加奈さんは相次いで受けた性暴力が死にたい気持ちにつながっている

 長引くコロナ禍の下、自殺に追い込まれる人たちがあとを絶たない。なかでも「異常事態」と呼べるほど急増しているのが、10代~20代の若い女性。彼女たちに今、何が起きているのか、もうひとつの「命の危機」に迫る!

家にいることが多くなり息苦しさが増した

〈死ぬことに決めた。踏切に行く〉

 フリーターの加奈さん(仮名=20)は今年8月の中旬、そうツイッターに投稿した。手首を切り、血を流しながら私鉄の踏切に入った。昼間のためか運転手が気づいて、電車は間一髪で停止。救急車で運ばれた加奈さんは手首を50針縫い、そのまま措置入院となった。

 自殺未遂は初めてではなかった。一緒に暮らす家族の中では「居場所がない」「人生うまくいかない」と、日ごろから感じていた。

 8月初旬の夜8時ごろ、公園で薬と酒を飲み、加奈さんは首を吊ろうとした。しかしロープがはずれ、気づけば地面に横たわっていた。そこへ見知らぬ男が通りがかり、性被害に遭ってしまう。

被害に気がついていたんですが、薬が効いていたので身体に力が入らず、抵抗できませんでしただんだん意識が途絶え、目が覚めたら朝でした

 加奈さんが「死にたい」と思い始めたのは、これより以前に性被害に遭ってからのことだ。家では親から暴力を受けケンカも絶えなかった。そんな中で高校を中退し、進路に迷っていた17歳のころ、インターネットで知り合った男性に相談した。

最初は話を聞いてくれましたでも、しばらくすると“進路に関する資料があるから部屋においで”と言いだして、ついていくと態度が変わったんです抵抗したんですが、相手はやめませんでした」(加奈さん)

 同じころ、自宅にいづらくて夜、近所を散歩していると性被害にあったこともある。次第に、「死にたい」と思う感情が芽生えていった。

 自殺未遂を繰り返したのは、新型コロナウイルスの感染拡大によるステイホームや自粛ムードが影響していた、と加奈さんは言う。

好きなときに家の外に出られず、行動が制限されて息苦しかったです6月ごろ、熱が出てPCR検査を受けました結果は陰性でしたが、さらに行動制限がされ、家にいることが多くなり息苦しさが増したんです死ぬことしか考えられなくなり、7月には首吊りを何度も試しました

 冒頭の自殺未遂後の入院では、精神的に不安定なときがあり、暴れて、身体を拘束された。次第に落ち着いたものの、退院後は再び、自殺ばかりを考え続けている。

もう心が疲れちゃったから

 高校生の亜実さん(仮名=16)の家族は、ちょっとしたことでケンカが起きる。先日も洗濯物を片づけるのが遅れたとき、母親が「そこに座れ」と言い、叱責し、ドライヤーを投げつけた。母親の怒りがおさまらないところへ父親も加わり、殴られることもある。

 ただ、両親はともに医療や介護の仕事をしているので、緊急事態宣言中は家族がそろうことも少なかった。そのため、亜実さんの精神状態は落ち着いていた。

 しかし、10月になって学校がテスト期間に入ると部活もなく、家にいることが増えた。兄は大学受験で落ち着かない。そのうえ、医療・介護従事者である両親はコロナ感染拡大でストレスがたまったのか、ケンカが増え、家じゅうが殺伐としていた。最近も兄と姉が殴り合っていたのに、母親は止めない。

 そんな家族内のストレスが増えたとき、亜実さんは、スマホのメモに心情を綴ることがある。

亜美さんはリスカをすると一時的に自殺衝動がやわらぐ

もう耐えられないから もう心が疲れちゃったから もう生きている気力がないから もう死のう……

 別の日、その言葉のあとに〈今は安定期、だからまだ頑張れる。けど、悪い波が来たら? またリスカするの? それでまたまた後悔するの? そんなんだったら死のうよ。もう頑張らなくていいんじゃない?〉と、自問自答のようにつけ足した。

 自室で、手首をカッターで傷つけることもあるが、両親に見つかったことはない。

部屋のドアを開かないようにしてリストカットします親にバレたら、殺されそうですでも、血のついたティッシュを母親が見つけたことがありますそのときは、転んで鼻血が出た、と言ってごまかしました」(亜美さん)

 メモに綴ることとリスカ以外のストレス解消は、公園にいること、少し遠い駅まで数時間、何も考えずに歩いて往復すること。

「死にたい気持ち」を友達に相談したことはない。

“死にたい人”と思われるのがイヤです学校では“何も考えていない元気なキャラ”として通っていますし、かまってちゃんと思われたくないですね友達には迷惑をかけたくないですから

ステイホームで逃げ場がなくなった

 警察庁によると、今年10月の自殺者数は2158人。これは新型コロナの年間死者数2382人(12月8日時点)に、ほぼ匹敵する。

 とりわけ、女性の自殺者が急増している。8月には669人、前年同月に比べて1・7倍に増えたが、さらに10月には851人に膨れ上がり、前年同月比で1・8倍の増となった。

 なかでも目立つのが、10代~20代の女性による自殺だ。特に8月は、前年同月比で女子中学生は4倍増、女子高生は7倍増、9月は女子大生が1・5倍増。コロナ禍の今、なぜ若い女性の自殺が増えているのだろうか?

