空き家とは別の建物の一角。ここでも猫が死んでいた

 発覚は関係者からのSOSだった。動物愛護団体「NPO法人群馬わんにゃんネットワーク」の飯田有紀子理事長が当時の様子を明かす。

「昨年10月、私たちの団体に“猫の里親を探している”というメールが寄せられたことがきっかけでした。猫が38匹いて、飼育費用に困っていると相談されました」

荒れ果てた室内に複数の猫の死骸が

 多頭飼育の現場は温泉地で有名な群馬県みなかみ町。関係者は飯田さんらに「猫は2つの建物に数匹ずつ分けて飼っている」と説明していた。

 話を聞いていると、相談をもちかけた関係者が「猫はほかにもいる」と切り出した。

 実はこれらの猫はもともとA(仮名)という男性が飼っていたのだが、避妊去勢はせず増えてしまった。

 Aは猫を残し、2018年に他界。その後はT(46・仮名)という男を中心に複数の関係者が飼育を引き継いだという。しかし、

「Tと9月から連絡がとれない、とのことでした。猫が心配でしたので現場に行くことにしました」(飯田さん)

 まず、同団体の岩崎一代さんらスタッフはT以外の関係者が世話をしていた猫を確認。健康状態はよかった。

 しかし、Tが世話をしていた猫がいる同じ建物内の別の部屋を確認すると……。

「室内は荒れ果て、大量の糞尿がありました。猫はそれぞれの建物の複数の部屋で数匹ずつ亡くなっていたそうです」(岩崎さん、以下同)

 ただごとではない、と慌てる岩崎さんらに関係者の1人がおそるおそる打ち明けた。

「もう1軒ある」

 そこはT以外、誰も立ち入らなかった空き家だった。

「大家さんに鍵を借りて中に入ると、正面のトイレの入り口で黒い猫が死んでいるのが見えました」(同)

 日ごろから多頭飼育の崩壊現場などで悲惨な状況は目の当たりにしている同団体のスタッフらでも「血の気が引きました」と絶句した。

 空き家は1階に水回り含め4部屋、2階に3部屋。各部屋の扉は釘で打ちつけられていたり、ひもやフックで厳重に固定。鍵がつき、頑丈に施錠されていた扉も。

「許可をもらいバールで扉をこじあけました。積み重なった糞尿が固まってしまい開かない扉もありました」(同)

「様子は見ている」とウソを重ねた

 どうにか部屋に入ると中には複数の猫の遺体と糞尿の山。床は腐り、ウジ虫がわき、部屋の中央に空になったエサと水の皿が置かれていた。

 数日前に亡くなったようなしっかりと形がある遺体、新聞紙に包まれゴミ袋に入れられた遺体、白骨化して形すらとどめていない遺体もあった。これは猫たちが時間差で死んだことを表していた。

「空の器を見て“水をくまないと”と思いました。1匹も生きていないのに。それほど混乱していました」(同)

 窓はすべて閉じられ、換気扇は網や格子で覆われていたためどこからも外には出られない、密室だった。

 通報すると、最初は「猫でしょ、まぁ行きますけど」としぶしぶの様子だった警察官も現場の状態に顔色が変わった。その後、群馬県警沼田署により現場検証が行われた。

 猫の遺体は翌日、岩崎さんや合流した冒頭の飯田さんらの手によって1体ずつ確認された。形が残っていたもので21体。骨の欠片しか残っていないものも合わせると50匹以上の猫がいたとみられる。

「関係者は半狂乱でした。Tは失踪するまで関係者と毎日連絡を取り合い、みなかみ町にも顔を出していたそうです。ただ、姿が見えなくなることも増え、電話で猫のことを尋ねると“夜、行っている。世話をしているから大丈夫”とか“若い人を行かせているから”と説明していたそうです。関係者は“毎日来ている”と安心してしまったとか……」(前出・飯田さん)

 事情を知る人物は匿名を条件に取材に応じた。

「Tさんから猫のことで何か聞かれたら“若い人が見に来ていたと言え”と言われていた人もいたそうです。でも、そんな人は来ていなかった。全部ウソだったんです」

 後から明かされた空き家を含めた3か所の建物で死んでいたのはすべてTが世話をしていた猫だった。

ひっかきキズがまるで叫び声のように残されて

 事件から半年以上がたった7月上旬、空き家に入った。

 室内は換気され関係者の手でだいぶ片づけられているもののマスク越しでも鼻の奥にツンとくる激しいアンモニア臭や乾いた排泄物のにおいがした。各部屋の壁や扉、床には猫たちが爪でひっかいたおびただしい数のキズがまるで叫び声のように残されていた。

