不倫が家庭崩壊の契機になることは多い。児童心理士として児童相談所に19年間勤務する中で子どもの問題を抱える多くの家族と出会ってきた山脇由貴子さんは、現在は家族問題カウンセラーとして年間200家族の相談を受けている。親の不倫が子どもにどう影響を与えるのか、山脇さんがリポートする。

※写真はイメージです

ケース1:優しくてかっこよかった父の不倫を知った娘

<相談者の家族構成>
夫:雄一(仮名・45歳・外資系企業勤務)
妻:伸子(仮名・42歳・専業主婦)
娘:春香(仮名・13歳・中学1年生)

 やって来たご夫婦の悩みは、中学1年生の娘・春香ちゃんの帰りが最近遅い、ということでした。

「とっくに部活は終わっている時間なのに、夜8時や9時に帰ってきます。なんで遅くなったのか聞いても、返事もしません。帰ってくると部屋にこもってしまいます。食事もしないこともあります」

 と伸子さんは言います。「思い当たることは?」と尋ねても、雄一さんも伸子さんも特にない、と言うので、カウンセリングに春香ちゃんを連れてきてもらいました。

毎日のように母は泣きながら娘に話をした

「家に帰りたくないの?」

 両親に退出してもらってからそう尋ねると、春香ちゃんは頷きました。児童相談所時代にも、家に帰らない子どもにはたくさん会って来ましたが、子どもには子どもの理由があるのです。春香ちゃんにその理由を尋ねると、言いにくそうに、時間をかけながら答えてくれました。

「お父さんが不倫してたって」

「なんで知ったの?」

 私が尋ねると、「お母さんが」と言うのです。

「お母さんから聞いた。っていうか、お母さんが泣きながら“お父さんが若い女の子と不倫してたの”って話してきた。お母さんは“こんなこと、春香にしか話せない”っていうけど、私、聞きたくなかった」

 それなのに、と春香ちゃんは続けます。

「すごい具体的に話してきて。お母さんの誕生日にもその女性と食事に行ってた、とか。何月何日の出張も嘘で、彼女と旅行に行ってた、とか。私だって、どういうことしてたのかわかるから、話さないでほしいのに」

 伸子さんは雄一さんの不倫がわかってから、しばらくは毎日のように春香ちゃんに泣きながら話をした、と言うのです。

「私だって泣きたいし。お父さんのこと好きだったから……。優しいし、かっこいいし。それなのにそんな話聞かされて、お父さんの顔を見たくなくなって。どう接していいかもわかんないし……」

 家に帰るのが嫌になったのだと言います。夫婦喧嘩も何度も見た、と言います。

「何を話してるか聞きたくないから、部屋にこもって、ベッドで布団かぶって音楽聴いてた」

 せつない話です。夫婦喧嘩も見たくない、お母さんの話も聞きたくない、お父さんの顔も見たくない、だから春香ちゃんは家に帰りたくなくなったのです。

「学校の友達だけじゃなくて、ネットでも友達すぐ作れるし。SNSに《今日遊べる人!》って入れれば遊んでくれる人、たくさんいるから。悩みとかも聞いてくれるし」

 中には成人男性もいるとか。危険な目に遭う可能性だってあります。

心理テストの結果、PTSDだと判明

「だって……喧嘩はしていなくても、お父さんとお母さん、もう顔も合わせないようにしてる。食事も別々だし、険悪な感じで家の空気が悪すぎる。二人とも私の気持ちなんて考えてくれないし。

 家の中にいてもひとりぼっちだなって感じる。だから誰かに一緒にいてほしくなる。それに最近は涙が止まらなくなったり、この家にずっといるくらいなら死にたいなって思う」

 そこまで春香ちゃんは精神的に追い詰められている、ということです。

 雄一さんと伸子さんには、春香ちゃんは心理テストの結果、PTSD(心的ストレス後外傷障害)であることを伝え、夫婦の問題点とこれから取るべき行動についてアドバイスしました。

 春香ちゃんの心をケアするためには、夫婦仲の改善が必要であることと、二人ともそれぞれ春香ちゃんに謝ることが必要なこと──雄一さんは父親としてひどいことをし、傷つけたこと。伸子さんは母親として話してはいけないことを話し、春香ちゃんを苦しめたこと。そしてこれから家族仲よくやり直していく努力をすること。春香ちゃんには心のケアをしながら、両親が変わったと感じられているかを確認するため、しばらくカウンセリングに通ってもらいました。

