例年なら会場内で最大人数を収容するグリーンステージが設営されている場所('20年8月)

《フジロックに携わる全ての皆さまの安全と健康を考慮し、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、8月21日 (金) 22日 (土) 23日 (日)に予定しておりましたFUJI ROCK FESTIVAL’20の開催を断念し、来年の8月へ延期する事にいたしました。》

 フジロックフェスティバルの開催延期が発表されたのが、6月5日。1年で最も楽しみにするフジロックに向けて、日々仕事を頑張り、貯金と準備を続けて来た多くのファン=“フジロッカー”が、仕方のないことだと理解しながら大きく肩を落とした。フジロックに魅了され、これまで15年にわたって参戦して来た筆者もその1人だ。

見たこともないくらい閑散とした風景

 1997年に富士山麓でスタートしたフジロックは、1999年に新潟県南魚沼郡湯沢町の苗場スキー場に会場を移してから、今年で22回目の開催を迎えるはずだった。フジロックは音楽を楽しむだけでなく、苗場の雄大な自然、宿や飲食店など地元の方々との交流も楽しみで、お祭りのようなワクワク感に溢れている。年に一度、馴染みの顔に会いに行く──多くのフジロッカーにとって湯沢町は第二の故郷のような存在でもある。

 コロナ禍の中、湯沢町の状況はどうなっているのか? 毎年、宿泊でお世話になっている宿のオーナーさんは元気だろうか? 気が気でなくなった筆者は取材を進めることにした。

 今は足を運べないフジロッカーに代わり、現地の様子を少しでも伝えたい。8月中旬、感染防止策を講じながら、筆者は東京から新幹線で越後湯沢に向かった。

 2階建て新幹線の1車両に乗客は3、4人ほど。フジロックの開催中であれば、まるで渋谷かと見まがうほど人でごった返す越後湯沢の駅構内も、見たこともないくらい閑散としている。今夏に温泉街のある西口の道路と景観整備の工事が終了し、駅前におしゃれな足湯ができていたが、足をつける人はほとんどいない。温泉街では家族連れやカップルの姿を数組、見かけたくらいだ。

ほとんど人のいない越後湯沢駅前東口('20年8月)

 土産物店の女性店員に話を聞くと、「4月、5月は町の要請で宿泊施設もお店も全部、休業していたんです。再開してからもご覧の通り、もう、倒れそうなくらい人が来ない!」と困ったように苦笑いしていた。

 路線バスに乗ってフジロックの会場となるはずだった苗場スキー場に向かう。

 例年なら車がひしめき合う駐車場に車の影はなく、観光客もほとんどおらず、木々の葉が風にそよぐ音とセミの声が聞こえるばかり。会場で最大規模というグリーンステージのエリアも、全く人がいないといつもより狭く感じる。寂寥感に襲われながら、やはり今年は異例の夏だと思い知った。

グリーンステージとなるはずだった場所は、草木が青々と茂っていた('20年8月)

地元の人から見てもフジロックは「夢の時間」

 湯沢町観光協会を訪れ、専務理事の上村信男さんに話を聞いた。

「かつて湯沢町というと、スキーと温泉の街というイメージが圧倒的だったんですが、このごろは“フジロックの湯沢ですよね”という声を聞くようになりました。今年の開催は期待もありましたが、コロナの現状を見ていると厳しいとは思っていました。主催者のスマッシュさんは苦渋の末の、重い決断だったと思います」

 苗場で民宿『苗場金六』で働き、毎年、ツイッターでフジロック情報を発信している師田輝彦さんにも電話で話を伺った。

「常連のお客様は、いつも“ただいま”と来てくださるので、“おかえり”と迎えているんです。今年は残念でしたが、お手紙をくださるお客様もいらっしゃいました。地元の人から見てもフジロックは『夢の時間』です。忙しいですが、心地のいい忙しさで……いらっしゃるお客さんと『夢の時間』を共有しているんです」(師田さん)

 主催者は町の自然と地域の発展を大切に考え、地元の方々と手を取り合いながら20年以上の歴史を積み上げてきた。

「地元にとっても大きな意味のあるイベントでもあるので、スマッシュさんは開催できる手段を、安全第一を考慮しながら試行錯誤してくださったという話も聞きました。でも地元民はやはり開催は難しいだろうなという覚悟もあったので、延期を聞いて驚く人はいませんでした。今年は非常に静かで寂しい夏になってしまいましたが、来年に向けての希望を胸に今できることを頑張ります」(師田さん)

ホテルや旅館、民宿が建ち並ぶ苗場の街並み。観光客の姿はない('20年8月)

関東圏とインバウンドの客足が途絶える

 地元の方にも愛されるフジロック。上村さんによれば、フジロックは前夜祭を含めて12万5千人を動員し、宿泊需要は湯沢町だけでなく近隣の南魚沼市や群馬県にもおよび、場内の飲食、お土産、交通など経済波及効果が大きく、延期による経済損失は莫大だ。さらにフジロック以外にも8月の『長岡花火』、ガーラ湯沢スキー場で9月に開催予定だった世界最大規模の参加型障害物レースである『スパルタンレース』や、苗場での10月の大型イベントなども相次いで中止となり、宿泊キャンセルなどの影響が出ている。

