近年、ロケ番組ではおなじみの光景となった、芸能人が店に直接撮影交渉をする「アポなし」訪問。中には「迷惑だ」という批判的な声も上がっているが、このような芸能人の“ガチンコ交渉”が増えていった背景には何があるのか。コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。

左からバナナマン・日村勇紀、出川哲朗、ウエンツ瑛士

 先日、テレビ好きの30代女性から、「最近、芸能人が直接撮影交渉をするロケ番組が増えた気がしますが、どうしてですか?」と尋ねられた。彼女にしてみれば、「交渉のシーンを放送するくらいなら、もっと多くの店や商品を紹介してほしい」ということらしい。

 実際、ゴールデンタイムで放送されている『火曜サプライズ』(日本テレビ系)、『バナナマンのせっかくグルメ!!』(TBS系)、『笑ってコラえて!』の「朝までハシゴの旅」、『帰れマンデー見っけ隊!!』(テレビ朝日系)、『出川哲朗の充電させてくれませんか?』(テレ東京系)などを筆頭に、芸能人が撮影交渉する番組は多い。

 数年前から続いていた傾向とはいえ、ロケそのものが難しいコロナ禍においても、リスク覚悟で行っていることに驚いてしまう。なぜコロナ禍においても、芸能人が直接交渉するロケ番組が多いのか? その理由は3つあり、いずれもバラエティーの課題と難しさが潜んでいる。

生放送に近い“ライブ感”を

 芸能人が直接交渉する番組が増えた1つ目の理由は、収録放送でもライブ感を醸し出したいから。

 当然ながら生放送が最もライブ感を醸し出せるのだが、予算・時間・リスクなどの点から難しく、ならば「それに近い演出を採り入れよう」という狙いがある。

 芸能人の交渉シーンを放送することで、視聴者に「うまくいくかな」「断られそう」などのハラハラドキドキを感じさせられるほか、予想外のハプニングが起きる可能性もそれなりに高い。

 もともと収録放送は、「やらせでは?」などと疑いの目で見られやすいため、芸能人が戸惑ったり、断られたりする姿も見せることで、「リアリティを感じさせようとしている」という狙いもある。さらに、「YouTubeやインスタグラムなどのライブ配信が浸透しつつあるだけに、テレビもライブ感で対抗しなければいけない」という時代背景も見逃せない。

 芸能人が直接交渉する番組が増えた2つ目の理由は、芸能人と一般人のつながりを描いて親近感を抱かせたいから。

 たとえば、『火曜サプライズ』や『バナナマンのせっかくグルメ』は、「芸能人が地元の人々から情報を聞き、撮影交渉してから、店に行く」という構成であり、芸能人と一般人の接触機会が多い。

 なかでも重要なのが、「芸能人が一般人に低姿勢でおすすめを教えてもらう。店の人に頭を下げて撮影のお願いをする」というシーン。芸能人を一般人より下のポジションに置き、同じものを食べることで親近感を抱かせているのだ。

 2010年代ごろから東日本大震災の影響などでテレビ番組に刺激ではなく癒しを求める人が増えたことで、こうした親近感を抱かせるような構成が増えている。

 芸能人が直接交渉する番組が増えた3つ目の理由は、手間と予算のカットができるから

「ガチンコロケ」「スタッフによる仕込みなし」と聞けば、一見カッコイイが、現実的に「リサーチ、事前手配、ロケハンの手間と費用が省ける」ことが大きい。

 実際、「予算が減って思うようにリサーチャーが使えず、ADの確保も難しいから、アポなし企画に落ち着いた」という話を何度か聞いたことがある。

 さらに、店の都合に合わせた時間帯にアポイントを取ると、スケジュールが重なりやすい上に空き時間が発生しがちだが、「ガチンコロケならカメラを回しっぱなしにして撮り切れる。取れ高が確保できたらロケを終了できる」のもメリットの1つ。芸能人もスタッフも「頑張れば早く終わる」ためモチベーションを保ちやすいのだ。

どんなに配慮しても迷惑をかける

 ただ、芸能人が直接撮影交渉する番組は、「ライブ感」「親近感」「手間と予算のカット」という3つのメリットを得られるだけでなく、デメリットもある。

 真っ先に挙げられるデメリットは、ロケ先に急対応を求めるため、どんなに配慮しても店や来店客に迷惑をかけてしまうこと。「芸能人やスタッフの対応が少しでも悪い印象を与えると、すぐにSNSで批判されてしまう」というリスクも侮れない。

 また、ガチンコロケの形では、本当にいい店を紹介することは難しい。事前にしっかりリサーチを行ったほうが確実にいい店を選び、より多くの情報を放送できるからだ。実際、『火曜サプライズ』の放送中、「その店行くの?」「もっといい店がたくさんあるのに」「2店だけ?グダグダした交渉のシーンはいらなかった」などの声がネット上に書き込まれることがある。

 これらのデメリットを完全に解消することは難しいだけに、各番組のスタッフたちはメリットの最大化を優先させていくべきだろう。たとえば、「生放送でアポなしのガチンコロケをやる」というくらいの思い切った構成なら、今以上の結果につなげられるかもしれない。

「芸能人のリスクが大きすぎる」「人が集まってしまい危険だから無理」などと後ろ向きなことばかり言っていたら、ネットコンテンツの優先度が高い人々を振り向かせることはできないのではないか。

木村隆志(コラムニスト、テレビ解説者)
 雑誌やウェブに月間20本強のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などに出演し、各番組のスタッフに情報提供も行っている。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもあり、主要番組・新番組、全国放送の連ドラはすべて視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。