ハナコ・岡部大

 6月26日の放送中断から2か月半あまりが経過した9月14日、ようやく朝ドラ『エール』(NHK)が再開した。 

 再開直後の中心はもちろん古山裕一(窪田正孝)……ではなく、新たなキャラクターの田ノ上五郎(岡部大)。五郎は裕一の曲が大好きで弟子入りを願い出る青年で、古山音(二階堂ふみ)の妹・関内梅(森七菜)との恋模様も描かれる。9月14日から18日まで放送される第14週のタイトル「弟子がやって来た!」からも、田ノ上吾郎が中心を担うことがわかるだろう。

 五郎を演じるのは、お笑いトリオ・ハナコの岡部大。『私の家政夫ナギサさん』(TBS系)で主人公・相原メイ(多部未華子)の同僚・堀江耕介を演じた姿が記憶に新しいが、なんと同作が初のドラマ出演だった。

 つまり、岡部にとっては「ほとんど演技経験のない芸人が、朝ドラ再開直後の中心を担う」という大仕事になる。なぜ岡部は大抜てきされたのか? さらに、俳優としての可能性も掘り下げていきたい。

「セリフに頼らず演じられる」コント師の強み

 中断前、最後に放送された第13週・第65話のラストカットは、意外にも岡部の顔面アップ。五郎が弟子入りするために裕一の家を訪れたのだが、岡部は中断前の最後に強烈なインパクトを放ち、ネット上をザワつかせていた。

 坊主頭、大きく見開いた目、着ぐるみのような体形……そんなインパクトのあるビジュアルは持ち味のひとつ。ハナコはコント日本一決定戦『キングオブコント2018』(TBS系)のチャンピオンだが、ボケ担当の岡部はトリオのエースとして、強烈なビジュアルで見る人を引きつけている。

 しかも、そのビジュアルはボケ担当によく見られる変人のようなものではなく、「クソまじめ」「一生懸命すぎる」「どう見てもいい人」というポジティブなインパクト。そんないい意味でクセのあるビジュアルがドラマに合うのは必然であり、明治から昭和を描くことの多い朝ドラなら、なおのことだろう。

 事実、『エール』の制作統括・土屋勝裕は、岡部に会って一度試しに演じてもらっただけでオファーを即決。「不器用でもまっすぐに生きる男として、エールに新たな風を吹き込んでくれる」と期待を寄せ、演じたあとは「セリフを何回も練習する努力家。素晴らしい演技」と絶賛していた。

 今や芸人のドラマ出演はない作品のほうが少ないくらいになったが、やはり漫才を主戦場にしている漫才師と、コントにこだわるコント師では持ち味が異なる。後者の岡部は、セリフに頼るのではなく、全身でキャラクターとシチュエーションを表現しようとするタイプ。その表情や動きで感情を伝えられるだけに、むしろコントよりも長尺でじっくり演じられるドラマのほうがスキルを発揮できるかもしれない。

 また、最近の連ドラは『半沢直樹』(TBS系)や『M 愛すべき人がいて』(テレビ朝日系)を見ればわかるように、過剰気味の演技に対するニーズが高く、岡部のようなコント師たちの演技はうってつけ。同じトリオのコント師である東京03のエースでボケ担当の角田晃広が『半沢直樹』の序盤を盛り上げたことからも、それがわかるだろう。

先輩の原田泰造、塚地武雅を超えるか

 岡部は『エール』出演が発表されたとき、「事務所の先輩で、トリオとしてもあこがれているネプチューンの(原田)泰造さんみたいにお芝居もできる芸人を目指していきたいなと思っています」というコメントを寄せていた。

 俳優業への意欲を隠さず、「全身全霊で挑んでいます」とストレートかつまじめに言い切るところはいかにも岡部らしく、各局のドラマプロデューサーたちが積極的に起用したくなるのはこういうタイプ。特にNHKは自局のドラマに出演させた俳優を続けて他作にキャスティングしていく傾向があり、そもそも昭和が舞台の作品が多いだけに、すぐにチャンスが回ってくるのではないか。

 一方、民放のドラマに目を向けると、コメディでなくても「ヘビーなムードになりすぎないために笑いのシーンを挟む」ことがセオリーになってひさしい。その点、岡部のまじめで一生懸命さを感じさせるビジュアルは好感度が高く、そのイメージを生かすのはもちろん、民放のドラマならギャップを生み出す悪役のオファーも期待できるだろう。

 岡部が憧れる原田泰造は、ドラマではコントのときに見せない種類の演技を次々に見せて、俳優としての評価を高めていっただけに、岡部にもその再来が期待される。あるいは、タイプとしては原田泰造よりも、ドランクドラゴン・塚地武雅のような俳優になるかもしれない。

 現在、さまざまな職業の役柄を演じやすい31歳という年齢であること、『THE突破ファイル』(日本テレビ系)の再現ドラマで見せる演技に視聴者が引きつけられていること、『有吉ゼミ』の大食い企画「チャレンジグルメ」でガッツを見せたことなどの細部も含め、とにかく業界内の評判がいい。

 あくまでコント師としての活動がメインであることは変わらないが、『エール』での熱演を経たそう遠くないうちに、芸人トップクラスの売れっ子俳優になるのではないか。

木村隆志(コラムニスト、テレビ解説者)
 雑誌やウェブに月間20本強のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などに出演し、各番組のスタッフに情報提供も行っている。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもあり、主要番組・新番組、全国放送の連ドラはすべて視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。