 温泉街とスキー場を有する湯沢町の観光客数は冬がピークで、フジロックが開催される夏、そして秋にかけてもイベントやレジャーで多くの人が訪れる。観光客のメインは1都3県(東京・神奈川・千葉・埼玉)からだったが、「Go Toトラベルキャンペーン」で東京が除外されたことも拍車をかけ、客足が大幅に減少。さらに近年、急増していたアジア圏からのインバウンドも入国制限によって途絶えたことになる。さらに3密を避けるため、ホテルや旅館はフル稼働が難しい。

湯沢町観光協会・専務理事の上村信男さん

「大型施設では大浴場の人数制限をしたり、食事もバイキング形式に工夫を凝らしたり、個室提供にするなどの対応をしなければなりません。そうすると、本来500名が泊まれるところも300名から200名に減らす対策を取らざるを得ないところも出てきています」(上村さん)

 観光業がメインである湯沢町の打撃は計り知れない。

 フジロック会場に隣接し、フジロッカーにとっても馴染み深い『苗場プリンスホテル』が8月16日から12月24日までの休業を発表し、衝撃を与えた。感染対策を十分に行い、「Go Toトラベルキャンペーン」に参加して営業しているホテルや旅館もあるが、先の師田さんの『苗場金六』を含め、小規模な民宿やペンション、ロッジでは自主的に今冬まで休業するところも出てきている。

トップシーズンの冬までに収束するかが勝負

 毎年、筆者がお世話になっている越後湯沢温泉街に位置する宿『ヴィラまつのや』のオーナーである高井良一さん、百合子さんご夫婦に再会し、話を聞いた。

「フジロックの他にも学校の部活動の夏合宿や秋のイベントの宿泊予約も全部キャンセルになってしまって。フジロックに毎年いらっしゃるお客様の中には、寂しいから1泊でもいいから泊まりに行っていい? って言う方もいるけど、ごめんねってお断りしているんです。私たち夫婦も高齢だし、万が一感染したら怖いので、申し訳ないけど、12月まで休業してメインの冬に備えることに決めたの。私たちも寂しいけれど、お客様には来年また来てねって言っています」(妻の百合子さん)

 他にも高齢者が営む民宿などでは、感染対策が及ばないからと休業を選択するところが見られるという。夫の良一さんが続ける。

「今は宿の維持費はかかっても国や町の給付金を使いながらしのいでいますが、われわれがいちばん危惧しているのはこの冬、どうなるかという点です。冬までにワクチンや特効薬ができるか、収束するか……その辺が勝負になってくると思います」

 トップシーズンの手前でコロナが収まってくれればいいが、高井さん夫妻は最悪の状況も考えて、今後の対応をどうしようか頭を痛めていると話す。

 この状況が冬を越して続けば、町では潰れる宿が出てくるかもしれない。また、宿に食材を卸す業者も食材が余って死活問題になっているといい、観光バス会社では何十台もある大型バスが動かないままの状態だという。

越後湯沢温泉街('20年8月)

「町が死んだようになってしまって……私がお嫁にきて40数年たつけれど、こんなのは初めて。暖冬で人が来ないことはあったけど、それと違ってずっとだから」(百合子さん)

湯沢町の感染者はゼロ

 人口約8000人の湯沢町は8月20日現在、コロナ感染者はゼロ。今後、関東圏から多くの人が流入して感染者が多発すれば医療崩壊も懸念される。町民の方の不安は強く、町を走る県外ナンバーの車への警戒感もあるという。

「観光地なのに大々的に“お越しください”って言えない状況になっているのは辛いです」(百合子さん)

感染症対策を行っている店舗は「新型コロナウイルス感染対策実施中」のポスターを店先に掲出している('20年8月)

 一方で、県内からの観光客のシェアを広げる施策もある。8月いっぱいは新潟県民限定で県内宿泊キャンペーンが行われており、越後湯沢温泉観光協会などを通して宿泊施設に申し込むと最大5000円引きになるのだ。また、湯沢町観光協会の加盟店で感染症対策を行っているところは「新型コロナウイルス感染対策実施中」のポスターを店先に掲出。「Go Toトラベルキャンペーン」も町全体での本格スタートはこれからで、冬への準備を進めているという。

「町での感染症対策は万全を期すつもりなので、いらっしゃるお客様も十分に気をつけてお越しいただければと思っています」(上村さん)

 苦境にあるにもかかわらず、みなさん明るく話してくださったが、先行きの見えない不安は甚大なはずだ。町の方々が抱える葛藤を考えるとやりきれない。

 お話を伺った方達は皆、「今は我慢の時」だとおっしゃった。来年は安心して、笑顔で湯沢町の方々と会えるように──いち早くコロナが終息し、この地でフジロックを楽しめることを願う。

(取材・文/小新井知子)