※写真はイメージです

 頭頸部(とうけいぶ)がんにおいて、なんと7割の効果が認められた治療「BNCT」。昨年6月、保険適用の治療法として登場した。もしかしたら、あの国民的歌手・つんく♂の歌声も救えたかもしれないこの治療は今後、多くのがん患者の希望の光になるハズだ。

お話を伺ったのは──
高井良尋先生 ◎ 一般財団法人脳神経疾患研究所 附属南東北BNCT研究センター長。弘前大学名誉教授。放射線治療のスペシャリスト。

奏効率は脅威の71・4%

「数日で、がんが溶けていくように消えていくので、本当に驚きました。45年間以上、放射線医師として働いてきましたが、初めての経験です」

 と、南東北BNCT研究センター、センター長の高井良尋先生。

 医師も驚いたという、このがん治療の名前は「BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)」、放射線治療のひとつだ。昨年から治療が開始され、6月には一部のがんに保険適用がなされた。そのスゴさを高井先生に聞いてみると……、

「上あごのがんを治療した男性は、術後4日で、がんがドロドロと溶けていくのを感じたと話しています。溶けるというのは、肉が腐って崩れていくようなイメージです」(高井先生、以下同)

【症例1:70代男性左上顎洞がん】BNCT治療前後の頬の様子。左頬の表面に現れた赤みや膨らみもなくなった

 BNCT以外の放射線治療では、数十回照射を行うことがほとんどだが、BNCTはなんと、たった1回。これで先ほどの上あごのがんの男性は、腫瘍(しゅよう)がすべて消失したというのだ。

「BNCTは2018年に治験を終了し、頭頸部がんでは奏効率(治療効果が現れる割合)が71・4%という高い成績をあげています」

 病院設置型のBNCT治療は、当センターがなんと、世界初。ほとんどの患者は、再発を繰り返し「もう治療法がありません」と医師に告げられ、あきらめていたという。

「昨年5月から治療が始まり、9月の時点で30名の患者さんを治療しました。治療成績が大変よく、半数はがんがすっかり消えました。緩和ケアに行くしかなかった患者さんが通常の生活に戻れるわけで、その数が1~2人ではないというところが驚くべき治療法なわけです」

 7年前に右の上あごの歯肉にがんができ治療を行ったものの1年後に再発した80代女性が、BNCT治療を受け、腫瘍がすべてなくなったという事例もある。

【治療費】
・技術料……238万5000円
・薬剤……44万4215円/1パック
※体重によって、3~5パック使用。保険適用の3割負担で、約110万円~140万円

【最前線治療の現場の声】
「世界で初めての治療のため、日々工夫を重ねて治療にあたっています。中性子線を効率よく当てるために患者さんの部位によっては座位にするなど、新しい方法を取り入れています。放射線治療は身体を固定することが重要で、さらに中性子線は身体表面から6~7センチのところまでしか届かないため、考え抜いて治療を行っています」(南東北BNCT研究センター廣瀬勝己診療所長)

【症例2:80代女性上顎歯肉がん】内視鏡で見たBNCT治療前後の様子。左上の白い腫瘍部分がキレイに!

外科手術にともなうリスクを回避できる

 では、なぜBNCTが今までの治療法とここまで違うのか? それは、放射線と薬剤という2つのアプローチがあり、原理が全く違うからだ。

 放射線治療は現在、エックス線、ガンマ線、陽子線、重粒子線が使われている。BNCTは中性子線という今まで治療で使われていなかった放射線を使う。しかし、「中性子線治療」とはいわない理由があるのだ。それは、

「中性子そのものががん細胞をやっつけるのではありません。がん細胞に集まる性質があるホウ素という薬剤を使用し、このホウ素が核反応を起こして、粒子線を出してがん細胞を破壊します」

 その粒子線が飛ぶ距離は、なんと細胞内だけ。つまり、細胞1個の中で行われる粒子線治療なのだ。エックス線やガンマ線は、放射線があたる皮膚でいちばんエネルギーが高くなるため、ヤケドのような症状が現れることがあるが、中性子線にはない。

「BNCTはピンポイントでがん細胞だけをたたくため、ほかの臓器を傷つけません」

 さらに外科手術にともなうリスクも回避できる。

「頭頸部がんは外科手術を行うと顔の一部がごっそりなくなってしまったり声を失ったり、あごや舌の機能を失い、しゃべれなくなったりすることがあります。しかし、BNCTなら、身体の機能を失うことがありません」

【BTCTのしくみ】がん細胞にホウ素を取り込み、エネルギーの低い中性子線をあてる。ホウ素が核分裂を起こして粒子線を発生し、がん細胞を破壊。細胞の大きさしか飛ばない粒子線のため、正常な細胞を傷つけない。ひとつひとつのがん細胞の中で起こる、今までにない粒子線治療