 若者や女性の自殺リスクについて分析する『中曽根平和研究所』の高橋義明・主任研究員は「自殺未遂や“死にたい”と言っている人を分析すると、コロナ禍以前から自殺のリスクが高まっていました」と話す。

 高橋研究員がリーダーとして参加した日本財団の2016年調査では、20歳以上の男女の4人に1人が「死にたい」と考え、若年層ほど女性の比率が高かった。1年以内の自殺未遂経験者の推計は53万5000人。このうち女性の49%、男性の37%は、自殺未遂をした回数を「4回以上」と回答している。

「日本の年間自殺者のピークは'03年で約3万2000人。そこから減少傾向にありますが、男性が減ったのに対し、女性は横ばい状態でした。女性の自殺は数としては目立っていなかったものの、もとからリスクがあり、それがコロナ禍で表面に現れるようになったのです」(高橋研究員)

 若年層の自殺の理由として、著名人の自殺報道が続いたことも指摘される。ただ、'16年調査では、自殺未遂の原因で多いのは家庭問題や健康問題。'19年調査では、自殺念慮(死にたい気持ち)の原因として4人に1人が「いじめ」と回答している。

著名人が自殺をすると若年層ほど影響があると言われていますが、そのベースには自殺念慮があります特に、いじめ被害の経験や家族内の虐待がリスクになります調査では、家族問題を理由に未遂をしている人が多かったのですが、コロナ禍を考えると、ステイホームによって家族と一緒にいる時間が増え、逃げ場がなくなった可能性があります

外出自粛で家族からの逃げ場を失った女性たちは少なくない

 10代、20代の女性を対象にSNS相談を行っているNPO法人『BONDプロジェクト』の代表・橘ジュンさんは、「相談には“死にたい”“消えたい”という内容が以前から多い。ただ、相談をしてきた女の子たちが自殺したという情報にはなかなか接しません。仮に女の子が亡くなったとすれば(自分たちに)何ができたのか? という気持ちになります」と話す。

 同団体では6月、コロナ禍の影響について、会員登録している9500人を対象にアンケートを行っている。回答した950人のうち、家族やうちのことで困ったことがあったは59%さらに内訳を見ると、イライラをぶつけられるが32%で最多このほか家族の暴言を吐かれるが22%、叩く、蹴る、引っ張られる、物を投げつけられるが8%で続いた

自殺衝動をごまかすためにパパ活

 大学生の美咲さん(仮名=20)は、同団体の居場所を訪ねたことがある。「話を聞いてくれた」という実感はあるものの、自殺衝動は消えなかった。

〈今までありがとう〉

 5月下旬の昼間、美咲さんはツイッターでこのようにつぶやくと、公園で市販薬の過量服薬(オーバードーズ、OD)で自殺を図った。しかし、共通の好きなアーティストがいるツイッター友達から心配するメッセージが届いた。

「急にツイッター上からいなくなったと思われないように、ツイートしました。でも、友達からのメッセージを読んで“迷惑をかけちゃいけない”“自分のせいでトラウマになってほしくない”と思って、それ以上、薬を飲むのをやめました」(美咲さん)

 この後、精神科病院に入院した。母親には「本当に死のうとしてないでしょ」と言われ、心配された実感はない。

 美咲さんは小学校低学年のころから中学2年まで、兄から性的虐待を受け続けた。これが自殺願望の源だ。

美咲さんがODを繰り返しても母親は関心を示さない

兄から“誰にも言うな”と言われて従っていました中1のときに母親に見つかったんですが、兄はやめず、中2のときに担任に相談でき、児童相談所に保護されました

 その後、兄と一緒に暮らすことはなくなったが、自傷行為が今でもやめられない。

 ODのほか、腕をカッターで切るアームカット(アムカ)を繰り返す。さらには、出会いアプリで不特定の男性と会い、パパ活をする。

8月下旬に退院したあとも死にたくなり、9月は6回、10月は4回、ODをしましたアムカやパパ活は、死にたい気持ちをまぎらわせるためにしています」(美咲さん)

 こうした状況にもかかわらず、両親は娘の心情に無関心。特に母親は「自傷をする人を馬鹿にしている」と美咲さんが感じるほどだ。

入院時に主治医から渡された(病気に関する)資料を読んでいないと思います家族からのサポートは一切、ありません」(美咲さん)

 コロナ禍をきっかけに、それ以前からあった、さまざまな問題があぶり出されている。家族問題も、若い女性たちの自殺リスクも同様だ。

女の子たちはコロナの影響を受けていますね。親と過ごす時間が長く、ストレスをぶつけてくるといいますそれに普段行っていた場所に行けません私たちができることは信頼関係を作り、きちんと聞き取りをして、できることを探すことです」(橘代表)

 感染拡大のムード、仕事や学校のストレス、ステイホームでのイライラ、良好でない家族関係のさらなる悪化……。さまざまな要因で若年女性の自殺が増加した。行政には感染予防だけでなく、自殺願望を緩和させるための対策が求められている。また個人としても、SOSを出して、“死にたい気持ち”を理解する人とつながることが大切だ。

相談窓口
「いのちの電話」 0120-783-556(無料・毎日16時~21時まで)
「BONDプロジェクト」070-6648-8318(10代・20代の女性専用)

取材・文/渋井哲也 フリーライター。栃木県出身。自殺やいじめ、虐待など、生きづらさをめぐる問題を中心に執筆、東日本大震災の被災地でも取材を重ねている。
『学校が子どもを殺すとき』(論創社)ほか著書多数