「うちは仲がいいから問題ない」「争うほどの財産もない」と思っていても、いざそのときがきたらトラブルになりがちな相続問題。誰もが知っている「サザエさん」一家のキャラクターを使いながら、円満な相続の基本を学びましょう。

 

相続は“もめる”前提で今のうちにしっかり対策!

「どんなに幸せな家族でも、遺産相続はもめるものです」

 というのは、弁護士・税理士の長谷川裕雅先生。

 ひと昔前と比べて相続問題は身近な問題になっている。長谷川先生の弁護士事務所でも、遺産に関する相談が増加の一途をたどっている。

「もめることを前提にして、生前にしっかりと対策を練っておくことをおすすめします。相続財産を残す側と残される側、親世代と子世代の双方が、じっくり話し合える機会を持つことが理想です」(長谷川先生、以下同)

 しかし、相続に関する事柄は専門用語も多く、複雑で理解しづらいのも事実。そこで登場してもらうのが、3世代が同居する、“幸せな家族”の象徴ともいえる磯野家だ。

「もちろん、原作の世界といかなる関係もありません。昔から慣れ親しんだ『サザエさん』に敬意を表しながら、登場人物にモデルになってもらい、複雑な相続問題を考えてもらえたらと思います」

もし波平が亡くなったら……相続できるのは誰?

「死亡して財産を相続させる人を『被相続人』、残された財産を相続する人を『相続人』と呼びます。磯野家でいえば、波平が亡くなった場合、波平が被相続人、フネ、サザエ、カツオ、ワカメが相続人となります」

 配偶者や子ども以外にも、相続の権利を得られる人もいる。

「民法では相続人の範囲を規定しており、この範囲に該当する相続人を『法定相続人』といいます」

 法定相続人は「配偶者相続人」と「血族相続人」に分類。

「配偶者相続人とは、被相続人の妻または夫を指し、どんな場合でも相続人になる権利があります。仮に相続開始時に被相続人の配偶者であれば、相続開始後に別の人と再婚しても相続権を失うことはありません。ただし、相続開始前の段階で離婚していると相続権はないので要注意です」

 血族相続人は、被相続人の子ども(実子か養子かは問わない)、孫といった「直系卑属」や父母など「直系尊属」および兄弟姉妹のことだ。

「血族相続人には優先順位があり複雑です。ひとまず、被相続人の配偶者と子どもは優先的に相続人になれることを覚えておくといいでしょう」

【磯野家の場合】法定相続人はどの順位で相続するのか

 ちなみに、波平の双子の兄である海平と妹のなぎえは、被相続人の直系卑属や直系尊属がいない場合、またはいたとしても権利を失っている場合、相続権を獲得できる。

「ひと昔前は、ほとんどの家庭に子どもや孫がたくさんいたため、兄弟姉妹に相続の権利が回ってくるケースは多くありませんでした。ですが、近年は晩婚化や少子化が影響し、兄弟姉妹が相続人になるケースが増えています」

妻のフネは、相続の割合や住まい、税金面で優遇される

 民放では、誰が相続するかだけでなく、それぞれがどれだけもらえるかという、受け継ぐ相続財産の割合(相続分)も定められている。

「『法定相続分』といいますが、その割合は相続人の組み合わせによって異なります。基本的なパターンは、(1)配偶者と子どもが相続人になる場合(2)配偶者と父母または祖父母が相続人になる場合(3)配偶者と兄弟姉妹が相続人になる場合の3つとなります」

 それぞれの相続分については、下図でチェック!(外部配信先で画像が削除されている場合は関連画像リンク先または週刊女性PRIMEの元記事で確認できます)

※半血兄弟姉妹 父母の一方だけを同じくする、いわゆる異父(異母)兄弟姉妹

 どのパターンでもフネの割合がいちばん大きいのは、相続において、配偶者には特別な配慮がされているからである。

「配偶者は、相続開始のときに相続財産である建物に居住していた場合、遺産分割が終了するまでの期間、無償でその居住建物を使用することが可能です。また、2018年7月の相続法改正により、配偶者が居住する建物は、終身または一定期間、使用を認める居住権(配偶者居住権)を、遺産分割で取得することができるようになりました。これにより、遺産分割の結果、建物の所有権を配偶者が持たなくても、居住権により、そのまま生涯、住み続けることができます」

 さらに配偶者は、相続税の申告においても優遇される。

「配偶者が遺産分割や遺贈により実際に取得した正味の遺産額が、(1)1億6千万円(2)配偶者の法定相続分相当額のどちらか多い金額までは、配偶者に相続税はかかりません」

波平にまさかの借金が! 相続は一体どうなる?

