個性的な役柄で、映画やドラマに欠かせないバイプレイヤーとして、数多くヒット作品に出演する俳優の木下ほうかさん。役者のみならず、近年はバラエティー番組などでも活躍。柔らかな関西弁で話す飾らない人柄も愛されている。1月24日で57歳、独身の人気俳優は「50代からの人生」をどのように考えているのか──。“根掘り葉掘り”聞かせていただきました。

続かないと意味がない

僕は、子どものころから年をとることが怖くて、ずっと18歳で止まりたいと思っていました。当時は年齢を重ねることは、衰える、醜くなる、動けなくなる、カッコ悪いことだと思っていたので、27歳くらいの人は“じじい”に見えてました(笑)。だから、30歳になるのも40歳になるのも嫌でしたし、ましてや50歳なんて“世が世なら寿命でしょ”って思っていました。

 でも実際30代になってみると“あれ? けっこうイケるじゃん”、40代になっても“あれ? まだ大丈夫だ”と思えて。50を過ぎて、自分の状態も仕事も今がいちばんいいなと感じてます

木下ほうか 撮影/佐藤靖彦

 16歳のときに、井筒和幸監督の映画『ガキ帝国』のオーディションに合格し俳優デビュー。そのまま芸能界入りはせずに大阪芸術大学で演劇を学んだ後、吉本新喜劇に入団。3年の劇団員生活を経て25歳で上京。数多くのドラマや映画でキャリアを重ね、2014年放送のドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』で注目を集める。さらに同年放送開始の『痛快TVスカッとジャパン』で「イヤミ課長」を演じ、50歳で大ブレイク。当時の心境を「複雑でした」と振り返る。

ブレイクするなら、もっと早く来てほしかったですよね。でも、若いころに売れていたら、たぶん調子に乗ってヤラカシていたと思うんですよ。いわゆる天狗になっていたかもしれないから50歳のときでよかったのかも。たくさんそういう人も見てきたし、年を重ねて今は怖さも知っているので。僕が心がけてきたことは、売れることよりも継続。たとえ一度目立ったりうまくいったりしても、続かないと意味がないですから」

売れたいと思っていたのに

 上京してしばらくは下積み時代を経験。「俳優をやめたいと思うこともしょっちゅうだった」と明かす。

「僕は人生でしんどかった時期が2回あって。一度目は上京して2年目くらいの27歳のときで、仕事がなさすぎて絶望的になってやめようと思いました。二度目は、実はここ最近の50~56歳の間に何度かしんどい時期があったんです。あんなに売れたいと思っていたのに、実際に多くの人に知られると、視線を感じたり行動をSNSで発信されてしまったり。そういうことがちょっと怖くなりました。あとは、ありがたいことに2015年から2016年に同クールで連続ドラマ3本っていうのを2回やらせていただいて、ややオーバーワークのキツさもありましたね。

 はたから見ると何が不服かと思われるかもしれないけど、俳優の仕事は将来が不確かすぎて、不安度が高いと思うんです。資格もないし、売り上げを数字で示せるわけでもないですし。さらに必ず本人じゃないとできないから、体調管理も万全にしておかなければならない。そもそも演者として切られずに使われるのか。そのプレッシャーと発散できないストレスが常にありました。逆に、お金がなくて自主映画を作っていた若いころのほうが、楽しめていたかもしれない

 それが、一昨年の初夏にバイクという趣味ができて一変。

「僕は、ゴルフや釣りもやらないし、麻雀やギャンブルも一切やらない。プライベートで楽しむ趣味がなかったんです。だから休日恐怖症で、震えながらテレビの前で横になって過ごしてました。それが、たまたまネットサーフィンしていて見つけたバイクを購入したことから、人生が変わったんです。20代のころに乗りたかった70年代のスズキGT550というバイクで、ひと目惚れでした。

 それから休日は天気がよければ、どこか走ってますね。バイクに乗るようになって、仕事でうまくいくことが必ずしも幸せじゃないとわかった。逆に、仕事への意欲も出てきたし(笑)、バイクを通じて出会いも増えたし。何より気分がいい。ずっと笑ってますね

