギの“出汁パック”を新商品として発売する方向で準備を進めている。

 創業者である松居佑典CEOは「(栄養価などの)『数字』ではなく、うまみやおいしさといった『感性』で勝負したいと考えた」と語る。

バグモは食用コオロギなの自動養殖システムの開発などを手がける(同社HPより/東洋経済オンライン)

 バグモのプロテインバーはチョコレート味と抹茶味があり、ネット通販やスポーツクラブで販売していた。人工添加物が入っていないことなどから一定の顧客需要はあったが、アスリートらの需要が大きいプロテインバーは、いかに栄養素を効率的に取れるかが重視され、いくら栄養価の高い昆虫とはいえ競争環境は厳しい。

「『タンパク質1グラム当たりいくら』という計算もされ、大豆などのライバルが多い。コオロギのバーは他の安いプロテインバーの2倍程度の価格だったため、その土俵で勝負すると(価格競争で)消耗戦になることが目に見えていた」(松居CEO)

 バグモでは創業以降、えさの配合などを変えながら、食用コオロギ自体の味の改良を追求してきた。その成果に手応えを感じたこともあり、同社はコオロギの味を前面に打ち出した商品に切り替えることを決断。発売を予定している出汁パックは、コオロギパウダーや野菜パウダーを調合して味を整え、バグモが拠点を置く京都の料亭との協業で開発したシリーズも予定している。コオロギの上品なうまみと甘さが特徴という。

日本は「味」での勝負が必須?

 日本国内では、環境問題に対する意識が一般消費者の購買行動に与える影響はヨーロッパほど強くないとされ、複数の小売業界関係者は「日本では社会的意義などを掲げて商品を訴求して売り上げを取ることは難しい」と吐露する。無印のコオロギせんべいのヒットは、商品の意外性や、無印のブランドイメージと発信手法との連動がうまく当たった「例外」とも言える。

 バグモの松居CEOも「日本は環境への観点から訴求して顧客を開拓するのはハードルが高いだろうと思っていたが、想像以上に高かった。『いいことだね』とは言われても、それが購買にはなかなか結びつかない」と話す。だからこそ、日本で昆虫食を広めるうえでは他の食材のように味やうまみでの訴求が欠かせないと考えた。

 バグモは現在ベトナムの農家でコオロギを養殖しているが、2021年には国内のコオロギ養殖のためのパイロットファームで実証実験を行い、より低コストで安定した品質の食用コオロギの生産を目指す方針だ。将来的には、コオロギの自動養殖システムを各地域の農家に提供し、コオロギを原材料に使いたいメーカーとの橋渡しをする事業の展開を構想している。

 まだ国内では「風変わりなもの」「キワモノ」などとして受け入れられがちな食用コオロギ。ベンチャーに留まらず、無印のような小売り企業や食品メーカーの参入も活発になれば、遠くないうちに“おいしい食材の一つ”として家庭や飲食店で使われる日が来るかもしれない。


真城 愛弓(まき あゆみ)東洋経済 記者 東京都出身。通信社を経て2016年東洋経済新報社入社。現在はアパレル・専門店を担当。