野村沙知代さんの写真を破こうとする浅香光代さん

 昨年もいろいろな騒動があった。なかでも象徴的だったのが、アンジャッシュ渡部建の多目的トイレ不倫だ。

 ゲス不倫としても空前絶後だったが、鎮火のための会見がますます油を注ぐことに。また、その会見では取材陣も槍玉にあがった。特に「われわれもガキの使いで来てるんじゃないので」と発言した男性に「つまんない」「エラそう」といった声がネットで続出。フルボッコされた芸人をボッコしたマスコミを大衆がボッコする構図となった。

 そんな年の暮れに亡くなったのが、浅香光代さんだ。膵臓がんによる、92歳での死だった。女剣劇のスターとして生きた彼女は、約20年前のミッチー・サッチー騒動の主役でもあり、追悼の意味もこめて今回、取り上げてみる。

ミッチー・サッチー騒動の発端

 この騒動は'99年3月に勃発。当時、衆院選に担ぎ出されるほどの人気者だった野村沙知代さんに対し、浅香さんが自身のラジオ番組で「いったい、何様のつもりだってぇの」とキレたのが発端だった

 その翌日、浅香さんは『週刊女性』のインタビューに応じ、キレた理由をぶちまけている。これによると、野村さんのわがままで金に汚く高圧的な態度に嫌気がさし、告発したという。

 そこには、野村さんが少年野球チームのオーナーであることを利用し、親から集めた金で私服を肥やしていることなどが挙げられているが、何より浅香さんを怒らせたのは政界進出だった。衆院選で次点に終わったあと、都知事選出馬を打診された野村さんが「この腐った日本の世直しをしたいのよ」と言ったことについて「何が世直しだ」「ツラの皮ひんむいてやる!」と、まくしたてたのだ。

 浅香さんが火をつけた騒動は未曾有の大火に発展。美川憲一にデヴィ夫人、十勝花子さん、渡部絵美、さらには野村さんの実弟までもがさまざまな告発を行い“被害者の会”が結成されたかのような状況となった。

 しかし、そんな“サッチー包囲網”にも野村さんはひるまない。プロ野球の名監督である夫・野村克也さんや政界に誘った小沢一郎のような大物が背後にいるからか、強気な姿勢を崩さず、しぶとく立ち向かった。その対決はまさに、浅香さんの本業である女剣劇を思わせるものだ。

 とはいえ、このバトルのなかで野村さんの経歴詐称が発覚。衆院選の繰り上げ当選の権利を辞退することになった。さらに、2001年12月には脱税容疑で逮捕されてしまう。これにより、騒動は収束するわけだ。

浅香さんと野村さんの関係性

 結果として、浅香さんは野村さんの「ツラの皮」をひんむくことに成功したといえるが、'17年に野村さんが亡くなると、こんなことを口にした。

あたしよか長生きすると思ってたのに、人間ってわからない。(略)あの度胸はなかなかない。万分の一でも、もらいたい

 一方、野村さんも「浅香光代を全国区にしたのは私よ」と語っていたらしい。今となってはこの騒動、どこか爽やかにすら感じられるのは、プロ同士のケンカだからだろう。大衆はあくまで見物人だったところが、最近の騒動との違いだ。

 というのも、ネット社会ではそのケンカに大衆も参加しやすく、その反応で勝負がすぐについてしまう。マスコミはそれに乗っかり、負けたほうを集中砲火できるからだ。プロのケンカをじっくり楽しむ余裕は、マスコミにも大衆にももはやないのである。

 ミッチー・サッチー騒動のような有名人同士のガチバトルは、浅香が愛した女剣劇のようにすたれていくのかもしれない。

PROFILE●宝泉 薫(ほうせん・かおる)●作家・芸能評論家。テレビ、映画、ダイエットなどをテーマに執筆。近著に『平成の死』(ベストセラーズ)、『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、『あのアイドルがなぜヌードに』(文藝春秋)などがある。