 両親が謝ってくれたことで彼女はかなり落ち着き、雄一さんと伸子さんは春香ちゃんのために、夫婦仲よくするよう努力をするようになりました。

ケース2:母の不倫に気づいた受験生の息子

<相談者の家族構成>
夫:徹(仮名・45歳・会社員)
妻:由美子(仮名・46歳・専業主婦)
息子:明彦(仮名・15歳・中学3年生)

 中学3年生の息子が全く勉強せずに、ゲームばかりしている、という悩みで夫婦が相談に来ました。

「息子はまじめで、受験もあるのでちゃんと勉強する子だったのに、急に勉強しなくなってゲームばかりするようになったんです。塾に行かない日も増えたし、学校に行きたがらない日も増えました。注意しても聞かないので困っています。もちろん成績もすごく落ちました。このままじゃ志望校なんて絶対に入れません」

 話をするのは徹さんが主でした。その横で由美子さんが妙に怯えた様子なのが気になりました。徹さんも由美子さんのほうを見ようともしないのです。

父の怒鳴り声で母の不倫を知る

「何か、思い当たることはありますか?」

 私がそう尋ねると、徹さんが答えました。

「妻の不倫でしょうね。若い男と不倫してたんです。私が仕事をしている間に、若い男の部屋にずっと通っていたんです」

「そのことは、息子さんはご存じですか?」

 と私が尋ねると、徹さんは、

「もちろん、気づいているでしょうね」

 と答えました。

 明彦くんにカウンセリングに来てもらい、話を聞きました。

「勉強しなくなったって、お父さん、お母さん心配しているけど?」

 と私が言うと、明彦くんは呆れたように笑いました。

「お前たちのせいだって言いたいけど」

 明彦くんが由美子さんの不倫を知ったのは両親の言い争いでした。

「家の中にいるんだから聞こえますよね。毎晩、親父が怒鳴ってるんですよ。それでお袋が若い男と不倫してたって知りました」

「恋愛も結婚もしたくないし、子どもも欲しくない」

 ショックだったかを尋ねると「そりゃね」と言いました。

「お袋のことは嫌いじゃなかったんで。でも、すぐに人間として最低だなって思いました」

 明彦くんは徹さんの怒鳴り声から母の不倫の内容の詳細を知っていったのです。

「“明彦が塾に行ってる間も男のところに行ってたんだろう!”とか怒鳴ってるんですよ。それを聞かされると、確かに俺が塾から帰ったときお袋が化粧をしていて、どっか出かけてたのかなって思うこともあったな、って。思い当たることがたくさんあるんです」

 徹さんが「通い妻みたいに、料理まで持っていきやがって! 俺の金で買ったものだぞ!」と言っているのを聞けば、なんでこんなに大量に料理を作ってるんだろうと思った日があることを思い出す、というのです。

「“金まで貢ぎやがって”とか聞かされて、どんどんお袋が嫌いになって。顔も見たくなくなりましたね」

 そして明彦くんは父に対しても嫌悪感があると言います。

「親父も最低だなって思います。“離婚なんか絶対にしないからな。どうせ男と一緒に暮らそうとか思ってるんだろう。そんなこと絶対させないからな!”とか“絶対幸せになんかさせないからな。お前は一生俺に尽くせ!”とか怒鳴ってるんですよ。そこまで言うかって思います」

 それはつらい。両親を嫌いになってしまうのも無理ありません。

「勉強する気になんてなれないです。なんか最近は将来どうでもいいなって思います。高校も別に行かなくてもいいかなって気になってます。頑張って働いてもどうせいいことないんだって思うし、恋愛も結婚もしたくないし、子どもも欲しくないですね」

 だからずっとゲームをしている、と言うのです。子どもというのは親の姿を見て、自分の将来を思い描くものです。両親が不幸そうにしていれば、将来に希望は持ちにくいですし、両親が憎しみ合っていれば、結婚したくないと思う子も多いでしょう。

