かつてここまで、ひとつの言葉が一瞬にして意味が変わってしまったことがあったらろうか? そもそもゴージャスで縁起がいい言葉の代名詞だったはずなのに……。ウィルス以外の“コロナ”の現状。そして、今後の付き合い方とは──。

長野県佐久市にある「味蔵コロナ食堂」。3代目店主、須藤仁志さんは「70年以上、この名前ですからね。ウイルスのほうが新参者なのに」

 新型コロナウイルスの脅威は、いまだおさまる気配を見せない。また、ここへ来て東京や北海道、大阪など大都市部での感染者数が再増加し始めており、私たちの心から不安が完全にぬぐい去れる兆しはまったく見えない状態だ。

「もう“コロナ”なんて言葉、見たくも聞きたくもない!」なんて人も多いことだろう。

 しかし、その“コロナ”という言葉のせいで、ウイルス感染とはまったく別のベクトルでとんだとばっちりを受けてしまい、理不尽なつらい思いをしている人々がいることをご存じだろうか?

「世界には、もともと数えきれないほどの“コロナ”が存在したんです。それが、ウイルスひとつですべてがネガティブなイメージを持つことになってしまった。“言霊”とはよく言ったものです」

 こう語るのは、著述家の岩田宇伯(たかのり)さんだ。岩田さんは、10月に著書『コロナマニア』を発売。著書の中で、その名称のせいであらぬ風評被害を受けてしまった、国内外の“コロナ”を紹介している。

『コロナマニア』著者の岩田宇伯さん。中国の最新事情にも詳しい。

「今年の2月に、たまたま地元の愛知県内で『喫茶コロナ』という店が目についたんですね。でも、その店の入り口に『店主が病気のために休業中』という貼り紙があって、ちょっと疑問を抱いたんです。本当かもしれないけど、その名前のせいでいろいろと支障があったのではないだろうかと。

 その後、何気なく地元の“コロナ”という店を調べてみたら、実際3軒つぶれていたんです。政府による4月の休業要請の前のことです。これは何かあるな、と。そこから、“コロナ”という名前の団体を本格的に調べてみようと思いつきました」

“コロナ”の意味が変わってしまった

 調べてみると、岩田さんが思っていた以上に“コロナ”は世界中に存在した。

「レジャー複合施設『コロナワールド』にある『コロナの湯』に行ったら、お客さんがほとんどいない状態で。そのころはまだ面白半分なところもあり、“貸し切り状態だな”なんて喜んだりしていました。

 でも、調査を進め、風評被害に遭っている当事者の方々の話を聞くにつれて、『この現状はのちのためにも残したほうがいいんじゃないか』と思い始めていたところ、知り合いの編集者から企画を持ちかけられたんです」

 そもそも“コロナ”とはラテン語で「王冠」のこと。太陽の燃えさかっている部分も、冠になぞらえて「太陽コロナ」といわれている。つまり本来ならば、ゴージャスさを表し、勢いもあり、とても縁起のいい意味なのだ。

 この本を岩田さんに依頼した編集者の濱崎誉史朗さんは、出版の意義についてこう話す。

「“コロナ”ほど、歴史上、一瞬で意味が変わってしまった言葉は今までなかったのではないかと思っています。日々言葉を扱っている編集者としては衝撃の事態です。ひとつの言葉の死、あるいは突然変異を見届けました。

 今後は以前と同じ感覚で“コロナ”の語感に立ち返る事が不可能になったため、後世への記録としてあらゆるコロナを集めて、書籍に残す意義を感じたのです。いわば歴史書でもあります」

 “コロナ”という言葉に、ある程度の衝撃を感じるようになった私たちも、歴史の証人となったといえるだろう。

ウイルスのほうが新参者なのに

 この事態について、当の“コロナ”さんにはどのような変化があったのだろうか。長野県佐久市にある「味蔵コロナ食堂」の3代目店主、須藤仁志さんに話を聞いた。

「今年の3月くらいから、SNSに面白半分に店舗の写真をさらされたり、茶化した投稿をされたりしました。営業中や夜中など、頻繁にいたずら電話がかかってきたりと、本当に困りましたね。そういうことをする前に、送信したり、電話していいものか、5秒待ってほしいと。そうしたら自分が今からやろうとしていることは意味のないバカげたことだと気づくと思うんですよ。

 とはいえ、5月に『テラスハウス』の出演者が自殺した一件があってからは、ネット関連のいたずらはパタっとやみましたね。うちの名前がおもしろいだの変だのって騒いだのは、みんな地元以外の人間ですよ。地元の人は“コロナさん、大変だねえ”なんて言いながら来てくれていたし、休業要請のときも持ち帰り料理の注文が結構あったんです

