行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は、夫への不満が我慢の限界に達し、「熟年離婚」を決意した妻の事例を紹介します。

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コロナ禍で増える熟年離婚相談

 筆者はコロナ禍において離婚は少ないものだと思っていました。なぜなら、東日本大震災が起こった10年前も離婚の相談は激減したからです。しかし、実際に蓋を開けてみると10年前とは違い、離婚の相談件数は前年比で同じくらいでした。

 特に多いのは60歳前後の女性(妻)。ちょうど夫が定年を迎え、退職金や年金がある程度は確定し、子育てや住宅ローンが終わり、悠々自適な老後が見えてくるタイミングです。ここで我慢の限界に達し、夫に見切りをつけ、三行半を突きつけたい! そんな相談がコロナという有事にもかかわらず、寄せられたのは驚きでした。

 例えば、夫が泥酔の末、記憶をなくして駅のホームから転落し、救助されたと夜中に電話がかかってくる。パイプカットをしたと嘘をつき、次から次に女を妊娠させて婚外子を作る。サラ金からも見放され、妻の卒業アルバムを悪用し、手当たり次第に旧友へ連絡し、金の無心をする……。

 そんなふうに夫の酒癖の悪さ、女癖の酷さ、そして金遣いの荒さが度を超えている場合、もはや妻にとって「いないほうがいい存在」。いわゆる家庭を顧みない典型的な夫ですが、令和から平成、さらに昭和まで遡ると、この手の亭主関白は決して珍しくありませんでした。しかし、昭和に結婚した夫婦がこの期に及んで縁を切るのなら、それは熟年離婚に踏み切ることを意味します。

 結婚している間は二人三脚。夫の尻ぬぐいに悩まされる代わりに夫の収入や年金、財産を頼りにすれば最低限の生活は保証されるでしょう。しかし、離婚すれば夫のわがままに付き合わされずにすむ代わりに夫の経済力を失います。

 もちろん、離婚に伴って年金や財産など多少のお金は手に入りますが、必ずしも十分というわけではありません。先行きが見えないコロナ禍で離婚はリスクが高い行動と言わざるをえないでしょう。とはいえコロナの有無にかかわらず、夫の存在に悩み、苦しみ、傷つけられることに変わりはありません。まずは離婚してもやっていけるのか。今後の生活に見通しを立てることが先決です。夫に愛想が尽きた妻はどうすれば離婚を切り出すことができるでしょうか?

<登場人物(相談時点、全て仮名)>
夫:公平(59歳。会社員。年収750万円)
妻:美由紀(58歳。保険外交員。年収460万円)
子ども:美憂(28歳。公平と美由紀の長女。会社員。年収350万円)
夫の母:節子(84歳。年金生活者)
妻の父:義男(81歳で逝去)

60歳を迎える夫の給与が激減

 美由紀さんが離婚を決断したきっかけは夫が持ち帰った給与通知書を見たこと。今まで夫の手取りは月45万円だったのですが、来月からは35万円、役職定年となる来年からは26万円へ下がることが通知されたのです。美由紀さんはこのことで夫と交わした約束が「破られる!」と思いました。どういうことでしょうか?

 美由紀さん夫婦は自宅マンションを購入するとき、美由紀さんの父親が頭金として400万円を出してくれたそう。夫はうれし涙を流し、「お義父(とう)さん、必ず返しますから!」と言い切ったのですが、夫は今の今まで頭金を返したことはありません。そんな中、末期がんで闘病中だった美由紀さんの父親が今年5月に逝去。感染対策で美由紀さんは父親の死に目に会えず、そのまま荼毘(だび)にふされたのです。「父に何と詫びていいか……これで終わりじゃないんです! 夫から頭金を取り立てたいと思っています」と意気込みます。

 なぜ、夫は頭金の返済を無視し続けたのでしょうか?

 美由紀さんは夫の金銭感覚に悩まされ続けてきました。例えば、遊ぶ金欲しさにカードローンの極度額を超えたり、返済延滞で利用を止められたりするたびに美由紀さんに金の無心をするのです。夫の借金を肩代わりするのは日常茶飯事でした。美由紀さんが拒否すると夫は「使えない妻は用なし」とばかり家を飛び出したそうです。そして今年で別居3年目。

 一方で夫の母は市営住宅で1人暮らしをしていたのですが、今年になってバスの降車時に足を踏み外し、粉砕骨折の重傷を負いました。義母はすでに白内障の影響で視力に難がある状態で、退院しても夫が自宅で引き取ることは難しく、施設に預けざるをえなかったようです。しかし、夫は義母の施設費(月12万円)が重荷になり、頭金の返済金を捻出することができなかったのです。

 とうとう美由紀さんの堪忍袋の緒が切れたのは、夫がFXの信用取引で大損をし、微々たる老後の蓄え(100万円)を失ったからです。「もう終わりにしてください。あなたの家の玄関に離婚届を置いてきたので書いてください」というLINEを夫へ送りつけたのです。

年金を試算し、退職金の使い道を約束させる

 美由紀さんから離婚相談を受けた筆者は、老後資金確保のための施策を考え、まずは「年金事務所で年金分割の試算を取りましょう」とアドバイスしました。50歳以上の場合、年金事務所で年金の試算(今すぐ離婚したら年金をいくら受給できるのか)を出してもらうことが可能です。夫婦の戸籍謄本、どちらかの年金手帳を持参すると無料で「年金分割のための情報通知書」を発行してくれます。試算によると全期間の夫と妻の厚生年金の合計額を夫5割、妻5割で按分すると美由紀さんの年金は月7万円増え、15万円になることが分かりましたが、年金だけで暮らすのは無理です。

