瑛人

『香水』の大ヒットで11月16日『第71回NHK紅白歌合戦』への出場が発表されたシンガーソングライターの瑛人。夢の初出場を果たすも、物議を醸しているのは同曲に登場する「ドルチェ&ガッバーナ」という歌詞。“広告にあたる”という理由から「商品名を放送するのはタブー」としているNHKのルールとどう折り合いをつけるのだろうか──。

 2020年7月18日に配信した記事、【『香水』の瑛人、“商品名NG”な紅白で「ドルチェ&ガッバーナ」の歌詞はどうなるのか】を加筆のうえ再掲する。

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《別に君を求めてないけど    横にいられると思い出す 君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ》

 このフレーズで「ああ、あの曲ね」となったあなたは時代の波に乗れている。知らない人は、今すぐ聴けばいい。そう、23歳の若手アーティスト・瑛人が歌う『香水』のサビの一節である。

 元カノとの切なくもエモい距離感を歌った同曲がリリースされたのは昨年4月のこと。それが1年の時を経ていきなりブレイク。若者たちに『TikTok』でカバーされ拡散、あらゆる音楽チャートで1位を獲得の“シンデレラソング”となった。その影響力は芸能界にも波及し、香取慎吾やチョコレートプラネットの長田庄平、オリエンタルラジオの藤森慎吾らが“歌ってみた”と自身のYouTubeチャンネルでカバーするなど、大の大人があやかりまくっているほどである。

 すでに多くの音楽専門家が言及しているが、この曲の画期的な注目ポイントはサビに出てくる「ドルチェ&ガッバーナ」というフレーズが独特の譜割りになっていることだ。

 確かに聴いてみると、

「ドール↑チェ↓アーン、ド↑ガッバーァ↑ナァ〜…↑↑の↓」

 といった感じの抑揚がとても心地いい。とにかく、この『香水』のヒットぶりはすさまじく、あの『ミュージックステーション』への出演も果たした。

ドルチェ&ガッバーナの香水。公式サイトによると“地中海的要素に優れた革新性をミックス”させた香りとのこと(公式サイトより)

──このままいけば、今年の年末の『NHK紅白歌合戦』への出場も夢ではないのではないか……? というか、高齢者がお茶の間でフリーズするような若年アーティストらが続々と登場する近年の紅白の傾向をかんがみるに、むしろ瑛人は“最有力”のアーティストだといっていい。

 しかし、彼がこの『香水』をひっさげて紅白の舞台に立つには、大きな壁が立ちはだかっている。その壁というのが、皮肉なことに「ドルチェ&ガッバーナ」の歌詞それ自体なのだ。

特定の商品名は“宣伝になる”ということで……

 NHKの放送をみて、ときたま違和感を感じる方もいるかもしれないが、“公共放送”をうたっている同局では、『特定の「企業名」や「商品名」を使ってはいけない』というルールが存在する。

『NHK放送ガイドライン 2020』の『放送法第83条』には《協会は、他人の営業に関する広告の放送をしてはならない》と明記されている。国民の受信料によって成り立っている公共の電波であるがゆえに、宣伝ととらえられないよう、商品名を使わずに遠回しな表現(ex.ウォシュレット→温水洗浄便座)に変換し放送してきたわけだ。

『香水』という楽曲がもはやCMソングとしてそのまま使われてもおかしくないほどのクオリティーと人を引き込む歌詞を備えているだけに、『ドルガバ』からすれば、NHKをぶっ壊したい気持ちでいっぱいであろうが、これが公共放送というもの。しかし、このガイドラインによれば《広告のためにするものでないと認められる場合において》“例外”も存在するらしい。少し長くなるが、その一部を抜粋したい。

放送やインターネットサービスで企業名などを使う場合には、
・本質的に必要なのか、その他の表現に置き換えることはできないのか
・視聴者の理解を助けることになるか
・ライバル企業などから見て、著しく不公平でないか
・構成や演出上やむを得ないか
 といった点を判断の基準にする。
ただし、その場合でも、企業名などの出し方や出す回数を工夫するなど、宣伝・広告と受け取られることのないようにする

