リニア中央新幹線のホームページ

 新型コロナウイルスが東海道新幹線を直撃している。同じJR東海の中でも、名古屋近郊の在来線に比べて東海道新幹線の落ち込みが激しい。

 JR東海はどれほど東海道新幹線に依存しているのか? また、建設中のリニア中央新幹線はどうなるのか?

大幅な増収増益から
836億円の赤字へ

 新型コロナウイルス以前の2018年度、JR東海の営業収益は1兆8,781億円、営業利益は7,079億円、営業利益率は37.7パーセントだった。利益率が抜群に高く、日本一儲けている鉄道会社である。

 同社は、JR東海高島屋などの関連事業でも成功しているが、営業利益の77.8パーセントを運輸業が占めており、その中でも、在来線ではなく、東海道新幹線で莫大な利益を上げている。他のJRも新幹線を運営しているが、東海道新幹線は別格のドル箱路線だ。

 そんなJR東海が、2020年度の第1四半期(4~6月)に、836億円の赤字(営業損失)を出した。

 JR東海が赤字に転落する状況で、他の鉄道会社は存続できるのか。新型コロナウイルスが及ぼす経済危機、直視したくない現実が数字になって表れ始めている。

 ちなみに、同社の前年度の第1四半期の営業利益は2,062億円で、大幅な増収増益だった。天国から地獄へ急転直下である。

 緊急事態宣言下の4月、5月、東海道新幹線の輸送量は前年比1割に激減している。6月になっても輸送量は前年比3割にとどまり、この四半期の輸送人キロは前年比17.0パーセントだった。

 乗客がいなくなった東海道新幹線では、4月24日から6月末にかけて運行本数を前年比の約8割に絞り込んだ。運輸業の営業費用を約10パーセント削り、約170億円の削減効果を上げたが、それでも大黒柱の運輸業が757億円の赤字である。

 現実は厳しい。4月、5月は緊急事態宣言下なので除外したとしても、6月になっても赤字ベースである。しかも、7月も前年比3割程度で、8月には前年比2割5分に悪化している。8月終盤、世間では新規感染者の減少が意識され始めたが、東海道新幹線の回復は見えてこない。

リニア中央新幹線で
増収を見込めるワケ

 そんなJR東海は、品川~名古屋でリニア中央新幹線を建設している。その後、大阪まで延伸する計画で、品川~名古屋の事業費は5兆5,235億円、大阪まで延伸すると総額9兆300億円にもなる。

 他の新幹線は公共事業として建設されるが、リニア中央新幹線だけは、JR東海が自己負担で建設する。もちろん、東海道新幹線による安定的で莫大な利益があるためだ。

 開業後には増収も見込んでいる。10年前に同社が公表した試算によれば、品川~名古屋の開業だけで1,030億円の増収になるという。

 その要因の1つ目は、飛行機からのシフトである。

 品川~名古屋が開業すると、名古屋駅で乗り換えになるが、品川~新大阪が約40分も短くなる。品川~山陽新幹線区間も同様に時間短縮し、それが大きな効果となる。東京圏~大阪圏では、新幹線のシェアが圧倒的だ。しかし、大阪から西に行くほど、東京圏との移動には飛行機が存在感を増してくる。

 飛行機との競争は、山陽新幹線(新大阪~博多)を運営するJR西日本には死活問題で、JR東海にとっても、東海道新幹線の利用者数に関わる重要問題だ。シェア争いが厳しいが、逆に言えば、鉄道会社にとっては乗客を奪える余地が大きいとも言える。

 品川~名古屋でリニア中央新幹線が開業すると、それだけでも年間で492万人が飛行機からシフトすると試算する。JR西日本も救われるが、JR東海にも690億円の増収をもたらす。

 2つ目は、東海道新幹線よりもリニア中央新幹線の方が運賃・料金が高い点にある。

 品川~名古屋の運賃・料金は、リニア中央新幹線の方が667円(税抜き)高くなる予定だ。東海道新幹線から5,192万人の乗客がシフトすれば、それだけで340億円の増収になる。新型コロナウイルス前の乗客数を基準にすると、東海道新幹線利用者の約3割がシフトする計算である。

 ここまでで1,030億円の増収になる。それだけでなく、新規需要の誘発、高速道路からのシフト、山梨県、長野県でのリニア中央新幹線の新駅開業、東海道新幹線での「ひかり」「こだま」の増発と、他にも増収要素はある。

 一方、品川~名古屋が開業するまで、JR東海は巨額な投資に耐えられるのか。

 JR東海は、国鉄からの債務を引き継ぎ、事実上の長期債務残高を5兆円以上も抱えて発足した。それを30年弱で2兆円以下にまで圧縮しているつまり、5兆円の長期債務残高を乗り越えた実績があるのだ。これを一つの目安として、リニア中央新幹線の建設でも長期債務残高を5兆円以下に抑える計画だ。

 さらに、安心できる材料がある。

 JR東海の旅客運輸収入は、景気拡大を追い風として、この10年で約3割も増加している。経営体力が大幅に強化されただけでなく、東海道新幹線の利用者が増大したことで、リニア中央新幹線の開業効果も大きくなった。事業環境は好転した。

 また、リニア中央新幹線の建設に財政投融資が活用されることが決まり、総額3兆円を約30年間固定・低利で借り入れた。これにより金利上昇のリスクがなくなった。

それでも拭えない不安要素

 ところが、新型コロナウイルスが事態を一変させる。

 東海道新幹線はビジネス利用が多い。東海道新幹線の利用者は激減しているが、それだけビジネスマンが出張を控えたということだ。この経験は、多くのビジネスマンにとって出張を見つめなおす機会となった。わざわざ出張しなくても、Web会議で十分な場面が多いことを学んだのだ。

 直接会うことで、相手の状況を深く理解できたり、何気ない会話が課題解決のヒントになったりもする。出張の重要性も再認識されたが、Web会議は、移動によるロスもなく、会議室を探す手間も必要なく、効率的に設定できる。

 出張はゼロにはできないが、出張を大幅に減らしても、生産性を下げることなくビジネスを遂行できることが分かった。これが多くのビジネスマンが得た知見であり、私自身の実感でもある。そうなると、ワクチンや治療薬が開発されたとしても、今までの出張需要が戻るとは思えない。

 JR東海の運輸業を黒字ベースにするには、最低でも、ドル箱の東海道新幹線を前年比5割にまで回復させる必要がある。その最低ラインですら、現在の状況を考えれば楽観できない。

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 では、東海道新幹線が十分に回復しないとどうなるか。

 品川~名古屋で建設中のリニア中央新幹線は、もはや開業させるしかない。しかし、長期債務は膨れ上がり、その返済計画が狂うことになる。そうなれば、大阪延伸は着工できないだろう。それどころか、ローカル路線の維持すら問題になりかねない。

 「東海道新幹線会社」と言われるJR東海だが、営業距離では在来線が東海道新幹線の約3倍もある。その一つ、豊橋から駒ケ根、辰野へと至る飯田線は、「飯田線秘境号」が走る路線だ。どのような路線か想像できるだろう。同じように、東海地方から山間部へ向かう路線では、身延線、中央本線(中央西線)、高山線といった長い路線がある。

 東海道新幹線の危機は、地方の鉄道へと波及する可能性も。

 JR東海は、9月末決算でも赤字が避けられず、年度末決算の見通しも厳しいと思われる。この企業の先行きは、社会に大きなインパクトを与えるだろう。これからも注目を続ける必要がある。


文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』『明暗分かれる鉄道ビジネス』がある。