昨年11月、当時大学生だった女性が赤ちゃんを土の中に遺棄した東京・港区の公園

「乳児遺棄事件」が後を絶たない。生い立ちや友達関係など、彼女たちが赤ちゃんを遺棄した背景にはいったい何があるのだろうか。「加害者」となった本人、そしてその家族が語ったこととはーー。凶悪事件も含め、2000件以上の殺人事件などの「加害者家族」を支援してきたNPO法人World Open Heartの理事長・阿部恭子さんが、レポートする。

 東京港区の公園でうまれたばかりの赤ちゃんの遺体が発見された事件で、先月、23歳の元大学生の女性が逮捕された。女性は地方の大学に在籍しており、就職活動のため上京していた際に羽田空港のトイレで出産。赤ちゃんが泣き止まず、首を絞めたと供述しているという。
 
 本件のような乳児遺棄事件は度々起きているが、過去に「加害者」となった女性たちの生育歴から事件の背景に迫ってみたい。

女友達ができなかった

 会社員の絵美(仮名・19歳)は、勤務先近くの公共トイレで出産し遺体を自宅近くの山林に遺棄して逮捕された。

 絵美には軽度の知的障がいがあった。学校の成績は常に最下位だったが、特に問題を起こす子どもではなかった。中学卒業後、親族が経営する会社に勤務。

 絵美の姉は、成績優秀で、地元ではなく私立の学校に通い有名大学を卒業していた。姉は幼い頃から塾や習い事で忙しく、妹と遊んだ記憶はないという。妹について、親の言いつけはきちんと守る子どもだったと話す。露出の多い服装や厚化粧はせず、早めに帰宅して家事手伝いをしていた。そんな絵美は、両親や姉にとって、家庭では「いい子」だった。

 しかし、地域の人々の印象は違う。

「あの子は小さいときからいつも男の子と一緒。どこにでもついていくって、噂でしたよ」

 絵美は犯行後、妊娠や出産について相談できる人がいなかったのかという質問に、

「女の子の友達がいなかった」

 と話していた。絵美は感情を言語化することが苦手である。ストレートすぎる表現しかできず誤解を生むことも多く、女の子同士の仲間には入ることができなかったという。

 男性と一緒にいるほうがラクだと感じ、いつの間にかセックスはコミュニケーションのひとつに。妊娠も初めてではない。以前は、相手の男性が中絶費用を負担したという。しかも、今回の妊娠は、父親の可能性がある男性はひとりではなかった。それゆえ、男性に相談することもできなかったのだ。

 絵美は、会社でも友達はなく孤立していた。妊娠による体形や体調の変化に、同居していた家族は気が付かなかったのか。

「ちょうどその頃はお姉ちゃんの結婚が決まったばかりで、お姉ちゃんのほうにばかり気が向いて……」

 泣きながら後悔する絵美の両親。しかし、親の意識が姉にばかり集中し、絵美に無関心なのは幼い頃からだった。きょうだいに対する家庭での差別的な対応は、少なからず事件に影響を与えている。

 事件によって、姉の結婚は破談となった。

親に叱られるのが怖かった

「まさか、娘があんなことをしたなんて……。今でも信じられません」

 美奈子(仮名・40代)の娘・奈々(仮名・16歳)は、自宅近くのスーパーのトイレで出産し、遺体をゴミ箱に遺棄した。事件は、加害者は匿名で、大きく報道されることはなかったが、美奈子が生活する地域では大騒ぎとなった。

「鬼畜! 出ていけ!」

 事件後すぐに、美奈子の家には嫌がらせの電話が来るようになった。奈々は犯行動機として、「親にバレるのが怖かった」と供述したという。

 それ以来、美奈子と夫は「虐待親」と呼ばれ、周囲から壮絶なバッシングを受けることになった。奈々には兄がおり、地元の進学校に通っていた。奈々が、兄から性的虐待を受けており、子どもの父親は兄だという噂が流れていた。兄は学校で「レイプ犯」などと罵られ、上履きを隠されたり、同級生から無視をされるようになった。

「私たち虐待なんてしていません……」

 家族には、奈々がこのような事件を起こす心当たりはなかったのだ。

 奈々は、中学時代からいじめを受けており高校に入っても友達がいなかった。クラスメートから無視をされていたが、暴力や嫌がらせを受けているわけではないという理由で、先生に相談しても対応してはもらえなかった。親に相談したこともあったが、「友達を作るより勉強が大事」と一蹴されてしまう始末。

 奈々は、SNSの世界にのめり込み、現実の世界の寂しさを紛らわすようになっていく。奈々の悩みをよく聞いてくれる男性と親しくなり、現実でも会うようになった。会うようになると、嫌われるのが怖くて、肉体関係を拒むことができなかった。生理が遅れていることを打ち明けると、彼とは一切連絡が取れなくなってしまった。

 特に異性との交際に厳しかった母親の美奈子。奈々は、恋愛とは関係なく男の子の友達も欲しかったが、家に電話が来ても取りついてもらえず、高校を卒業するまで交際は厳禁だった。妊娠した事実など、打ち明けられるはずがない。奈々は、ひとりで出産し子どもを処分する覚悟を決めていたという。体形の変化は服装で必死にごまかしていた。

「遺体を発見した人は、あまりのショックで寝込んだ」

「あのスーパーの近くで事故が起きたのは、死んだ子どもの霊が原因」

 事件が周囲に与えた衝撃は大きく、一家のもとには言われなき誹謗中傷が続き、転居を余儀なくされた。

孤立が事件を生む

 ふたつの事件の家族は一定の社会的地位を有し、だらしのない家族ではなくむしろ厳格な家庭だった。子どもを厳しく躾けているが、子どもの抱える悩みには無関心。また、家庭で性の話題はタブーとされていた。

 このような家庭は少なくないかもしれない。思春期の子どもが抱える悩みは複雑で、すべてを家庭で解決することは不可能である。
 
 事件を起こした女性たちは会社や学校で孤立しており、頼れる存在が「男性」しかいなかったのだ。

 ふたつの事件は都市部ではなく人口の少ない地方で起きているが、未婚の女性が産婦人科に行くとすぐ噂になると言われているような地域で、相談できる機関もなく、女性へのサポート体制は脆弱だった。
 
 11月は、外国人女性による乳児遺棄事件も続いた。12日、東広島市で技能実習生のベトナム人の女性が生後間もない赤ちゃんを遺棄したとして逮捕された。19日には、熊本県芦北町で働くベトナム人の技能実習生の女性が、新生児2人を自宅に遺棄したとして逮捕されている。適切なサポートに繋がることができなかった結果であることは間違いない。
 
 乳児遺棄事件の「加害者」となる女性は、いずれも社会的な差別を受けやすく、周囲のサポートが弱い人々である。事件を起こした女性や家族を追いつめても同様の事件を防ぐことはできない。背景に何があったのか、原因究明が求められる。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。