『香水』には4分13秒のうち「ドルチェ&ガッバーナの香水」というワードが4回登場する。 しかも、このフレーズが曲のキモとなっているかつ、前述のような絶妙な譜割りがヒットの基盤となっているだけに、簡単に「イタリア有名メーカーの香水のせいだよ〜」に変えるわけにはいかなさそうだ。

 このNHKの“商品名を使ってはいけない問題”はニュースやバラエティー番組だけでなく、音楽番組も同様で、これまで「商品名をカット」「歌詞を変更」するといった処置を施してきた歴史があった──。

NHKに問い合わせた結果

 1973年、『神田川』が160万枚の大ヒットとなった南こうせつ率いる「かぐや姫」は、その年の紅白に内定していたという。しかし、2番の歌詞にはこんな表現が出てくる

《貴方はもう捨てたのかしら 二十四色のクレパス買って 貴方が描いた私の似顔絵》

 デデーン! 「クレパス」 アウト〜! このクレパスというワードが『株式会社サクラクレパス』の商品名にあたるとして、NHKは「クレヨン」と一般名詞への変更を要請。それに対し、南はなんと出場を辞退したのだという(『女性セブン』2012年1月5・12日号)。なんたるこだわり、すさまじいフォーク魂である。

 しかし、なかにはルールが曖昧になったケースあるようで、こちらは2000年に『ボーイフレンド』で紅白に初出場したaiko。そのサビの始まりはこうだ。

《Ah テトラポット登って てっぺん先睨んで 宇宙に靴飛ばそう》

「テトラポット」アウト〜! こちらもNHKルールにのっとれば「Ah 消波ブロック登って〜」に訂正しなくてはならないはず。しかし、紅白当日では、高らかにテトラポットと歌い上げるaikoの姿が……。

登りにくそうなテトラポッド

 お気づきだろうか。アレの正式名称は「テトラポッ“ド”」で、aikoの歌詞はなぜか「テトラポッ“ト”」表記になっているのだ。つまり、一文字違いでセーフ。「じゃあ何に登ってたんだよ」となるわけだが、ちょっとしたミスというか、国語力の差で切り抜けられるケースもあるようだ(もしかして紅白対策?)。ならば瑛人も《ドルチェ&ガッ“パ”ーナの香水》と歌詞を間違えればアリになるのか、どうだろうか。

 疑問な点はほかにも。例えば山口百恵の『プレイバック Part2』の歌詞はのっけから《緑の中を走り抜けてく真紅(まっか)なポルシェ》と、高級外国車が耳を通り抜けていくのだが、当時、NHKの音楽番組では《真紅なクルマ》と改変して歌われていたという。しかし、現在も映像で確認できるが、1978年『紅白』で紅組の大トリを務めた際はなぜかガッツリ《真紅なポルシェ》と発音しているのだ。この年、まさかの10代でトリを務めるという尋常じゃない持ち上げられかたをした百恵ちゃん。“出場をお願いする”ほどの立場ならルールを無用にできるのか。どうなんだ。

 そんなこんなで、今年の日本音楽界の“顔”であるニュースター・瑛人は「ドルチェ&ガッバーナ」を公共の電波に乗せることができるのだろうか……! 編集部からNHKに問い合わせてもらったところ、返ってきた回答はただ一言、

《仮定のご質問にはお答えしておりません》

 では、当の本人である瑛人は「もし紅白に出られたら、そして歌詞どうなるのか問題」についてどう考えているのだろうか。コメントをいただくことに成功した。

《紅白出場は、夢みたいなお話です。まずは今の活動、ひとつひとつに向き合うのに手一杯で……。こうして名前をあげていただけるだけで嬉しい限りです。フレーズに関しても、プランはございません。我々の判断ではございませんので、決められた判断に従うつもりです》

 あまりにフレッシュで真っ直ぐな回答に感動を覚えた……のが今年7月のこと。今回、紅白出場が見事決定し、《仮定の話》でなくなった今、改めてNHK広報に問い合わせたところ、このような回答が返ってきた。

《現在、演出内容について交渉中のため、お答えしかねます》

 実にうまいかわし方である。これで10月にリリースした新曲『ライナウ』のほうを歌わせたら日本中がひっくり返るぞ。

〈皿乃まる美・コラムニスト〉