コンピューターアニメーションの新時代を切り開いた(『トイ・ストーリー』(c) 2020 Disney/Pixar ディズニープラスで配信中)/東洋経済オンライン

 11月22日、映画『トイ・ストーリー』が劇場公開されて25年を迎える。コンピューターアニメーションとしては世界初の劇場用長編映画で、世界中で大ヒットを記録。その後、続編が作られ、昨年6月にはシリーズ4作目の『トイ・ストーリー4』が公開された。トイ・ストーリーは、コンピューターアニメーションの新時代を切り開いた作品として、映画史にその名を刻んでいる。 

 トイ・ストーリーを生んだのが、当時はCG(コンピューター・グラフィックス)のソフト会社にすぎなかったピクサーだ。ピクサーはその後も『モンスターズ・インク』や『ファインディング・ニモ』『カーズ』などヒット作を連発、世界有数のアニメーションスタジオに変貌した。2006年にはウォルト・ディズニー・カンパニーの完全子会社となり、ディズニーに欠かせない主要ブランドの1つになった。 

 こうしたピクサーの変貌を、当事者の1人として体験してきた日本人がいる。小西園子さん。アメリカの大学を卒業後、1994年にピクサーに入社。トイ・ストーリーの制作にかかわり、ピクサーの黎明期を知る1人だ。 

 小西さんから見た、ピクサーの変わったこと、そして変わらないこととは。トイ・ストーリー25周年とともに、ピクサーでの25年を振り返ってもらった。

前例のない挑戦だった

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――入社当時のことを教えてください。

 私が入社したときは本当に小所帯で、コアの社員は10人ぐらいでした。エド(キャットムル・ピクサー前社長)をはじめ、シニアレベルは博士号を持っている人ばかり。教えてもらうことだらけで、まるで学校のようでした。

 入社時はジュニア・テクニカル・ディレクターという肩書。要は何でも屋さんです。レイアウト、ライティング、CGのバグの改善、アニメーション以外は何でもやりました。途中でストーリーもいろいろ変わったりして。もう夢中でしたね。

 前例のない挑戦でした。スケジュールも、どうやって人を動かすかも、何も決まっていない。コンピューターの容量がどれぐらい必要かもわからなかった。スタートアップ企業が長編映画を作っていたわけですから。

 トイ・ストーリーができたとき、実感はありませんでした。打ち上げパーティーではじめて大きなスクリーンで見たときは、感動というよりも、どうやってここまで作ってきたのかなって。これまでのことや、つらかったことばかり思い出していた気がします。

 映画が公開(1995年)されて、周りから大きな反響をもらいました。その時にはじめて、「すごい映画なんだ」と思いました。歴史に残る映画に参加できたんだとそのときはじめて感じました。

――その後、ピクサーの規模はどんどん大きくなっていきます。

 社員の中にはエキスパートになる人、ゼネラリストになる人もいました。まったく別の部門に行った人もいる。まだこういう部門がある、こういう仕事があるといった、カチッと固まったものがなかった時期だったので、自分のキャリアは自分で見つける必要があったんです。自分で部署を作っちゃった人もいますよ。

社員の「好き」を大事にする

 私もいろいろなことをやらせてもらった。以前からキャラクターが大好きだったので、トイ・ストーリーの次の作品である『バグズ・ライフ』から、キャラクター部門に入りました。ファインディング・ニモの「ニモ」など”かわいい系”のキャラクターを担当し、その流れで『レミーのおいしいレストラン』の「レミー」の仕事をいただいた。

小西園子さん。現在はテクニカル・ディレクターを務める。『トイ・ストーリー2』に出てくる「コニシ・オモチャ博物館」は小西さんの名前からとったもの。トイ・ストーリー4でもキャラクターシミュレーションを担当した(ピクサー・アニメーション・スタジオ提供)/東洋経済オンライン

 私、ハロウィンのコスチュームを作るのが趣味なんです。そうしたら『メリダとおそろしの森』のときに、キャラクターの服を作らないかと言われた。それをきっかけに、キャラクターの服や髪の毛などを作り、シミュレーションをかけて動かす、シミュレーション部門に移りました。

 ピクサーという会社は、社員の興味や好きなことをとても大事にするんです。好きなことって、やっぱり伸びますよね。それにうまく行くと、すごく褒めてくれる。そんな環境の中で、社員は自分たちで自分たちの居場所を作っていくんです。

――規模が大きくなって、使えるおカネが増えたり、仕事の仕方が変わったりしましたか?

