行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さんが、コロナ禍で見た夫婦の実例を紹介します。

※写真はイメージです

 筆者は夫婦の悩み相談を専門に行っていますが、思いがけぬ形で「相談者の死」に直面することがあります。特に昨年、遭遇したケースはあまりにもショックでしたが、統計上、コロナ禍での自殺が増えているのは明らかです。警察庁によると2009年以降、減少し続けていた年間件数が2019年は2万169件(確定値)、そして2020年は2万919件(速報値)と前年比で3.7%も増えているのです。

 筆者が彼の死を知ったのは突然、かかってきた1本の電話がきっかけでした。

<登場人物(名前は全て仮名・年齢などは相談時点)>
夫:宮里大地(49歳・会社員・年収750万円) ☆相談者
妻:宮里美紀(47歳・パートタイマー・年収130万円)
子ども:宮里優斗(15歳・大地と美紀の長男・中学生)

自死した相談者の妻から電話が

「もしもし、露木先生ご本人でしょうか? 私は宮里大地の妻です。実は……6月に主人が亡くなりました。先生は何か知っているんじゃないかと思って……」

 昨年末に突然、かかってきた電話の内容はあまりにも衝撃的でした。筆者は「あの宮里さんが……」と胸を締めつけられ、しばらくの間、言葉を失い、ただただ茫然とするしかありませんでした。妻の美紀さんいわく宮里さんが残した手帳には、2019年10月に筆者の事務所を訪ねたことが書かれており、筆者の名刺が挟まっていたそう。

 いったん電話を保留にし、相談者の記録ファイルを確認すると、確かにその日の11時、宮里さんの面談相談の予約が入っていたことがわかりました。例えば筆者の元には、重度の精神疾患、長期のパーソナリティ障害、そして病院への措置入院など、一歩間違えれば命を絶ってしまうかもと心配するような方が相談に来られることもありますが、宮里さんは違いました。

 筆者の事務所は神奈川県の大磯町にありますが、ここは平安時代に西行法師が吟遊したことで知られており、地元の銘菓は西行饅頭です。宮里さんは相談時、饅頭屋の手提げ袋を持っていたので、相談前に少しだけ観光を楽しんだ様子でした。実際のところ、相談の様子におかしなところ……ため息を繰り返したり、いきなり言葉に詰まったり、次第に泣き出したりすることはなく、よくある男性相談者の1人でした。

「ほかでも同じ話を何度もしてきた」という感じで少々、うんざりした顔をしていたことは覚えていますが、宮里さんの様子から死の予兆は全く感じられませんでした。まずは当時、どのような相談をしたのかを振り返っていきたいと思います。

 宮里さんは「仕事がうまくいかずイライラしていたのは確かです……。まさかこんなことになるなんて夢にも思いませんでした」と懺悔します。宮里さんと妻との間には受験を控えた当時、15歳の息子さんがいました。息子さんは将来的に大学への進学を望んでおり、そのため高校は進学校に通うことが望ましかったのですが、息子さんは受験対策の塾が合わなかったのでしょうか。塾に通い始めて以降、模試の成績が上がるどころか下がる一方。

 見るに見かねた宮里さんは、自ら息子さんに勉強を教えることにしたそうです。妻や息子さんが頼んだわけではありませんが、宮里さんは大学まで剣道部で活躍していた筋金入りの体育会系。近所では教育熱心で有名で、自分でも正義感が強いと自負しており、「このままじゃ、あいつの人生は真っ暗だ」と立ち上がったようなのです。

勉強を教えるはずが、息子に手を上げ…

 ある日のこと。宮里さんは息子さんの部屋に入り、背後で腕組みをして勉強を見ていました。息子さんは父親のプレッシャーで力が発揮できなかったのでしょうか? 宮里さんからすれば特に難しくもない問題を解けずにいました。宮里さんがいくらヒントを出しても反応は薄く……それもそのはず。息子さんが塾から帰宅するのは夜の10時で、そのあと夕飯抜きで問題を解くように言ったのです。疲れていた息子さんには無理だったのかもしれませんが、宮里さんにはそう映りませんでした。