 さらに、もうひとつ増えた仕事以外の楽しみが、キックボクシング。

役者や撮影部のスタッフ20人くらいの同好会で、週に1回、ボクササイズ的なことをやってます。それも面白くて、生きがいになっているかもしれない。今はコロナで無理ですけど、トレーニングの後にそのメンバーで飲みに行ったりもするんですが、10代~50代までさまざまな年齢の人がいるので楽しいですね。たぶん僕がいちばん年上だと思うけど、子どもでもおかしくない年齢の人とも、年の差を感じないでしゃべれるタイプなので(笑)」

「50を過ぎて、楽しみがふたつできた」と喜ぶ一方で、熱中できる趣味が必要だったのは、「独身というのが大きい」とも語る。

結婚は常に思っています

「家族がいれば、趣味がなくても向き合うものはありますからね。結婚は常にしたいと思っています。よく誤解されるけど、結婚したくないわけじゃなくて、離婚したくないから慎重なだけなんです。結婚するときと同じ気持ちで10年後もいられるのか、何があっても支え合えるのかとか、いろいろ考えてしまうので。正直、好意的に前向きに思ってくれた人もいました。でも、思う人には思われないのが世の常ですから難しいですよ(笑)。

 もし今後するとしたら、結婚生活のイメージはふたつあって。ひとつは子どもがある暮らし。それがイコール結婚だと思ってきたので。もうひとつは、熟年同士が寄り添って生きるパートナーとしての結婚。一緒に旅行に行ったり、寂しかったら動物を飼ったりして。もしくは、相手に子どもがいる人との結婚もありかな(笑)」

「でも、そんなこと言いながら、ず~っとひとりかもしれないですしね」と、諦めぎみな発言をする理由は。

僕は、よくも悪くも自由すぎるので、その自由が結婚によって奪われてしまうのは嫌だなというのもちょっとあります(笑)。気難しいですしね、僕は。例えば、現場でシナリオに注文つけたり、撮影を止めて提案して話し合いを求めたり、めんどくさい人だと思います

好感度が欲しい

『痛快TVスカッとジャパン』のイヤミ課長に代表される、意地悪でイヤミな役を演じさせたら右に出るものがいない木下さん。しかし、人知れず葛藤もあるようで……。

イヤミな役も、実はマイナーチェンジしているんです。でも、そういう演技は削られることが多い。僕に求められているのは、やっぱりわかりやすい、いつものキャラなんですよね。でも諦めずに日々トライしています

 逆に、カッコいい役の演技を主演で見てみたいが。

「それ、ぜひ書いてください(笑)。ただ、主役をやると困ったことに、あとは落ちるしかない。継続が難しいですよね。それより今、いちばん欲しいのは好感度なんです。たまには好感度のいい役もあって。昨年1月クールのドラマ『アライブ がん専門医のカルテ』で腫瘍内科医の役を演じたんですが、それはイヤミのない人ですごくイメージアップしました(笑)。一時的でかまわないから好感度を上げて、CMに出たいんです(笑)。老後のためにまとまったお金を稼ぎたい。それで安心したら、あとはイヤミな役でも何でもやりますよ

 今回の取材では私服で登場してくれた木下さん。ファッションのこだわりは……。

ブランドにはこだわらないですけど、ちょっとかわいい服が好きです。50代にしては若作りかもしれないですけどね。昔“ちょいワルおやじ”が流行(はや)ったように、”ちょいカワおやじ”を流行らせたい。好感度上がりそうじゃないですか(笑)

※インタビューの後編は明日17日(日)12:00公開予定です。

取材・文/井ノ口裕子

〈PROFILE〉
きのした・ほうか 1964年1月24日、大阪府出身。1980年公開の映画『ガキ帝国』で俳優デビュー。数多くのドラマや映画、バラエティー番組などで幅広く活躍。俳優業のほか、映画製作活動の場も広げている。現在、映画『無頼』『レディ・トゥ・レディ』『大コメ騒動』が公開中。
◎公式ブログ「ほうか道」http://www.diamondblog.jp/official/houka/