7月、週刊女性が直撃した様子(手前はジャーナリストの水谷氏)

「この野郎、なめた記事書きやがって。お前ちょっと家まで来いや!」

「来なかったらお前、若いもんに迎えに行かすぞ!」

「こっちはお前の住所も調べてるんだぞ」

 電話越しに話す男性は、私に向かっていきなり声を荒げ始めた。8月下旬のある昼下がりのことだ。

 相手は、昨年9月に山梨県で行方不明になった当時小学1年の小倉美咲さん(8)の母親=千葉県成田市=、とも子さん(37)をSNSで誹謗中傷し続けた野上幸雄(69)。今月15日までに、名誉毀損の疑いで千葉県警成田署に逮捕された。

 野上は、「怨霊の憑依」と呼ばれるブログを管理し、事件発生直後から毎日、とも子さんへの憶測や偏見を生み出す書き込みを続けていた。

 ブログの管理人名は野上ではなく、「和田隆二」。肩書きは「霊媒師」。

 タイトルには《小倉とも子が犯人と疑われる条件》《辻褄が合わないとも子の証言》《とも子の周りは薬物関係者》などの文言が並び、事件の詳細については《育児疲れから次女美咲ちやんを自宅で殺し悪天候を利用し行方不明を企て、募金詐欺をした殺人事件》(2月25日付)、《美咲ちゃんの事件ですが、私は臓器販売で海外に連れ去られたと思います》(3月24日付)などと説明し、とも子さんの関与を主張していた。

 被害者のとも子さんは、5月に成田署に相談。折しも、同じくSNSで誹謗中傷され、女子プロレスラーの木村花さん(22)が亡くなった時期と重なった。

 美咲ちゃんの事件の取材を続けていた私も、SNSで誹謗中傷を繰り返す人物の正体をこの目で確かめてみたいと思い、野上から電話を受ける1カ月半前の7月上旬、静岡県熱海市にある野上の自宅に向かった。そこは古びた3階建ての鉄筋コンクリートで、玄関に現れた野上は、黒いTシャツ、黒いスパッツの上に青い短パンという出で立ち。

野上容疑者は小倉美咲ちゃんの写真などをプリントし「小倉とも子が犯人だという証拠」というがさっぱり意味がわからなかった

 案内された地下1階の部屋は、サンドバッグやベンチプレスなどが並ぶトレーニングルームだった。その取材時の模様は、7月14日発売の『週刊女性』に掲載され、ネットでも『小倉美咲ちゃんの母を誹謗中傷し続けるブログ主を直撃、支離滅裂な「正義」の主張』というタイトルで転載されていた。

 しかし、ここから野上による私への嫌がらせが始まり、ついには冒頭のような脅迫電話に至った。

 記者の加工写真や電話番号もさらされる

 週刊女性に記事が掲載された翌7月15日、野上はブログを更新し、「週間女性水谷竹秀記者は犯人からお金をもらった」(原文ママ)と題する書き込みをした。以下、内容を一部抜粋する。

〈水谷竹秀は誘拐犯人の一味からお金をもらっているからでしょう。そのスクショがあるのであとで掲載します〉

〈正義ではなくお金で何でも書くのがフリー記者〉

〈水谷竹秀は正義をなくした記者というのが正解のようです〉

 ネットから引っ張ってきた私の写真も背景を加工して掲載し、さらには携帯番号、メールアドレス、実家の住所までさらされた。

 読者のコメント欄には、

「良心をお金で売ったエセ記者」

「水○さん、お金ないんだなぁ。残念な、下らない記事だ」

「誹謗中傷じゃなく事実」

 など「野上信者」とみられる書き込みが目立ったが、中には、

「この記者に頑張ってもらいたいね。ほんといい年したアホなおっさんが書くこのブログを信じる奴がいるんだからびっくりだわ」

 というエールも頂いた。

 この翌16日は「100万円をもらい記事を書いた水谷竹秀記者」と題し、

〈この程度は調べるのに水谷竹秀記者は母親関係から賄賂を貰い記事をカネで真実を捻じ曲げ日本の恥となる記者〉

 という書き込みに加え、偽装とみられる野上宛てのメールが赤字で貼り付けられていた。

〈緊急報告 小倉とも子氏が50万円を着手金として谷口経由で週刊誌ライター水谷竹秀に記事を依頼しました。記事が店頭に並んだ時点で残金50万円です〉

「指でも詰めてもらおうか?」

 まともに反論するのも馬鹿らしくなる内容だが、全くの事実無根である。そもそも「谷口」という人物は私の知り合いにはいない。また、私はSNS上に携帯電話番号を公開していないため、取材時に野上に渡した名刺から、迂闊(うかつ)にもさらされてしまった。