室内の壁や扉、いたるところにひっかいた跡があった

 複数の関係者の証言をまとめると、Tは昨年の5、6月ごろから飼育放棄を始めたと推測される。

 遺体を包んだ新聞紙が6月のものだったことや大量のハエがわきだし、ひどい異臭がしたのもこの時期だった。

 さらに同時期に別の建物でも室内で共食いをしている猫を目撃した人もいた。住民がTに指摘すると、

「室内の様子が外から見えないようにブルーシートで目隠しをしたそうです」(前出・事情を知る人物)

 ただし、空き家以外の建物にはT以外の関係者も出入りしていた。

「彼の言葉を信じ、Tの猫には誰もエサを与えていなかった。ほかの猫はエサも与えられ、毛並みもよかった。同じ建物で飼っていられながら生死を分けたのはついたて1つ。なぜ、誰も異変に気づいてあげられなかったのか。様子がおかしいと思ったら面倒を見にいくと思うんです!」

 と事情を知る人物は憤る。

Tは住民に共食いを指摘されると遺体を片づけ飼い方を改めるのではなく、ビニールシートで窓を覆った

水を求めて水道の前で死んだ猫も

 Tの猫たちは真夏の閉め切られた室内で、Tが戻ってくることを信じて待ち続け、暑さに飢えと渇きで衰弱し、全滅した。

「亡骸は夏を経ても腐敗していませんでした。バリバリに乾いていたんです。持ち上げると砕けました。

 ある子は水が出てくるのを知っていたのでしょう。水道のそばで死んでいました」

 と話す岩崎さんには忘れられない猫がいる。

「口がちょっとだけ開いていて、キバが真っ白で……かみしめながら死んでいました。どうしてこんな状況になるまで誰も声を上げなかったのでしょうか」

 と怒りをあらわにした。

「昨日までは仲よく一緒に過ごしていた仲間を食べて生きなければならなかった猫の気持ち、残酷という言葉では片づけられません。猫にも感情があります。いろいろなことを考えて苦しんで死んでいった……」(前出・同)

自宅の猫は可愛がっていた

 飯田さんらは今年4月、動物愛護法44条1項(殺傷罪)違反の疑いでTを刑事告発した。同月下旬に群馬県警はそれを受理し、7月8日にTは埼玉県内で逮捕された。

「動物愛護法違反の事件で警察が県をまたぎ捜査し、逮捕したケースは今回が初めてかもしれません。手がかりが少ない中で群馬県警の地道な捜査がTの逮捕につながりました」

 と説明するのは長年、動物問題に携わってきた動物愛護推進員の川崎亜希子さん。

「逮捕当時、Tは自宅で猫を4匹も飼っており、どの猫も太っていて健康的だったそうです」(全国紙社会部記者)

 自宅の猫を可愛がっても、空き家の猫には目もくれなかった。それどころか世話をしているふりをして関係者にも会っていた。

「猫は好きじゃなかったと思います。自分がエサも水もあげなかったら死ぬことはわかっていながら、知らんぷり。なぜそんなことができたのか。自分が殺したという罪悪感を持っているのか聞きたい」(前出・岩崎さん)

扉は猫が出ないよう厳重に施錠

 前出の事情を知る人物はTが猫のNPOを立ち上げようとしていたことも証言した。

「“寄付もすぐに集まるし、猫の避妊去勢もできるようになる”と周囲に持ちかけていたそうです」

 まじめに世話をしようとしていたのかもしれないが、前出の人物は疑問を投げかける。

「Tはよく猫を病院に連れていっていました。でも、“治療にいくらかかった”とか“大事にしている”とか周囲にアピールをしていたようです。猫の面倒をみれば褒められる、周囲に認められたくて世話をしていると感じました」

 その後、金銭的な理由もあり、病院通いも途絶えた。

「Tは猫の避妊去勢をせずに増やしたり、次々に拾ってきてしまう典型的なアニマルホーダーではないと思います。猫は自分の自己顕示欲を満たすためのものとしか思っていなかったのでは」(同)

Tとはどのような人物だったのか

 Tとはいったいどのような人物だったのだろうか。

 複数の関係者によると10年ほど前からみなかみ町に頻繁に訪れるようになったとみられる。朝一の電車で訪れ、夕方には帰るの繰り返しだった。

「何しにどこから来ているのか、仕事をしているのかも誰も知らない」(同町の住民)

 中には「感じのいい人だった」と話す人もいた。

「人柄がよくて穏やかで物知りでした。大柄でいつもタオルを巻いて、作業着姿。でも清潔感があって、おしゃれ好きできっちりしていた印象です」(別の住民)

 一方で、変わりようを覚えていた男性がいた。

「関係者が“これから猫はどうするんだ? どこかに相談しよう”とTに言うと“俺だっていろいろ考えているんだ!”と怒りだした。机や椅子を蹴り、怒鳴ることもあったようです。暴れているところを見かけた人もいました」