 おかげで前年比の売り上げ減は約48%で、50%以下ではなかったため、「定額給付金の支給申請はしなかった」という。

 当初、須藤さんの祖父が「甘味処コロナ」の名前で店を始め、途中で「味蔵コロナ食堂」としてから70年以上はたつ。揚げるのに10分以上はかかるという、まさに太陽コロナのように見事に丸いかき揚げや、独自の味つけがおいしいソースかつ丼。地元はもちろん、県外のツーリング客などにも「名店」として知られている。

「​(“コロナ”という名前に)『大変だね!』『縁起悪いね!』『変えないの?』なんて言われるけど、70年以上、この名前ですからね。ウイルスのほうが新参者なのに。

県から配られた「新型コロナ対策推進宣言」の貼り紙。「うちの店名を書くと、ギャグとしか思えないんですけどね」(須藤さん)

“COVID-19”なんて名称、どこもまともに使ってないですよね。『武漢熱、といった特定の地域を指定するような言い方は人権侵害になるからやめましょう』なんて言ってる人たちもいるけれど、じゃあうちみたいな個人の“コロナ”はいいのかと」

 最近は、風評被害をニュースで知ったという人たちから、応援の電話や手紙が届くという。

「ありがたいんですけど、営業時間内の電話はちょっと……。うちは自分と母親と、二人っきりで回している店なんで、忙しいときに関係ない電話は実際困ってしまうんですよね。

 この前なんて、電話がかかって来たときに、かき揚げの注文で立て込んでいたので『すみません、いま昼時で忙しいので……』と言ったら『せっかく電話してやったのになんだその態度は!』って、逆ギレされてしまったんですよね。これも、電話する前に5秒待ってほしいですよね」

 今後も「もちろん店名を変えるつもりはない」という須藤さん。今年初めには、そろそろ看板や店舗をリニューアルしようと、太陽コロナを模した新たなトレードマークも考えていたという。

「ウイルスにも似ているので、なんか使いづらくなってしまって。でも、アマビエみたいに御守りとして話題になってくれるといいんだけど。ステッカーとかにして売って、コロナに負けなかった店にあやかれる、って(笑)」

不安でIQが下がっている人々

“コロナ”という言葉に必要以上におびえ、意味のない攻撃をしてしまう人は、どんな心理状態なのだろうか。精神科医でライフサポートクリニック院長の山下悠毅(ゆうき)さんによると、「人は不安な場面に遭遇すると前頭前野の血流が低下しIQ(知能指数)が下がってしまう」という。

「そして劣等感や被害者意識が強い人ほど些細(ささい)なことで不安を感じてしまうため短絡的・衝動的な行動をとってしまうのです。

 彼らは、“ひょっとしたらこれは自分の勘違いかも”と考えることが苦手なため、自己本位な言動を繰り返してしまうのです。結果、多くの方と衝突を繰り返し、ますます劣等感や被害的な自意識を強めてしまうのです」

 味蔵コロナ食堂に電話やSNS攻撃をしかけた人々には、このような心理が考えられるという。

「おもしろいものを見つけた、ということで、ほかの人より優位性をとり、不安を打ち消そうとしていたのでしょう。また、応援の電話をかけてきた方も実は同様の心理状態といえます。自分自身が不安だから、相手の立場を考えず、すぐに電話をしてしまった、と考えられます」

 山下さんはこうも続ける。

「コロナ禍という、先が見えない状態は、誰にとっても自己本位な言動に陥りやすいものです。そこで何か感情を揺さぶる情報を目にした際には“まずは見守る”を習慣にしてほしいのです。不安によって一時的に下がった前頭前野の血流は、時間とともに必ず回復し、最良な言動をとることができるからです」

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「言葉という、形のない存在が人に与える影響力の怖さ、そして不安におびえると急激に思考力が低下してしまうという人間の愚かさが、あぶり出されているのが現在なんでしょう」と岩田さんは語る。まさに太陽コロナの炎にあぶりだされたかのように──。

「でも、それを克服してきたから今があるんだと思います。実際、世界中でその兆しは見えてきています。中国では“コロナ撲滅のために戦ってくれている医療関係者の方々を称えよう”という楽曲や番組が大量に作られていますし、世界中で“コロナ”を題材にした作品が次々と発表され始めています。

 日本はまだ、マスク警察が幅をきかせている、同調圧力の強い国ですから、いささか出遅れている感がありますが……。私はこれからも世界中の“コロナ”を観察し続け、応援し続けたいですね」

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