 この結果、美咲ちゃんの捜索活動に協力する関係者からのメールや電話が私のもとに相次ぎ、対応に追われた。

 ブログへの投稿だけでは気持ちが治まらなかったようで、野上は私の携帯電話を鳴らし、またもや支離滅裂なことを言い始めた。

「美咲ちゃんが養子ってことがはっきりしたから」

 意味が分からないので詳細を尋ねると、

「だからこっちに来いやこの野郎!」

 と声を荒げる。それでもあらためて尋ねると、

「美咲ちゃんは中国からもらわれてきたんだよ。お前はそれ知らないのか? とも子がツイッターで書いてるんだよ」

 と断言するので、該当するつぶやきの日付を尋ねると一言。

「本人に聞けよ!」

 挙げ句の果てにはこう怒鳴りつけてくるのだ。

「指でも詰めてもらおうか? おう? こっちで取ってやろうか? なめたこと言ってんじゃねえぞ!」

「お金もらって書いたらしいね。週刊女性からいくらもらったんだよ? 裁判でも何でもやってやろうや」

 こうした怒声に対し、私はできる限り丁寧に対応した。

才津容疑者からとも子さんに送られた脅迫メッセージ

 とも子さんをSNSで誹謗中傷するのは野上だけではない。この電話から10日ほど前には、「殺しに行くよ!」「娘以上に怖い思いさせてやる!」などとメッセージを送りつけ、脅迫容疑で静岡県函南町の鳶職、才津勝二容疑者(31)が逮捕されていた。

 この件を持ち出すと、野上は平然とこう言った。

「どうとも思ってないよ。関係ないじゃん。うちのコメントに書いてきたわけじゃないし、全く関係ない。俺がそそのかしたわけじゃない」

 週刊女性の記事に関しては、玄関先に現れた野上の写真が掲載されたことが癪に触ったようで、「人の写真を無断で撮っていいのか? 玄関先で人に撮らせてそれで通ると思っているのか?」と問い詰めてきた。このため私は、小倉さん一家の写真をブログに掲載する許可を取ったのかと逆に聞き返した。

「お前のやっていることも同じだろ! ガキだろこのやろう! お前よう、そこらへんの会社員としゃべってんじゃないんだぞ!」

 野上は裏社会の人間だとでも言いたいのだろうか。あらためて許可の有無を問いただした。

「許可も何も必要ないんだよ。あいつが犯人に決まっているんだから。美咲ちゃんの人身売買だと思う。証拠もあるよ。だから来いって言ってんだよ。お前本当にこっちから行くぞこら! さらって海にほん投げる奴もいるんだよ。まあそういうふうには遭わないようには祈るけどね」

「お前の記者生命を終わらせてやる」

「お前の実家は田舎だな。お母さんいるんだろ?」

 野上からの脅迫電話は30分にもわたって続いた。

 法廷で睨みつけられる

 10月14日午後1時半、千葉地裁802号法廷では、才津被告の初公判が開かれた。

 黒いパーカーを羽織った才津被告は、ジャージパンツから下着がはみ出た状態で出廷した。右手親指と目尻には、小さなタトゥーを入れている。

 証言台に立って起訴事実について問われると、

「(間違い)ないです」

 と小声で認めた。

 検察側は論告で「不安な日々を送る被害者に理不尽なメッセージを送りつけた」などと指摘し、懲役6月を求刑した。

 最後に才津被告は「父親として情け無い。被害者の気持ちが身に沁みて分かった。当たり前ですが、被害者には二度と関わらない」などと謝罪し、結審した。

 公判終了後、傍聴席を立った私は後ろを振り返ると、黄色いスカートを履いた、陰鬱な雰囲気をまとった中年女性が、私のほうをじっと睨みつけてきた。そのまま無視して退廷したが、あの不気味な細い目が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れなかった。

 同日にアップされた「怨霊の憑依」のブログをのぞいてみると、匿名のコメントで「才津さんの件」と題する投稿があった。

〈傍聴しました。M谷氏らしき人は、被告人スケッチもしていました。終了後、傍聴人2人と挨拶を交わしていました〉

 投稿時間をみると、同日午後2時35分。公判終了直後に書き込んでおり、その内容から、私の後ろに座っていた、あの中年女性と同一人物とみられる。

 私を睨み付けるということは、「野上信者」の1人なのだろうか。

 奇しくもこの翌15日、野上の逮捕が報じられた。1年間にわたって誹謗中傷を受け続けてきたとも子さんは、ホッとした様子でこう語った。

「あのブログは、すべての誹謗中傷の大本。あることないこと、ひどいことを書かれた。私だけではなく、家族や支援者も誹謗中傷され、本当に苦しかったので、逮捕されて安心している。今後、この件に関して余計な心配や時間を使う必要がなくなり、美咲の捜索に専念できます」

野上のブログ『怨霊の憑依』では小倉とも子さんや無関係な人を犯人と特定し、誹謗中傷を続けていた

 一方、ブログには、「霊媒師」こと野上へのコメントが相次いだ。

〈心が苦しいです。霊媒師様を静かに待ちます。日本の警察は信用できると信じたいです〉

〈霊媒師は、このまま終わる人ではありません。─中略─あれほど正義感が強く生命力に溢れた人を他に知りません〉

〈マスコミは信じられない。警察も。日本はどうなるのか。怒りしかない〉

 野上が逮捕されても尚、一部の間で野上への「信仰心」は続いているようで、SNS世界の恐ろしいまでの現実が垣間見えた。

 野上の裁判を傍聴する際、私はボディガードをつけていった方が良いのだろうか。

(取材・文/水谷竹秀)

PROFILE●水谷竹秀●ノンフィクションライター。1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など。

●情報提供のお願い
「美咲に似ている子を見かけたなど、些細なことでも情報を求めています!」(とも子さん)
【情報提供先】大月警察暑 TEL:0554-22-0110情報提供はHP(https://misakiogura.com/)