「やる気があるのか! いい大学、いい会社に入りたいんだろ? 馬鹿なヤツと一緒にされてもいいのか? パパに恥をかかせるなよ!」

 勉強を教えるはずが、途中から説教を始めたのです。ひとりよがりな精神論に息子さんはあくびをするばかり。頭にきた宮里さんは息子さんの後ろ首を掴むと、息子さんの顔を学習机に叩きつけたのです。

「口で言っても分からないんだから当然ですよね。悪いのは息子です! そんなに痛いんだったら、ちゃんと勉強をやればいいだけですよ」

 と宮里さんは言いますが、息子さんが「痛い!」と大声を上げ、両手で顔を被い、騒ぎを聞きつけて部屋に来た美紀さんに泣きついたのは当然のことです。「何をやっているの!」と間に入ろうとした妻に対して「あいつの将来がかかっているんだ! 俺も必死なんだ!」と一蹴。

 怒った美紀さんは右手を上げようとしたのですが、いかんせん、鍛え上げられた宮里さんの腕力のほうが上です。宮里さんは美紀さんの右手を掴むと、そのまま下に振り下ろし、妻の身体はフローリングに叩きつけられたのです。とっくみあいの結果、美紀さんの右腕はミミズ腫れの状態に。

 宮里さんと美紀さんがやり合っている間、息子さんは自分のスマホから110番をしていたようで……到着した警察官は宮里さんの手を引き、警察署へ連行され、署内で事情を聞かれることになったのです。

妻と息子は家を出て行った

「警察は何も信じてくれませんでした!」と宮里さんは憤ります。美紀さんは夫が手を上げたのは今回が初めてではなく、過去に何度も繰り返してきたと証言したようなのです。

「正当防衛ですよ。妻はちょっとしたことでも頭に血が上るので、僕が静止したという感じで、あくまで僕自身を守るためですよ」と宮里さんは声を大にして言います。直近では「大した仕事もしていないくせに!」と美紀さんが喧嘩を売ってくるので、それに対して「誰のおかげでメシを食えているんだ!」と美紀さんの頬を叩いたとのこと。

 夫婦どちらの言い分が正しいのかはわかりませんが、宮里さんが警察官に「あいつの言うことはほとんど嘘ですよ」と弁明しても手遅れでした。なぜなら宮里さんいわく、警察官の頭のなかには「妻がDV被害者、夫が加害者」という構図ができ上がってしまったのだから。

 結局、宮里さんが帰宅すると妻と息子さんの姿はありませんでした。最低限の荷物を持って家を出て行ったのです。宮里さんの動揺は激しく、現実を受け入れられないまま、1週間が経過しました。宮里さんはようやく重い腰を上げ、息子さんが通っていた中学校へ電話をすると、すでに転校手続を済ませたとのこと。しかし、転校先の学校名を教えてくれませんでした。「俺は父親ですよ! 知る権利があるんじゃないですか?」と声を荒げます。

妻から離婚調停を申し立てられる

 当時の宮里さんはまだ「気持ちを伝えればわかってくれる」と信じて疑いませんでした。きちんと謝り、心を入れ替え、「二度と同じことをしない」と誓えば、妻子は戻ってきてくれると。そんな宮里さんの希望を打ち砕いたのは10日後、自宅に届いた弁護士からの手紙。「今後、離婚手続の一切を代理しますので、何かあれば私に連絡してください。くれぐれも美紀さんに連絡しないように」

 手紙にはそんな非情な一文が盛り込まれていたのですが、事務所のホームページに「女性の権利向上」を掲げている弁護士からの一方的な通告を目の前にして、宮里さんは頭が真っ白に。手は小刻みに震え、目頭が一気に熱くなり、そして足は宙に浮いているような感じで、何が何だかわからない状態に。

 さらに追い打ちをかけるかのように家庭裁判所から呼び出しの手紙が届いたそうです。例の件から20日後のことでした。それは妻が離婚調停を申し立てた何よりの証拠。それでも宮里さんはあきらめきれず、弁護士を介さずに妻子に直接、謝りたいと思っていました。宮里さんが筆者の事務所を訪れたのは妻子の居場所を突き止めようとするタイミングでした。

妻がとったDVの支援措置

 ところで戸籍の附票という公的書類があります。これは出生から現在までの住民票の履歴が書かれており、住所地ではなく本籍地の役所で発行してくれます。住民票は原則、住所地の役所が発行しますが、妻子は別の市町村に転居した可能性があるので、住民票から探し当てることは難しいです。

