(C)2020「五代友厚」製作委員会

「俺に任せろ! 俺についてこい!」

 明治初頭、大阪商工会議所。時代の転換期に職を失った商人たちが怒号を上げる中、三浦春馬さん演じる五代友厚はただひとり、鬼気迫る表情で言い放つ。名誉のためではない、市民の未来のために。商人として成功した彼を信じる者はいない。しかし、五代はそれを現実のものにする。

「五代は今より未来を見つめ、金より情を、利己より利他の精神に生きた男。世界に誇れる美しい日本人の心を持ち、現代日本の基礎を作り出した男です」

 と、『天外者』の田中光敏監督。五代友厚の生涯を映画化するにあたり、「彼しかいない」と直感したのが三浦春馬さんだった。

現場のスタッフも僕も泣いた

「春馬さんは今も戦っている」と、田中光敏監督 撮影/高梨俊浩 

彼は多忙だから、OKをいただいてから会うまでにずいぶん時間がたってしまって。キラキラしたまっすぐな目で、“いっぱい勉強しました。五代って面白い人ですね”と言われました。

 彼は書物を読むだけじゃなく、鹿児島や長崎にも五代を感じに行っていたようです。そのあとも、クランクインまで1年以上もあるのに、毎週のように“五代の殺陣は薩摩藩がやっていた殺陣をリアルにやるんでしょうか?”とか、どんどん僕に質問をぶつけてきました」

 子役から20年余り芸能界を走り続けてきた彼が、なぜここまで純粋で真摯な心を持ち続けることができたのか。田中監督は直接、本人に尋ねた。

クランクアップ間近、ふたりで食事に行ったときに“春馬くんはどうして、そんなにまっすぐなの? どうしてそんなに汚れてないの?”って聞いたんですよ。そしたら“いやいや、そんなことないですよ”って言いながらも“物事に対して一生懸命頑張ってやっていたら、今みたいになっちゃいました”と笑っていました。

 きっと、いろんな葛藤を持ちながら日常の中で、自分のやりたいことをひとつずつ成し遂げていったんだと思います。そういう覚悟とか思いの強さ、まじめさ、謙虚さとか、そういうものがいっぱい彼の中にあった。五代と重なるところが多かった」 

京都の映画村中をトリコに

 台本に書かれていない場面までイメージしていたという。

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「神戸事件で五代が日本とフランスの揉め事の仲裁に入るときあえてフランス人の前で侍たちに切腹をさせるというシーンがあったんです。確か2回目に会ったときかな、“五代が介錯をやったらどうでしょうか?”って突然、彼がやりだしたんですよ。美しい所作だった。

 そのシーンは改稿でカットしてしまったので、次に会ったときに春馬くんに謝りました。彼は常に一歩前に踏み出して、みんなと一緒にもの作りをしたいっていう意思を明快に出してくれました。それが映画の随所に出ています。すごく頼りになった座長です

 春馬さんの演技力、集中力の高さにも驚かされたという。

「なかでもお母さんが亡くなって生家に駆けつけたシーン。あそこで泣いてるシーンは、サイズを変えて、2回同じ芝居を撮っているんです。春馬くんの集中力だったらできると思って。実際、感情も表情もすべて2回ともものすごいいい芝居でやってのけた。現場のスタッフも僕も泣かされましたね。そのときに、この『天外者』は三浦春馬でいける! っていうふうに確信した。本当にひと皮もふた皮もむけたというか、いろんな感情や表情を出してくれました

 五代が泣くシーンは数回あるが、すべて違う泣き方をしていることに気づく。気迫のこもった大胆な演技と、繊細で複雑な表情、佇まいでの表現。また、絵画のように印象強いキメの画に、何度も目を奪われる。

それは彼の努力の賜物です。特に殺陣は、撮影の3か月くらい前から忙しい中、京都の撮影所に来てくれて。殺陣師さんやJACの役者さんたちと一緒にイチからみんなで練習をしました。

 本人は時代劇で初主演することを不安がっていましたが、立ち回りが見事で、京都のみんなが目を丸くするほどアッという間に映画村の中に溶け込んでトリコにした。こんなに美しい主演は久々だな、春馬くんにはこれからも時代劇の主演がくるんじゃないかって話をみんなでしていたので、それだけにショックでしたね……

彼は逃げ出したわけではない

 五代のセリフに「勇敢に戦って敗れた国はまた起き上がれるが、逃げ出した国に未来はない」というものがある。これほど作品を愛した彼が、はたして“逃げ出す”だろうか?

「そうですね。本当のことはわからない。ただ、ひとつだけ思う。決して彼は逃げ出したわけではないと。春馬くんはこのスクリーンの中で勇敢に戦っているし、ここに生きている。その証を、爪痕を残してくれていた」

 春馬さんが完成した作品を見ることはかなわなかったが、一部、見ることができた。

「ラストの会議場のシーンのアフレコで、1日来てもらったんですね。そのシーンを見せたら、本当に意外だったんですけど。フッと立って、チラッと僕のほうを見て“いやあ、いろいろ思い出すな~”って涙を流していたんです。“いやあ、感動する。俺、頑張ったんですよ、なんかこれだけで泣けちゃうな”って。それが彼と会った最後になりました

 今、世界は混迷の渦中にいる。夢のある未来のため、清く正しく美しく、日本人らしく。みんなで力を合わせて進むんだ、三浦春馬さんがそう伝えてくれているように思えてならない。

・撮影エピソード

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「遊女のはる(森川葵)を背負って海を見に行き泣くシーンも印象的でした。春馬くん、リハーサルのときもずーっとはるをおぶったままなんです。はるの芝居の打ち合わせをしていても、おぶったままで。「下ろしたほうがいいんじゃないの、疲れるぞ」って言っても「大丈夫です、はるを背中に感じていたいんです」って。「このあと春馬くんの気持ちの流れ撮っていくけど大丈夫?」って言っても「大丈夫です」。結果、一発OKですからね。すごい集中力ですよ

坂本龍馬役の三浦翔平とはプライベートでも親友同士で息の合った演技を見せた
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『天外者』
2020年12月11日(金)より
TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

取材・文/原田早知