 明彦くんにも心理テストを受けてもらいました。心的外傷は大きくはありませんでしたが、完全に自暴自棄になっており、深刻ではないけれどうつ状態でした。思春期の子がうつ状態になると、好きなことしかしなくなるので、「なまけている」と思われ、うつであることを見逃されることが多いのです。

 明彦くんの最近の食欲を由美子さんに尋ねると、

「私の顔を見たくないせいか、食べないときが多くなりました」

 食欲低下も、うつ状態の 1つの症状です。

妻を責め続けると、家族全員が一生苦しむ

 徹さんと由美子さんには明彦くんがうつ状態であること、将来を悲観しており、何事に対しても意欲が低下していること、その原因が両親の言い争いであることを伝えました。そしてこのままでは悪化していき、引きこもりや家出などのリスクがあることも伝えました。徹さんには、由美子さんが許せないのはわかるけれど、明彦くんの将来をダメにしてしまう可能性があることを伝え、

「幸せにさせたくない、という理由で離婚せずに奥さんを責め続けると、家族全員が一生苦しむことになりますよ」

 とも伝えました。徹さんも由美子さんも明彦くんの人生を台無しにしたくはない、と言いました。

 それならば、しなければいけないことは夫婦仲を改善することです。徹さんの怒りが収まらないのは理解できるけれど、いつまでも引きずるのではなく、きちんと不倫の件は終わりにすることが重要です。そして明彦くんに対しては、母親の不倫の詳細を知るような言い争いをしたことを謝り、勉強したくなくなるようにさせたのは自分たちだと認めるようにも話しました。しばらくは「勉強しろ」とは言わずに、明彦くんの心が回復するのを待つしかないこと、回復するためには家の中が穏やかであることが重要であることも説明しました。

 明彦くんには、両親への怒りの整理と、自分自身の将来をもう一度大切にできるようになるための心のケアに通ってもらうことにしました。そして最後に徹さんに、どうしても由美子さんを責めたくなってしまうのであれば、しばらく別居してみてはどうか、とも伝えました。徹さんは「考えてみます」と言いましたが、結局別居はせずに家族3人での生活を続けています。

 カウンセリングに通ってくれている明彦くんによれば、言い争いはなくなったそうです。母親と二人で家にいるのが嫌なのもあって、塾にも通い始めたそうです。ただ、両親への嫌悪が消えるまでには、まだまだ時間がかかります。

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 不倫は、配偶者を苦しめるだけでなく、子どもの心も深く傷つけ、死にたくなるまでに追い詰め、家族を破綻させてしまうのです。そして子どもの将来への希望を奪い、自分なんてどうでもいい、と思わせ、子どもの人生を狂わせてしてしまうこともあるのです。また両親に一度抱いた嫌悪感は、一生続いてしまうかもしれないのです。

 夫婦間で不倫が発覚したとき、子どもにそれを話すのは絶対にしてはならないことですし、気づかれないようにしなければなりません。夫婦喧嘩も子どもの前ではもちろんのこと、子どもに聞かれてしまうことも避けなければなりません。どうしても相手への憎しみや怒りが消えず、責め立てることが続いてしまうなら、一時的に別居を考えるのも手段です。冷静になって、どうすれば自分は、子どもは、家族は幸せになれるのかを考える時間も必要かもしれません。

 また、子どもが不倫に気づいてしまった場合は、まず不倫をした当事者である親がきちんと子どもに謝り、二度としない約束をすること、家族を大事にしていくために頑張ることを伝えましょう。そして夫婦は、不倫という問題をきちんと終わりにし、その後持ち出さずに、関係改善を目指していくことが必要です。

 どうしても関係が改善できない、もう一度信じることができないときは、子どものへの影響、子どもの気持ちを考え、これからの人生を考えていく必要があると言えます。


山脇由貴子(やまわき・ゆきこ)
1969年、東京都生まれ。横浜市立大学心理学専攻。大学卒業後、東京都に心理職として入都。都内の児童相談所に心理の専門家として19年間勤務。現在は家族問題カウンセラーとして活動。テレビや雑誌で虐待などの家族問題についてコメントすることも多い。2006年、いじめ問題の核心をついた『教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために』(ポプラ社)が17万部のベストセラーに。2016年に『告発 児童相談所が子供を殺す』(文藝春秋)を出版。近著は『夫のLINEはなぜ不愉快なのか』(文藝春秋)。