 使えるお金は、初めの頃とほとんど変わらないですよ(笑)。社員数は1200人近くになりましたが、今では少なくとも3本の映画が同時に動いているので、逆に人が足りなかったりする。

 同時進行でも、昔と違ってスケジューリングはしっかりしています。それに社員同士のつながりがとても密で、違う仕事をしていても情報が伝わる。うまくいったことが自然と共有でき、次の作品に反映できるのです。うちのソフトウェアはすべてインハウス(自社開発)なので、ソフトの開発が進むと次の映画ですぐに使える利点もあります。

――技術も随分と進歩したでしょうね。

 ピクサーにいると、コンピューターの歴史をみているようです。

 トイ・ストーリーのときは、シミュレーション自体がありませんでした。シミュレーションが入ったのは、モンスターズ・インクのときだと思います。サリーの毛とブーのシャツから始まった。シミュレーションが入ってから、表現がより自然になり、強調できるようになりました。

――トイ・ストーリーの後もヒット作が続いた理由は何でしょうか。

 ピクサーには、いまでもトイ・ストーリーの「魂」がある。今でもどの部門にも必ず1人は、当時のことを知る社員がいるんです。そこでいろいろな話をして、「魂」が継承されます。

ピクサーにはトイ・ストーリーの魂が根付いている(『トイ・ストーリー』(c) 2020  Disney/Pixar ディズニープラスで配信中)/東洋経済オンライン

 トイ・ストーリーの魂とは、私の解釈で言うと「妥協しないこと」。知らないことを怖がるより、ワクワクしたほうがいい。挑戦したほうがいい。そして最後まで妥協せずに、自分たちが納得のできるものを作り上げる。

 今は「トイ・ストーリーを見た」という人が入社してきますが、入社のときにも社長が当時の話をよくします。ランチを一緒にしながら話すこともあるのかな。ピクサー・カルチャーはそうやって引き継がれています。

 最初からヒットを狙うことはないです。ストーリーが一番で、それが固まっていない作品は、絶対に誰も推さない。社員の意見を聞くことも多いです。社員が1200人いれば、1200の意見がある。そうした意見も反映しながらストーリーが固まったときに、はじめて「じゃあこれをやりましょう」ということになります。

「タイムレス」を追求する

――日本人として働く大変さはないですか。

 日本人はいま3人いるのかな。とにかく感じるのが、日本のアニメがものすごく尊敬されているということ。同僚からは日本のアニメについてよく尋ねられますね。ジブリ、ポケモンなど年代ごとにファンがいます。世代ごとの感じ方があって面白いですよ。

――今後に向けて、社内ではどんな話をしていますか。

ピクサーの次回作は、生まれる前の魂(ソウル)の世界を描く(『ソウルフル・ワールド』(c)2020 Disney/Pixar 12月25日(金)ディズニープラスで配信)/東洋経済オンライン

 私たちが追求しているのは、「タイムレス」です。末永く見てもらえる作品を届けたい。みなさんが共通して感じる世界観といいますか。そして、そのうえにダイバーシティ(多様性)を加える。その意味では、トイ・ストーリーのときと課題は同じです。

 経営陣は変わりましたが、スタッフ同士は創業時とまったく変わっていません。変わらないピクサー・カルチャーをベースにしていますから。

 ピクサーにいると、自然と「何かしたい」という気持ちになれるんです。25年間いても、まったく飽きない。今は新型コロナの影響で、テレワークが中心ですが、テレワークでもぜんぜん飽きません。カメラを通して同僚とはしっかりコミュニケーションがとれています。これからも「タイムレス」な作品を生み出していきたいですね。


並木 厚憲(なみき あつのり)東洋経済 記者
これまでに小売り・サービス、自動車、銀行などの業界を担当。テーマとして地方問題やインフラ老朽化問題に関心がある。『週刊東洋経済』編集部を経て、2016年10月よりニュース編集部編集長。