 相続で受け継ぐ財産は、現金や預貯金、不動産などのプラス財産だけとは限らない。

「借金や買掛金、未払いの税金、被相続人の医療費や入院費、住宅ローンなどの『債務』も、相続財産に含まれます」

 もし波平に生前、抱えた借金があった場合、フネとサザエ、カツオ、ワカメは、当然その借金も受け継ぐことになる。

「被相続人に借金があることがわかっていながら何も法的手続きを取らず、3か月が過ぎてしまうと、『単純承認』といって『すべての財産を受け継ぐ意思がある』と判断されてしまいます」

 そこで検討したいのが、プラス財産の範囲内で借金を払い、結果的に財産が残ったら相続する『限定承認』と、無条件に相続を放棄する『相続放棄』という方法だ。限定承認と相続放棄は、相続人が相続開始を知ったときから3か月以内に、家庭裁判所での手続きが必要なので注意しましょう。

 相続開始の3か月間で、プラスとマイナスの財産を把握し、きちんと考えることが必要だ。

「相続財産の全部または一部を勝手に売却したり、どこかに隠すと、『法定単純承認』といって単純承認したとみなされ、ほかの2つの選択肢が問答無用で消滅します。手続きが完了するまでは、財産には手をつけないことも肝心です」

波平が遺言書を作成していればよかった!

 相続は、被相続人が死亡したのと同時に、自動的にスタートする。

 そして、細かな作業や必要書類の手続きなどやることがたくさんある。死亡届の提出に始まり、健康保険や公的年金の手続きなどといった法律関係の処理のほか、遺言書の有無の確認、相続人や相続財産の調査など、相続関係にまつわる手続きもある。

「法律関係の処理や相続の手続きは、多岐にわたりますので、漏れがないよう気をつけなければなりません」

 また、複数の相続人がいる場合に「もめるポイント」となるのが、遺産分割である。

「被相続人の相続財産を各相続人の相続分に応じて具体的に割り振りすることを遺産分割といいます。遺産分割を行う方法には、(1)遺言による指定分割(2)協議による分割(3)調停による分割(4)審判による分割の4種類があります」

 遺言があり分割の内容なども指定されている場合は、原則としてその内容に沿って遺産分割が行われる。

 遺言による指定がない場合は『遺産分割協議』といって、相続人全員で協議を行い、具体的な財産分割を決めることになるが、たいていこの協議が争いのもとになるのだ。

「重要なのは、“遺産分割協議は相続人全員の合意が得られないと成立しない”ということです。お互いが自分に都合のよい主張を繰り返すだけでは一向に成立しませんし、相続人と連絡がとれないため話し合いができないということもあります」

 協議がもめて成立しない場合には、家庭裁判所に「調停」や「審判」を申し立てることも必要になってくる。

「財産の所有状況をいちばんよくわかっているのは被相続人自身。ここでいえば波平です。無用な争いを防ぐためにぜひ『遺言書』の作成をおすすめします」

 相続後の調査に無駄な費用や労力を費やさないために、「財産目録」も合わせて作成しておこう。

 

【コラム】サザエ「お父さんの預金が下ろせない!?」

 銀行や郵便局などの金融機関は、被相続人が死亡した事実を知ると、その時点で被相続人名義の預貯金口座を閉鎖、凍結します。以後は預貯金の入出金や公共料金などの引き落としができなくなります。

 サザエがフネに頼まれて波平の口座からお金を下ろしたい……。そんなときは、銀行に必要な手続きを踏まえて相続人であることを証明し、相続分の預貯金の払い戻しの請求をする必要があります。

(2018年7月の相続法改正により、遺産分割前に相続分の預貯金の一部払い戻しができるように。預貯金の一定割合については、家庭裁判所の判断を経ずに銀行の窓口で支払いを受けられるようになりました。ただし、銀行は原則として「法定相続人全員」による払戻請求を求めてきます)

【コラム】波平の生命保険金を受け取るのは誰?

 保険金は、「受取人が誰になっているか」がポイント。

 サザエが波平の遺産を「相続放棄」したとして考えてみましょう。この場合、受取人が波平自身の場合、生命保険金は被相続人の相続財産に含まれるため、相続を放棄したサザエは受領できません。

 ですが、「受取人はサザエ」「受取人は相続人」になっている場合、生命保険金は相続財産に含まれず、相続人固有の財産とみなされるため、相続放棄とは無関係に受け取れます。波平に多額の借金があったとしても、この方法ならサザエに財産を残すことが可能です。

 また、サザエが相続放棄をせず、生命保険金の受け取りがサザエに指定されていた場合は、サザエは法定相続分に加えて生命保険金も受け取れることに。

 

(構成/長谷川英子)

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《PROFILE》
弁護士・税理士/長谷川裕雅 ◎早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。弁護士が扱う遺産分割から税理士が扱う相続税対策まで、相続問題を総合的に解決する相続分野の第一人者。『老後をリッチにする家じまい』(イースト・プレス)など著書も多数。