 さらに筆者は「会社に問い合わせて企業年金の有無を確認しましょう」と助言しました。美由紀さんが夫の勤務先の総務部に確認したところ、夫には厚生年金だけでなく企業年金があることを教えてくれたそうです。

 具体的には毎月10万円を終身で受け取ることができるタイプでした。例えば、60歳から80歳まで受け取った場合、合計で2400万円になります。美由紀さんは夫に対して企業年金の半分を要求したのです。

 それから筆者は「退職金の使い道を約束させましょう」と伝えました。美由紀さんは夫との間で「頭金400万円は退職金で返す」という約束を交わしていたのですが……前述のとおり、夫の収入は来年以降、減ることが決まっています。収入の減少に合わせて、生活水準を下げてくれればいいですが、あの夫の性格です。生活水準を維持し、不足分を借金で穴埋めする可能性があります。これでは本当に退職金を頭金返済に充ててくれるかどうかも疑わしいところです。守銭奴の夫に大金が入ったら気が大きくなり、大枚を叩いてしまうことが懸念されます。

 美由紀さんいわく、夫は行く先々で揉めごとを起こすトラブルメーカー。今まで仕事は長続きせず、転職を繰り返したのですが、最も長い今の会社でさえ勤務15年。退職金は1000万円にも満ちません。そこで筆者は「退職金の約束は定年前にしたほうがいいですよ」と説明しました。美由紀さんはこれ以上、我慢する必要はないと思い、夫の定年を待たずに離婚を切り出したのです。夫にきちんと約束を守らせるには「夫が妻に400万円を渡す」という公正証書を作成しなければなりません。そうすれば美由紀さんは夫の退職金の4分の1まで差し押さえることができます(民事執行法152条)。

 ここで注意しなければならないのは離婚せずに資金移動をしたら贈与税がかかることです。結婚している夫婦間で400万円を授受すると贈与税がかかります。一方、離婚した夫婦間における財産分与は原則、贈与税の対象になりません。「あなたの言葉は信用できないし、約束を守ってもらうには離婚するしかない」と詰め寄り、公正証書に署名させることに成功したのです。

夫の住宅ローンを引き受ける代わりに自宅を所有

 そして美由紀さんは引き続き、自宅に住み続けることを望んでいました。実際のところ、夫のように一度、家から出て行くと、どの面を下げて戻ってきていいのかわからないので、そのまま別居が続くことが多いのです。そのまま離婚に至った場合、美由紀さんが家の権利を得やすくなるという有利な状況が整っていました。

 夫は自分の住まない家の住宅ローン(夫の単独債務で月10万円の返済。A銀行)を相変わらず返済していたそう。まるで「こうやって家族を支えているのに離婚される筋合いはない」と言わんばかりでしたが、「完済した暁には売って金にしよう」と浪費家の夫が企んでいるのは明らかでした。

 そこで筆者は「査定をとって売却を防ぎましょう」と助言しました。現在、住宅ローンの残高は1000万円。2019年12月の査定額はオリンピックの影響か1200万円の高値でした。しかし、2020年12月に再度、査定を依頼したところ、800万円まで下落していました。これでは200万円の損失が発生します。日々の返済に汲々とする夫が200万円の現金を用意したり、借入をしたりして穴埋めをするのは不可能です。そのことを踏まえた上で、夫の住宅ローンを美由紀さんが引き受ける代わりに自宅の所有権を夫から美由紀さんに譲渡する。この条件で離婚してほしいと投げかけたのです。

 ここで大事なのは住宅ローンの債務者変更は別の銀行で行うことです。美由紀さんは前もってB銀行で「もし離婚したら」という前提で仮審査を申し込み、承諾を得ていました。債務者を変更する場合、同じ銀行より別の銀行のほうが審査は通りやすいです。遅かれ早かれ、夫の返済は止まりそうだから、それなら今、手を打ちたいと美由紀さんは考えていたようです。夫としては毎月10万円が浮くという好条件です。ようやく「ローンを払っていれば離婚しなくていい」というプライドを捨て、目の前のニンジン(月10万円の負担減少)に目がくらみ、そのニンジンをくわえた……つまり、美由紀さんの希望する条件に承諾したのです。

熟年離婚を実現するには事前の準備が必須

 こうして美由紀さんは自宅、退職金、そして厚生年金と企業年金を手に入れることができました。自宅の評価額は住宅ローンの残債より低いので資産価値がないとしても、娘さんにとっては「実家」なのでプライスレスです。美由紀さんが80歳まで生きた場合、厚生年金は1260万円(月7万円×15年)、企業年金は1200万円(月5万円×20年 ※ただし、美由紀さんが80歳になるまで夫が生きている場合に限る)、そして退職金の取り分は400万円なので2860万円を入手した計算です。

「娘も私もずいぶん楽になりました。今は娘と自分のことだけを考えればいいので、とても楽になりました。今まではほのぼのとテレビを見る暇もなく、時間に追われて日々が過ぎていったので。女同士、前向きですよ!」と美由紀さんは力強く語ってくれました。

 熟年離婚(同居35年以上)は42年で約20倍に膨れ上がっており(昭和50年は300組、平成29年は5944組。厚生労働省調べ)、決して他人事ではありません。熟年離婚を実現するには事前の準備が必須です。美由紀さんはじっくりと時間をかけ、きちんと準備をし、十分な老後資金を確保した上で離婚することができました。

 しかし、今すぐ離婚しなければならない切迫した事情を抱えている場合もあります。昨年、老後2000万円問題が世間を騒がせましたが、年金とは別に2000万円の蓄えが「ない」から離婚できないと決めつけるわけにはいきません。資金の確保より離婚の成立を優先しなければならないケースもあるのです。どのくらいの資金を準備することができるのかは各人の事情によります。限られた時間のなかで可能な限り、多くの資金を手にし、再出発してください。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/