「息子が、人を殺した……」ある日、突然“加害者の家族”になった人たち。その実態は、どこにでもいるごく平凡な家族だった。凶悪事件も含め、2000件以上の殺人事件の家族を支援してきたNPO法人World Open Heartの理事長・阿部恭子さんがレポートする。

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「息子が、人を殺した……」

 警察署から乗り込んだタクシーの中で、茫然と呟く妻の手を夫は強く握りしめた。

 麻衣(仮名・40代)は、ふたりの子を持つ専業主婦で会社員の夫と4人、平穏な生活を送っていた。その日も、いつものように4人で夕飯をすませ、散歩に行くという高校生の息子を送り出した。

 帰りの遅い息子が気になりだしたころ、自宅の電話が鳴った。娘が電話に出ると、警察からだという。まさか、息子が事故にでも遭ったのではないか……。麻衣が急いで電話を代わると、受話器の向こうから、信じられない言葉が聞こえてきた。息子が、殺人容疑で逮捕されたというのだ。

ある日突然、息子が殺人犯に

 息子は夜道に、帰宅途中の女性を持っていたナイフですれ違いざまに刺して死亡させたという。犯行の動機について、「突然、人を殺したい衝動に駆られた」とだけ供述していた。警察から何度聞かれても、私たちに思い当たることなど浮かばなかった。

「急いで、時間がない」

 夫はタクシーを待たせたまま急いで家の鍵を開けると、ボストンバックに荷物を詰め込んだ。まもなく自宅には報道陣が押し寄せる。その前に避難するよう警察から助言されていた。通帳と数日間の着替えだけを持って、麻衣と夫は繁華街へ向かった。ふたりは安宿を見つけて駆け込み、娘は夫の実家に避難させた。

「〇〇町で起きた通り魔事件、犯人は高校生ーー」。スマホを見ると、息子の事件がトップニュースになっている。昨日まで何事もなく暮らしていた自宅の周りには、夥しい数の報道陣が詰めかけていた。

 インターネットには、あっという間に事件に関する書き込みが溢れ、すでに夫の会社や娘が通う中学校の情報まで特定されていた。もう、元の生活には戻れない……、麻衣がそう感じたとおり、一家が再び自宅に戻る日は来なかった。

一家は離散、苦しみ続ける日々

 世間で飛び交っている情報は、事実とは異なる話ばかりだった。

《犯人の少年は、猫を殺していたらしい。近所で、いくつもの猫の死体が発見されている》

《近所の人の話によれば、少年の両親は不仲で、いつも喧嘩していたようだった》

 ワイドショーのコメンテーターも、誰が話したかわからない情報を基に、「少年は暴力的ですね。親から虐待されている可能性が高い」などと分析している。

「息子は猫どころか、虫も殺せない子でした。庇うわけではなく、それは事実です」

 麻衣によると、息子は幼いころからおとなしく引っ込み思案で、他人に暴力を振るうようなことは一切なかったという。高校生活は順調にはいかず、悩んでいたことは知っていた。でも、週末には家族で旅行に出かけ、話し合う時間は十分に作っていた。それでも、家族にさえ打ち明けられないほど息子の抱えていた闇は深かったのだ。

「殺人犯の親は、“モンスター”でなければ世間は納得しないのでしょう。私も、自分の身に起きるまではそう思ってましたから……」

 人を狂気に走らせるものは何か、丁寧な検証が行われ、世の中に伝えられる事件はほとんどない。むしろ、推測の域を超えない、犯罪者やその家族があたかも特殊な人々であったというような情報ばかりが拡散されていく。こうして「あの人たちは特殊な人だから私たちは大丈夫」といった安全神話が作られている。

 しかし、筆者は凶悪事件も含め、200件以上の殺人事件の家族を支援してきたがその実態は、どこにでもいるごく平凡な家族である。事件に至った原因は、簡単に結論付けられるようなものではなく、一歩間違えば、どの家族にも起こりうる。

 麻衣と夫は報道陣に気づかれないよう、夜中に少しずつ荷物を運び出し、別々の家へと転居した。夫は失職し、麻衣も仕事を見つけなければならない。親子三人は、それぞれ別々の家で暮らすことになった。家族が再び一緒に暮らせる日は訪れるのか……。その目途は立ってない。親として息子が犯した罪と向き合い、被害者への償いを考える日々を過ごしている。

耐えきれず、自殺する人も
社会がすべきことは何か

 日本では、芸能人をはじめ、子どもが不祥事を起こすと親が謝罪をしなければならないという風潮が強い。子どもが未成年であればなおさら、親に向けられる責任追及は厳しくなる。親の社会的地位が高ければ高いほど風当たりは強く、子の犯罪は社会的な死を意味する。

 地元の名士だった勉(仮名・50代)は、未成年だった息子が殺人事件を起こしたことによって仕事、財産、信用、友人、家族、そして、自らの命まで失うことになった。

 勉は親としての責任を厳しく問われることは覚悟の上だったが、犯行の猟奇性から世間の耳目を集め、少年が猟奇性をどこで身に着けていったのか、その生い立ちや家族のプライバシーまで次々と暴かれることとなった。

 そんな勉の人生には“敵”も多かったという。「リベンジポルノ」が社会問題視される昨今、勉には密かに交際していた女性がおり、一方的な別れをして恨みを買っていたことから、この機会に復讐されるのではないかという恐怖に取りつかれていった。

 そして、インターネットには家族を中傷する書き込みが日に日に増えていく。身近な人たちでさえ事件が起きた途端に掌を返し、親身になるふりをして近づいてきてはマスコミに情報を流していたという。結果的に、勉に対して日常的に恨みを抱いていた人々が、バッシングに加担する形になったのだ。疑心暗鬼になっても不思議ではない。勉はついに、自ら命を絶ってしまった。
 
 親にとって、子どもが殺人者になるほどつらい経験はない。多額の損害賠償を負わなければならない場合もあり、家族が受ける精神的・経済的ダメージは甚大である。それに加え、世間からのバッシングや個人情報の暴露は家族を追いつめ、家族が自殺に至るケースは後を絶たない。

 アメリカでは、加害者家族自らが声を上げ支援活動を展開してきた。未成年者による凶悪事件の犯人の親が、テレビの前で顔を出してインタビューを受けたり、実名による手記を発表することも稀ではない。

 銃乱射事件を起こした未成年の犯人の母親がテレビのインタビューに答えたところ、全米から激励の手紙が届いたという話もある。手紙の多くは、「息子さんに面会に行ってあげて」「傷ついた兄弟のケアも忘れずに」といった親としてすべきことを応援する内容だという。
 
 親に責任がないというつもりはない。しかし、子どもを殺人犯に育てる親などいない。事件が起きただけで十分に苦しんでおり、それに追い打ちをかけるように一斉にバッシングし、追い詰めたからといって事件によって失われた命が戻ってくるわけではない。

 親がこの世からいなくなるということは、少年の更生の支え手を失うことでもある。社会がすべきことは、具体的な親の責任を明らかにし、正しい方向へと導くことではないだろうか。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。