 一方、宮里さん夫婦はまだ離婚していないので、妻子と宮里さんの本籍地は同じです。そのため、宮里さんが妻子の戸籍の附票を申請することは可能です。筆者はどうしても妻子の居所が知りたいという宮里さんに、「戸籍の附票を取ったらどうでしょうか?」とアドバイスをしました。

 宮里さんの場合、住所地と本籍地は同じです。宮里さんは市役所へ出向き、戸籍の附票を入手しようとしたのですが……窓口の担当者は「発行できません。理由はお伝えできません」の一点張り。

 宮里さんは門前払いを食らい、市役所を後にするしかありませんでした。DVの事実を証明することができれば、夫が窓口に来ても妻子の書類を発行しないよう頼むことができます(=支援措置)。妻がこの手続を行ったのは明らかでした。

 宮里さんが亡くなったのは、それから1年後のこと。美紀さんいわく宮里さんは裁判所からの呼び出しを無視し続け、離婚調停に一度も出席せず、何の進展もなかったそう。こうして離婚ではなく死別という形で幕を閉じたのです。

 遺書も残されておらず、宮里さんが死を選んだ理由はわからないそうです。筆者は美紀さんにこう投げかけました。「旦那さんはいろいろ資産運用していたようですが、投資したお金はどのくらい残っていたのでしょうか?」と。そうすると美紀さんは「300万円くらい」と答えました。相談当時、宮里さんは1000万円を投資しており、毎月6万円の配当金を得ていると豪語していました。だから妻子に生活費を送るのも余裕なんだと。利率にすると7.2%なのでかなりの高利回りです。もしリスクが高い先に投資していたとしたら……コロナの影響で運用が悪化し、投資した財産が3分の1に減少したと考えられます。

 もちろん、そのことが自殺の直接の原因になったのかどうかは今となっては誰にもわかりませんが、もしそうだとしたら、コロナがなければ宮里さんが亡くなることもなかったのではないか──そんなふうに思うと筆者はつい唇を噛みたくなります。

夫は妻だけでなく、息子のことも裏切った

 美紀さんは「先生にこんなことを言ってもしょうがないんですが」と前置きした上でこう続けます。

「息子が産まれたとき、主人と二人で立派に育てていこうと誓いました。主人は私だけでなく、息子のことも裏切ったんです。こんなことをしたら必ず、息子が悲しむってわかっているはずなのに……許せません!」

 美紀さんの声は涙声で、悲しみと憤りをどこにぶつけたらいいのかわからないという様子でした。ただでさえ息子さんは思春期で難しい年ごろです。宮里さんが亡くなってから半年、このことを息子さんにどう伝えていいかわからずに過ごしてきたそうです。

 やはり離婚と死別は別ものです。離婚の場合、離れて暮らしているとはいえ父親は生きています。将来的に会いに行ったり、連絡先がわかれば電話やメール、LINEなどで連絡を取り合ったりする可能性が残されています。一方、死別はどうでしょうか? すでに父親はこの世にいないので、息子さんは二度と父親の声を聞いたり、返事が返ってくることはありません。実際のところ、父親が不在の影響はあまりにも大きいのです。

 息子さんはかろうじて滑り止めの高校に合格し、入学したものの、第一志望ではなかったため、遅刻や欠席を繰り返していたそうです。美紀さんは最近になり、意を決して宮里さんの死を伝えたのですが、息子さんはますます精神的に不安定になり、学校へ足を向けることができなくなり、自室にこもる日が増えているのが現状です。

「息子に何の罪があるのでしょうか? 主人は私だけでなく息子の人生も狂わせたんです!」

 美紀さんは我慢できずに嗚咽をもらしていました。

 妻子が出て行き一人になった宮里さんの状況がどのようなものだったのかは推し量ることしかできませんが、宮里さんは夫であり、父親でした。百歩譲って妻に対しては「嫌になったからやめる」で済まされるかもしれませんが、子どもは違います。最大の被害者は息子さんです。

 現在、コロナ禍で苦境に立たされている方は多いでしょう。でも、最悪の決断をしてしまう前に、家族の顔をもう一度思い出してください。妻子のいる方々にはそのことを頭の片隅に置いておいてほしいのです。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/