夫の死後、夫の財産はしっかり確保しつつ、義理の両親や兄弟とはバッサリと縁を切れる届け出があるという。“死後離婚”のメリット、デメリットとは?

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夫の家族と縁を切りたい嫁の気持ち

「姑(しゅうとめ)や夫と同じ墓に入りたくない」「姑の世話はしたくない」「義実家と縁を切りたい」……そんな思いがあるならば、チェックしておきたい制度がある。

 俗に死後離婚とよばれ、夫の死亡後、妻が“姻族関係終了届”を役所に提出することで、義実家との関係を断ち切ることができるというものだ。

 夫を病気で亡くしたA子さん(東京都・52歳)は、夫の葬儀の際に義母から「老後のことは頼りにしているから」と言われたという。「顔を合わせれば嫌みと文句ばかり言うような義母。介護など絶対にやりたくない!」と死後離婚を選択した。

 またB子さん(愛知県・49歳)は、夫の生前から夫婦関係が悪く、同じ墓には入りたくない……と、死後離婚を検討しているという。

「ほかのケースでは義両親が金銭的問題をかかえている、義理の兄弟の素行が悪いといった場合も、巻き込まれるのを回避するために死後離婚を選択するなどがあります」と言うのは、『死後離婚』(洋泉社)を著書にもつ特定行政書士の中村麻美さん。

遺産の相続は──

 わずらわしい義実家と縁が切れるのはうれしい話のようだが、気になるのが夫の遺産。

「妻が“姻族関係終了届”を提出しても、夫との関係は変わらず、“死別”のまま。夫の遺産や遺族年金は問題なく受け取ることができるのです」(中村さん、以下同)

 逆に、夫に借金があるなら、死後離婚をしても借金は相続されてしまうので、相続放棄の手続きが必要になる。

 また、妻が姻族関係終了届を提出しても、子どもと亡き夫、祖父母などとの親戚関係にはまったく影響しない。夫の遺産はもちろんのこと、祖父母の遺産相続権もある。祖父母の遺産相続の際には、夫の兄弟がいれば遺産分割協議が必要になることも。

見落としがちな注意点

「まず知っておきたいのは、1度この届け出が受理されると、2度と義実家と親族関係を回復させることはできないということです」

 一時的な関係の悪化から衝動的に死後離婚をすると、後で後悔することにもなりかねない。さらには、姑との交流がなくなることで、夫の墓参りがしにくくなったり、夫の年忌法要に参加できない、などの可能性もある。また自分が姻族との関係を絶ち切っても、わが子と祖父母とは血族のままなので縁は継続する。自分が縁を切ったことで、子どもに何かしらの影響が出る可能性もある。

「義実家への恨みつらみが募れば、メリットばかりに意識が向きがちですが、多角的な見方をしたうえで、慎重に決断したいですね」

手続きは書類1枚で簡単にできる!

 いざ届け出を出そうと思った場合、どのような手順が必要なのだろうか?

「姻族関係終了届という書類と、戸籍謄本、死亡した配偶者の戸籍謄本(死亡記載のあるもの)を役所に出すだけ。あとは認め印さえあれば大丈夫。非常に簡単な手続きで完了します」

 届け出は、配偶者の死後であればいつ提出してもOK。提出期限もない。しかも、姻族に知られることなく、自分の意思だけで届け出を出すことができる。義家族が戸籍謄本をとって調べさえしなければ、絶縁されたことはわからない仕組みになっているのだ。

 旧姓に戻るには“復氏届”という別の届け出が必要になる。子どもの戸籍や名字も自分と同じものにしたい場合は、家庭裁判所に子の氏の変更許可申立書を提出し、許可が下りたら、役所に入籍届を提出する……と少々複雑になってくる。

嫁に死後離婚されないために

 ここまでは嫁側の立場で死後離婚を解説してきたが、ここで姑側からの見方にも触れておこう。

「姑世代はどうしても“家”への意識が強く、お嫁さんはその一部と考えてしまいがち。嫁や子どもは家のルールに従うべき……という意識があるなら、危険信号です」

 介護を100%嫁に期待するのではなく、公的サービスや民間を利用するなど、違う視点も持つようにしたい。孫の教育方針が気になったとしても昔の基準で口を挟むのもタブー。

 遠慮のない態度は、家族のことを思ってのことかもしれないが、嫁側は理解できず、ふつふつと恨みをつのらせているかもしれない。

死後離婚を選択する意味

 と、ここまで死後離婚について詳細に述べてきたが、中村さんいわく「義両親の介護や墓問題で死後離婚を考えている人は少なくないが、届け出を出さなくても回避することは可能」という。

「法的には、特別な事情がある場合を除いて、嫁が亡夫の親を介護したり、扶養しなければいけないという義務は一切ありません。お墓も、夫と同じ墓に入るという決まりはないので、別の墓がよければ自由に選べばいいのです」

 それゆえ、死後離婚は“しがらみを断ち切る”という気持ち的な効果が大きいのではないか、と中村さん。

 夫の死後、残りの人生は自分の好きに生きたい──。姻族関係終了届は、そう考える女性たちのお守りのような制度といえる。

(取材・文/樫野早苗)

《PROFILE》
中村麻美さん ◎特定行政書士。シーズ行政書士事務所代表。葬祭カウンセラーの資格を持ち、葬式や相続についてもわかりやすく解説。『死後離婚』(洋泉社)など著書多数。