 さらに意外な事実を前出の男性が証言する。

「子猫が生まれ、また増えてしまうので関係者が困っていた。(川に)流してしまおうか、と話しているとTが“生きているんだからダメだよ”と、たしなめたそうです。

 そのうちの1匹が弱くて、育つかわからなかった。そうしたらTが“俺が面倒みるから”と引き取ったとか」 

 その猫は件の空き家にいたとみられている。

 ネグレクトに駆り立てた理由はなんだったのか。

 Tは群馬県内の出身で両親は幼いころに離婚。祖母と母と暮らしていた。高校卒業後は職や住まいを転々としていたという。

「お母さんは身体が弱い人でしたが、仕事をかけもちしてTさんのことを育てていました。お母さんが留守の間はおばあちゃんが面倒をみていて、とても可愛がられていました。親から虐待されていたとは聞いたことがありません」(Tの家族を知る男性)

 中学時代を知る女性は、

「サッカー部ではゴールキーパー。目立つタイプではなかったけど面倒見もいい穏やかな子でしたよ」

 と驚きを隠さなかった。

見殺しにして罰金10万円は軽い

 前橋区検は7月28日Tを、動物愛護法違反の疑いで前橋簡易裁判所にて略式起訴。同簡裁は罰金10万円の略式命令を出した。

「聞いたときは、怒りよりもあまりの刑の軽さに笑ってしまいました。あれだけのことをしたのにウソでしょって。この判決にはとうてい納得いかないです。Tには法廷で真実を明らかにしてほしかったんですが、叶いませんでした。これが現実なんだなと思いましたが、これでいいのでしょうか。この事実は社会にも問いかけないといけない」

 飯田さんは打ちのめされた苦しい思いを打ち明けた。

共食いの跡だろうか、畳はところどころ赤黒く変色していた

 6月1日より改正動物愛護法が施行、動物の殺傷や虐待の罰則が引き上げられた。

 殺傷に対する罰則は「5年以下の懲役または500万円以下の罰金」に強化。ネグレクトや遺棄などの虐待には懲役刑が追加され、「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」となった。

 動物愛護問題に詳しい細川敦史弁護士は、

「猫たちの部屋の扉を打ちつけて出られなくしていたところは未必の故意だったとも考えられます。ですが、判決は残念な結果でした」

 と肩を落とす。さらに「想像の範囲ですが」と前置きをしたうえで、

「処分は告発した動物愛護法44条1項でなく同2項(給餌・給水をしないこと)を前提にしているのかなと思いました。それだと本案は法改正前の犯行なので、罰金100万円が上限で、そこから罰金額が決められます。ただ、10万円は軽い。それでも20年前はどんな虐待をしても罰金は3万円。当時と比べれば罰は重くなりました」

 動物愛護への機運は高まるが、世論だけでは司法の壁は変えられないという。

「まずは法律を変えることです。そこには世論の高まりが重要でしょう。法律を変えることで処分や処罰、裁判の判決の中身に影響を与えると思います」(細川弁護士)

日本中で起きる猫ネグレクト事件

 さらにもうひとつの問題を前出の川崎さんが指摘する。

「所有権の問題があります。現在の法律では、いくら虐待を受けていても第三者が勝手に飼い主から動物を保護することができません。人間の子どもたちのように緊急保護などができるように法整備も必要です」

 今回のように悪質でないにしろ、動物のネグレクト事件は日本中で起きている。

「罰金だけでは問題の解決にはなりません。飼育禁止などの処分も必要だと思います。人間の虐待や貧困なども実は動物の問題とも関係があるんです。人間の問題が解決すれば動物の問題は起きにくくなります。一緒に考えなければなりません」(前出・同)

 前出・飯田さんは、

Tには2度と動物を飼わないでもらいたい。言いたい言葉はたくさんありますが、それを言っても亡くなった猫たちは喜びません。あの子たちは私たちが動くことを待っていてくれたんだなと思っています。刑の重さだけではなく、逮捕されたことはひとつの成果かもしれませんが」

 と話し、声を詰まらせた。

「あの子たちは飼われていました。1匹ずつ名前もついていて、ごはんをもらって、人にスリスリするのが当たり前だったんです。それが突然ごはんも水もなくなって、ドアをガリガリひっかいても外には出られなくて、……死んだ。残った子は仲間を食べて、頑張って生きていたんです。

 Tひとりを罰して終わりではなく、こうした状況を人間側が起こさないこと。自分以外の生き物の痛みを知ることにつなげていかないといけません」(飯田さん)

 Tは今、失われた命に対して何を思うのか──。