 2014年、ミュージシャンで音楽プロデューサーのつんく♂が咽頭がんの手術で声帯を失ったが、もしBNCTなら、

今でも声が聞けたかもしれませんね。つんく♂さんが罹患(りかん)された当時は、BNCTの治験も行われていなかったため、時代が合わなかったとしかいいようがありません」

 たった数年の差で失ってしまった歌声が惜しまれる。

 現在対象となっているのは、切除不能、または再発の頭頸部がん(首から上のがんで脳腫瘍を除く)で、昨年6月から保険適用となっている。

「中性子線が届く範囲なら、物理的には治療が可能です。今後は脳腫瘍、肺がん、肝臓がんなどの治療も可能になっていくかもしれません」

 この治療を受けるには、担当医からの紹介状と検査画像データが必要だ。当センターでは気軽に行えるメール相談もあり、そこから始めてみてもいいだろう。

 病院設置型の中性子を発生させる加速器が開発されたことで、BNCT治療が大きく進展。当センターに導入される以前は、京都大学の研究グループが旧・京都大学原子炉実験所で治験を行っていた。BNCTの治療装置(サイクロトロン)を取り入れる病院も、当センター以外にも数か所予定されているという。

 現在のがん治療は、多岐にわたり、内容も難しくなっているが、あきらめないで知ることと行動することが大切だ。今後の生活を大きく変える一歩になるかもしれない。

陽子線治療室

切らずに治す放射線療法

 がんの治療は、手術療法、放射線療法、化学療法の3本柱で行われている。近年は免疫療法もがん治療の主な選択肢となり、昨年9月に楽天の三木谷浩史会長兼社長が光免疫療法の新薬の承認を取得したことで話題となった。

 今回紹介したBNCTは、放射線療法に分類される。

「放射線療法は、外科手術と異なり、切らずに治す身体に負担の少ない治療法です。がん細胞を取りきるという意味では、外科手術に劣るところもありますが、部位や大きさによっては同等の治療効果を示すこともあります。また、手術では取れない場所にあるがんにも放射線は有効です」(高井先生、以下同)

 体力的に手術が難しい高齢者、まだ人生に先があり生活の質を下げたくない退職世代などは選択肢に入れたい治療法だ。

 ただし、放射線に弱い胃腸と大腸のがんには適応外だ。放射線の種類によっても、適応のがんが異なる。

「エックス線、ガンマ線は従来から行われている放射線治療で、陽子線、重粒子線は比較的新しく、BNCTは昨年から始まった治療法です」

 エックス線、ガンマ線にも多方面から集中照射をするサイバーナイフ、ガンマナイフなど新しい治療法が続々と登場している。

【がん治療の3本柱】
・外科手術……がんを直接取り除くため治癒率は高いが、身体の機能や形を損なう可能性がある。部位や年齢などで外科手術ができない場合もある。

・放射線療法……身体を傷つけず、負担が少ない。身体機能や形を温存できる。がんの種類によっては、外科手術と同じ治癒率をあげることもある。

・化学療法……手術や放射線治療と併用、または、白血病など手術や放射線治療ができないがんに適用。化学療法だけでは治りにくく、全身的な副作用が起きやすい。

 俳優の村野武範さんは、南東北BNCT研究センターの関連病院である、南東北がん陽子線治療センターで中咽頭がんの治療を受けた。最初の病院で「余命は聞かないでください」と死の宣告を受けたが、妻が探した当センターで陽子線治療を受け、現在も元気に過ごしている。

 多くは医師に治療法を提示されると、身体の機能を失っても、つらい副作用で苦しむとしても受け入れるしかないと考えてしまいがち。しかし、40代女性は、

「昨年、父親が前立腺がんでロボット手術を受けたのですが、排尿機能を失い、家に閉じこもりきりになりました。まだ70代前半なので、陽子線治療を受けていれば……と後悔しています」

 また兄を肺がんで亡くしたという50代の女性は「たとえ希望の治療ができなくても、セカンドオピニオンを受けて納得して治療に向かえば、それ以降の心の持ち方が変わります」と話す。

 人生100時代といわれる今、身体に負担が少なく、治療成績が高い最先端の放射線治療施設がある病院で、セカンドオピニオンを受けることに迷いは必要ない。あきらめないことが何よりも大切だ。

放射線治療の種類

(取材・文/山崎ますみ)

《DATA》
一般財団法人 脳神経疾患研究所附属 南東北BNCT研究センター
住所:〒963-8052 福島県郡山市八山田七丁目10番地
TEL:024-934-5330(代)(8時30分~17時 月曜~土曜/祝祭日休)
URL:http://southerntohoku-bnct.com/